ビジネス上のTipsのような記事は無視することが多いのだが
2009-11-11 07:06
昨日こんな記事を見つけた。
問題を解決するという目的を忘れて、問題それ自体に意識が奪われたため、「何をやっても無駄なんじゃないか」といったネガティブな気持ちが蔓延(まんえん)し、問題を必要以上に深刻化させてしまうケースもあります。
セラピーの世界では、あえて患者の問題を分析(診断)せず、既にそれが解決した状態に焦点を当てることで、問題を解消してしまう手法があります。これは「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」と呼ばれるもので、分析的なアプローチ(問題志向)ではなく、どうすれば望む状態になるか(解決志向)に焦点を合わせます。
via: Business Media 誠:問題の分析をやめてみる解決法 (1/2)
最近これを考え続けている。もういい年なので、自分の欠点とかあれこれ考えだすとネガティブになり背中がまるまる。
そもそも望む状態はなんなのか。そこにフォーカスすることで、姿勢を前向きにすることができると思っている。問題はいろいろあるが、所詮それは今ここにあるものだ。 前に進めばそれが消えてしまうこともある、というか少なくとも私の場合はそれが多い。
今の会社に来てから
"(ある問題で)会社のカギを開けられず、中に入れない"
と思ったが2度ほどあった。2度ともそれは思い込みだった。ぶつぶつ言いながら問題の分析をして扉の前に座っているより、ただ前に進んで扉を開ければよかったのだ。
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父から借りたこの本を読んでいる。
害虫という言葉、概念自体がそう古いものではない、とか面白い記述がてんこもり。つい読みふけってしまう。
過去において、名和昆虫研究所という私立の研究所があったことを知る。
最近研究で金を稼ぐにはどうすればよいか考えることが多い。
学校の先生という業界がある。あれこれ聞いてみるとここで一番重要な能力というのは
"文部科学省の役人を納得させ、予算を獲得する能力"
と考えられる局面もあるようだ。情報大航海とか情報爆発とか何億使って何を生み出すのかさっぱりわからないが、それでも役人がおkと言えばそれでいい、ということなのだろうな。
また大企業の研究所という業界がある。ここはそもそもの存在意義がはっきりしない場合が多い。存在が先にあり、後付けであれこれやっている印象がある。CEATECには毎年失笑せざるをえないようなインタフェースがいくつか出展されるが、それはこうした研究所にとって存在意義を示すという点で大切なものなのだろう。
ほーかに道はあるのかな、とかなんとかこの本を読んでいると考えたりする。
自然の保護とか害虫駆除とか言葉は違えと目指すところは一つ。
"人間様にとって快適な生活環境の追求"
である。この本はそう明言してはいないが、冷静かつ現実的な視点が根底にあり読むのが楽しい。