映画評:インビクタス/負けざる者たち

2010-02-12 08:30

というわけで本家から転載

------------
予告編を見る。ラグビーワールドカップまで一年というのに、南アフリカは国際試合で惨敗する。しかし話からして一年後には彼らが優勝するに決まっているのだ。

と いうわけで映画のお約束としてこんな話になるのだろう。まず人種対立があるが、それを乗り越える。鬼コーチが来てチームを鍛え直す。ワールドカップでは" 予想外"の快進撃を続ける。さあ、明日は決勝だ、というところで思わぬ問題が持ち上がる。案の定決勝は苦しい戦いとなる。しかし後半になり、チームの心が ひとつの奇跡を呼ぶ。そしてあのダメチームは奇跡の優勝を成し遂げるのであった。。

この映画にはそうした要素がひとつもない。秘訣もなければ必殺技もない。代わりに存在しているのは、ネルソン・マンデラである。おそらくこの映画の製作者は、その姿を真面目に、丁寧に描けば私が妄想したような映画のお約束事は不要だと考えたのだろう。

27 年自分を投獄した白人"ども"ではあるが、彼らは祖国を運営していくのに必要不可欠。マンデラは南アフリカの大統領として、私怨を超えたところ で天下と対峙している。そしてアパルトヘイトの象徴と思われていたラグビーチームの名前、カラーをそのままに、新しい南アフリカの象徴としてワールドカッ プ制覇を期待する。

モーガン・フリーマンの演技がすばらしい。みているうち

"これに引換え我が国の政治屋は"

と何度も思うことになる。

"I am the master of my fate:
I am the captain of my soul."

などと字面で見れば"ケッ"と思うが、27年投獄されそれでもくじけなかった人間の口からでればデイモンならずとも何かを考えるわけだ。(ちなみにこの詩はオクラホマシティ連邦ビル爆破事件で死刑になった犯人も遺書の中で引用したらしいが。)

かくして映画は実在の人物とシーンを映しながら静かに終わる。(映画らしいことは)何も起こらなかったのに何かを観客の心に残しながら。さすがはイーストウッドというべきか。

とほめながら、スタジアム上空を飛ぶ飛行機のシーンは、演出、映像ともに稚拙だった。あれはいったいなんだったのだろう。(元となる事実はあるらしいが)
-------------------

イーストウッドの映画は見た後"どーん"となることが多いのだが、この映画にはそうした要素はない。

この映画を見た後何を調べたかといえば、南アフリカの現状は"これでもよかった"といえるものなのか、なんらかの失政に帰することができるものなのか、という点である。

2chにヨハネスブルグのコピペが張られるようになってから久しい。いつかNHKでやっていたドキュメンタリーでは、モールに頼んでもいない警備会社が入り込み、警備会社同士でいさかいを起こすシーンが写されていた。

ブラッドダイアモンドではTIA,This is Africaという言葉が何度も出てくる。そうつぶやくしかない現状は南アフリカでも同じことなのか。私がであった南アフリカ人(白人でたった二人だが)はとても親切で礼儀正しい人だった。

AIDSの感染率が20%をこえ、平均寿命が40歳を切るといわれている現状はどのように考えればいいのか。この映画で描かれている人たちはそのような現状に関係があるのかないのか、そんなことをしばらく調べていた。