Apple原理主義者が"いつか来た道"論に反論するよ

2010-05-14 09:11

こういった意見をいくつか目にする

1970年代に世界で始めてパソコンらしいパソコンを出したAppleは輝いていた。常に新しくてスゴイものを提示し続けてきたが、20年くらいかけてパソコンが普通の道具となったときには、強烈な主張を持っていて普通の道具になれないAppleのコンピュータは、マイナーな存在になってしまった。

 パソコンで20年以上かけて起きたことが、スマートホンではわずか3年しかかからなかった。実に慌ただしいというか。だが、スマートフォンが普通の道具となりつつあるというのなら、歓迎すべき事象ではあるのかも。

via: Android端末の販売シェアがiPhoneを抜いた・・・いつか来た道: 無指向な嗜好

iPad上のアプリを使っていると

"どうしてiPadのアプリはどれもこれもこう面白いのか"

と思う。実はこれ1985年日本で書かれたMacの雑誌に書かれていた言葉とぴったり重なる。

それからのシェア推移は前掲文書の方が書かれているとおりだった。

iPhone vs Androidにも同じことが起こるのかもしれない。しかしここ数日iPhone + iPadとXperiaを使っていた私は別の感想を持っている。

それはPCと携帯情報機器の違いだ。

操作の洗練という点に関しては、Mac v.s. WIndowsよりもiPhone os v.s. Andoridのほうが差が大きい。いや、私には性質が異なるもののように思うのだ。

Androidはあくまでも"PC Geek向けのデバイス"でしかない。マルチアプリの管理はどうやるのか?不要なアプリはどうやったら終了できるのか。ボタンを押されると出てくるメニューとアプリの中にあるメニューの関係はどうなっているのか?

もっと直感的に言おう。Androidはあくまでも"操作する"デバイス。iPhone + iPadは"思った通りに動く"デバイスだ。私にはこの差が埋まるとは思えない。

多様なユーザの要求に対応して様々な製品が出てくるAndroid端末に対して、iPhoneはAppleの主張を丸呑みできる人のための製品としてマイナーな存在になっていくことだろう。

via: Android端末の販売シェアがiPhoneを抜いた・・・いつか来た道: 無指向な嗜好

Windowsは"仕事をするためのOS"として見事な成功を収めた。誰も仕事で使うPCに楽しさを求めないからだ。

"まあこれでいいか"のWIndows的なAndroidが結局数を制することになるのか、そうではないのか。Apple原理主義者の私は"そうはならない"と狂信的に主張しておく。

いやだって未だに

"3歳児がAndroidさわるよ"

とか

"猫がAndroidさわるよ"

っていう動画みたことないし

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日本ではXperiaが売れているようだが、、買った人って本当にあれ使えてるんでしょうかね?

気になるのは、こうした状況を理解せず、Xperiaが流行りすぎているのではないかという点です。iPhoneにも言えることですが、ケータイから乗り換えた結果、使い勝手が悪い、スマートフォンって駄目じゃないか、という結論に多くのユーザが落ち着いてしまわないか心配になります。

via: ドコモ Xperia SO-01B レビュー

ケータイをほとんど使わずiPhoneに移った私が言うのもなんだが、ケータイ→Xperiaの差異は、ケータイ→iPhoneの差異よりずっと大きいと思うのだが。