Pixar in trouble
2012-07-23 06:43
私は1998年から観た映画の感想を書いている。それには「この映画だったらいくら払ってもよい」という値段もつけている。
過去にみたPixarの作品がどこにランクされるかを見てみよう。
1800円:
トイ・ストーリー3
レミーのおいしいレストラン
カーズ
Mr.インクレディブル
ファインディング・ニモ
1080円:
カールじいさんの空飛ぶ家
ウォーリー
Toy Story2 トイストーリー2
950円:
モ ンスターズ・インク
560円:
カーズ2
-1800円:
メリダとおそろしの森
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トイ・ストーリー3までは私にとってPixarは「鉄板」だった。財布を叩き、貴重な時間を賭けるのにもっとも安全な賭けだったのだ。
ところが、去年公開されたカーズ2はひどいできだった。ドジをやる車がエンジンオイルを漏らす場面があるのだが、なんとその場面ではオイルが表示されていなかった。
調べてみると、予定されていた作品がキャンセルになったりいろいろごたごたがあったようだ。まあこういうこともあろう、とまだ期待を持っていた。そして今年公開されたBrave-メリダとおそろしの森を観た。
ピクサーはどうなってしまったのか?
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(以降ネタバレが続きます)
話の筋はこうだ。ある王国の王妃は、娘に「王家らしくしなさい。この候補の中から旦那を選びなさい」とうるさく言う。あのうるさい母をなんとか変えてよ、と王女は魔女に頼む。作ってくれたケーキを食わせたら、王妃は熊になりました。これはこまったけどあたしのせいじゃないの!誰も熊にしてくれなんて言ってない!
王様は昔別の熊と戦い足を失いました。だから熊をみると反射的にころうそうとします。だから王女と熊は森に逃げます。森の中でときどき熊は野生の熊になる。をを、これは山月記の世界か、と思えばそれに大して意味はありません。
魔法をとくには、王女がやぶいてしまった絨毯を縫い合わせることが必要(なんで?)絨毯をとりに城に戻ると馬鹿な男どもが喧嘩をしています。ここで王女は長いセリフをしゃべり、物語の背景を説明します。それといっしょに王妃は急に物分かりがよくなり、「自分の意思で旦那を選べ」と言います。
それからあれこれありますが制限時間ぎりぎりに絨毯を縫い合わせると王妃は人間に戻りました。ちなみに同じケーキをたべた三つ子の弟も熊になりましたが、同じ時に人間に戻りました。よかったね。
この映画を「日本で宣伝しろ」と言われた人間は頭を抱えたに違いない。かくして(よくあることだが)映画の本編とは全く関係ない宣伝文句を作り上げた。
「私が守りぬく。 "森の魔法"にかけられた母を救うため、王女メリダの冒険が始まる。 すべての謎を解く鍵は、森の中にー」
そもそも母を熊にしたのはメリダだし、「森の魔法」じゃないし、すべての謎を解く鍵なんてどこにもありましぇーん。
いや。子供向けの映画にそんな文句をつけても、という意見もあろう。このストーリーは基本的に「二夜」の物語なので、画面はずっと暗いまま。映画館に子供連れもいたが、あまり楽しそうではなかった。一人は明らかに怯えていた。笑い声が起こったのは2回くらい。
CGはすばらしい。今やなんでもCGで作ることができる、というのは知っていたが、メリダのくるくる巻き毛。熊の毛皮(乾いているとき、濡れた時)の表現は悶絶しそうだ。
でもこれSIGGRAPHの展示じゃないんだよね。
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ピクサーはどうしてしまったのか?ものすごいCG技術の進化が見られるから「それなりに」進歩していることは確かだ。しかしこんなひどいできの映画を作ってしまい、さらには「公開」してしまうというのは明らかに何かがおかしい。古くからのAppleファンなら、この映画を見終わった後、私の頭に「IIvx, IIvi」とい文字が踊っていたといえば私が何を言いたいかわかるかもしれない。
いわば、この映画を作り上げた人たちは、PixarがもっているすばらしいCG技術を溝に捨てたのだ。2010年までのピクサーでは考えられないことである。
カーズ2からPixarが混乱していることは知られていた。(私が書いた文章はこちら)
Newtの製作が最初に発表されたのが2008年の4月のこと。
via: ぎょぎょらいぎょ PixarのNewt製作中止までの流れ
ピクサーの短編『リフテッド』を作ったゲイリー・ライドストロムの監督の下、製作が進められていました。
最初に予定されていた公開は2011年夏。
しかし、2012年に公開される予定だった『カーズ2』の公開が2011年夏に早められたことで、Newtの公開は2012年夏へと変更されました。
さらにその後、『モンスターズ・インク2』の公開が2012年11月、Braveの公開が2012年夏と発表されるも、Newtの公開時期については触れられませんでした。
そして、Newtの製作が難航しているのではないかという噂が出回りましたが、今年の3月についに、Newtの製作が中止されたことが明らかになりました。
そしてこの「メリダ」も監督が途中で交代しているとのこと。
当初は監督もピクサー史上初の女性となるはずだったが、製作の途中で、ストーリーを発案したブレンダ・チャップマンからマーク・アンドリュースへ交代となった。
via: 全米映画チャート 『メリダとおそろしの森』が首位デビュー | 映画ニュース | MTV JAPAN
おそらく明らかなのは、Pixarの内部で大きな混乱が起こっていること。これでPixarはCars 2, Newt, Braveと三作続けて「ひどいでき」の映画を作ってしまっていることになる。Newtをキャンセルしたのはおそらく賢明な判断だったが、じゃあそれに代わる作品を作ることができたか、と言えば答えは否だ。毎年作品をリリースしなければならない、というなんらかの圧力があり、Braveを公開せざるを得なくなったのではなかろうか。
一映画ファンとしては、かつてのPixarのようなすばらしい作品を見られなくなるのはつらい。しかし一チンピラサラリーマンとしては、Pixarがこんなになってしまった原因は何かを知りたいのだ。Pixar「成功の秘訣」については膨大な情報が存在する。
私が知りたいのは「Pixar凋落の理由」だ。そこには「成功の秘訣」以上に興味深い物語があると思うのだが。