Jobs inside

2013-06-25 06:38

Jobsがなくなってからというもの

「Jobsがいればこんな製品はださなかった」

「Jobsがいればこんなことはしなかった」

という言説は非常に多い。おそらく彼らと彼女たちは自分の中にJobsを持っているのだと思う。世間的に有名な人にすりより、その権威をこすり取ろうとする人は古今東西後を絶たない。

先日そんな記事の一つを目にした。

(なんだ、これじゃ他の会社がやっていることと大差ないな)

と思ったのです。

昔のアップル、いやスティーブ・ジョブズの居た頃のアップルなら、ただ単に商品をスッと消費者の前に無言で差し出し、「どや、すごいやろ?」と突き放していたでしょう。

via: 「Designed by Apple in California」キャンペーンに漂う凋落感が半端ない - Market Hack

このブログを書いている人が言及しているのは、先日のWWDCで発表されたDesign by Apple in CaliforniaのCMである。



今回のキャンペーンは、広告としてはキレイだし感覚的には共感を呼ぶけれど、そこにアップルらしさはありません。



早い話、この程度の広告ならSONYやPanasonicでも考えつくわけで......


via: 「Designed by Apple in California」キャンペーンに漂う凋落感が半端ない - Market Hack

こうした「Jobs inside」の人たちに共通しているのは、脊髄反射的に発言し、深く物を考えていないということだ。それ故述べている内容について言及する必要もない。この「"アップルらしさ"を定義するのは俺だ!」という言説に微笑ましさは感じるが。

ただし「この広告ならSONYやPanasonicでも考えつく」という言葉は面白い。確かに「広告」を考え付くことはできる。しかし彼らにできなくてAppleに可能なのは

「それを実行にうつし、その言葉を反映した製品を出荷し、世の中に影響を与える」

ことだと思う。

この映像を見て、Apple製品がどこにでてくるかわかるのは、私のようなApple原理主義者だけだろう。コンサートの場面では私でも画面を停止させあちこち見なければならなかった。

それほどこのCMは自信に満ちている。Appleが目指すのは社名やロゴを押し出すことではない。Appleの製品が世界の人々の生活をどのように変えたか。それを製品を明示することなく示している。私にはこれほど「傲慢で自信に満ちた」態度はないように思える。

WWDCは本当に楽しかった。このCMで述べている言葉が製品の隅々にまで行きわたっていることをいやというほど思い知らされた。壇上でしゃべる人間が皆ドヤ顔で

"I think you guys are going to love this"

と述べる。発表された内容に、皆が拍手を送る。あの空間を体験できたことは幸運だった。