車の運転は違法行為

2015-08-17 07:05

にすべき、という記事を読んだ。私も同感だ。

運転が違法になるであろう、そしてそうなるべき理由は、今われわれが交通事故死という世界最大の早期死亡原因のひとつを未然に防ぐテクノロジーを手にしているからだ。毎年全世界で120万以上の人たちが交通事故で亡くなっている(朝鮮戦争の双方で発生した犠牲者数よりも多い)。

引用元:車の運転はもうすぐ違法になる | TechCrunch Japan

例えばこの前おきた飛行機の墜落事故のニュースを聞くたび思うのだよね。もちろんこの事故は恐ろしいことで再発防止の手段が取られなくてはならない。しかしこのニュースを2−3日流している間に日本全国で何人の人が「ニュースにならない自動車事故」でなくなっているのだろう、と。

東京都豊島区東池袋1丁目で16日午後9時半ごろ、乗用車が歩道に乗り上げ交差点角にある衣料品販売店「ZARA」に突っ込んだ。警視庁によると、歩行者らがはねられて5人がケガを負った。女性(41)が意識不明の重体。ほかに20~70代の女性3人、20代の男性1人がケガをして搬送された。

引用元:また池袋の惨劇…店に車突っ込み5人重軽傷 自称医師を逮捕 ― スポニチ Sponichi Annex 社会

今朝みたこの記事はスポーツ新聞に乗っているらしい。もちろん朝日新聞の一面を飾ることはない。なぜだろう。仮に「オスプレイ」が墜落して誰かが意識不明の重体になれば「国を挙げての」大騒動になるだろうに。

毎年8月15日には「戦争はけしからん」という雰囲気がぐっと高まる。不思議なことに毎年朝鮮戦争全期間での死者より多くの人が自動車事故で亡くなっていることについては「努力目標」で話題にすらならない。これはどう考えても馬鹿げている。

ハンドルを握るたびに思う。事故で私や家族が死亡したり重傷を負うかもしれない。それより恐ろしいのは自分が加害者になるかもしれない、ということだ。そう考えると、運転免許というのは、猟銃の所持と同じくらい厳しい制限を設けてもおかしくないと思うのだが。

などと書いても誰も読まんだろうな。先日知ったのだが、人間が「暑い」とか「寒い」とか感じるのは体から熱が逃げるか逃げないかに依存している。つまり温度が高い、低いとは関係ないのだ。それと同様で、我々は「日常生活からの変化」に反応する。滅多にない事故であれば大いに反応するし、毎日たくさんの人が死んでいてもそれが「日常」であれば反応しない。

TeslaのCEO Elon Muskは、「人々は車の運転を法律で禁止するかもしれない、なぜなら危険すぎるから」と公言して世界を驚かせた。20億台の時代遅れの車両が走る今、無人走行車への完全移行には20年近く必要だろう。

しかし、ワシントンDCのEno Center for Transportationによると、部分的な普及によっても、米国だけで年間2万1000人の命を救うことができる。われわれ全員、人間による運転を2030年までに禁止する努力をする必要がある ー 自分たちの命がかかっていると思って。さもなければ、2000万人の人々が不必要に亡くなっていく。

引用元:車の運転はもうすぐ違法になる | TechCrunch Japan

いつか学会で聞いたのだが、日本の事故の件数と「新車販売台数」はほぼ等しいのだそうな。というわけでこうした変化は既存の自動車産業からは絶対にでてこない。Appleは自動運転に取り組んでいるという噂がある。Apple,Google製のスマートフォンが日本の「ケータイ」を駆逐したように、Apple,Google,Tesla製の自動運転車が日本の自動車会社を駆逐してくれても全く構わない。おそらく日本の自動車部品メーカーは生き残るだろうから。私の脳が停止するまでにそんな姿を見たいものだが。