「型」の呪縛

2015-09-30 07:14

いつ買ったかも忘れた「ツシマ」という本を夢中になって読んでいる。

バルチック艦隊の遠征、そして壊滅をおそろしくリアルな筆致で綴った名作である。

考えておかなければならないこととして、ほとんどの場合戦いにおいて自分たちの非は目につくが、敵の非はわからない。それゆえ「これだから負けた」という彼の感想(それは人間としての正直なものだろうが)は多少割り引いて読む必要がある。

しかしそんなことを除いても、この本が描き出すバルチック艦隊の行動は同じテーマを取り上げた日本の類書とは全く異なり、その言葉の持つ力が違う。この本からは日本の艦隊に一方的に打ちのめされるロシア戦艦上での様子が伝わって来る。この本の記述に迫るものがあるとすれば、プライベートライアンの冒頭シーンだけだろう。

それと共に感じるのは

「日本の戦史ものの定型的さ」

である。

日本人が書いた戦記では、兵隊は常に「日本の兵隊」という枠にはまっているように思える。それは半分神のような姿だったり、単にいやしく残酷な姿だったり。アメリカ人が書いた「ペリリュー・沖縄戦記」を読んでも感じたことだが、それらを読んで感じる

「人間の姿」

が日本の戦記からは決定的に欠けている。いや、これは私が読んだ本が悪いせいかもしれんが。

こうした文学や映画における「日本人の戦争の描き方の定型性」が延長されたところに「進撃の巨人」のような作品が生まれるのではないかなと思ったりもする。そういえば最後にみた「まともな邦画」は南極料理人か。。