素人:玄人 単純:複雑+単純
2016-01-08 07:22
スローガンとかを多くの場合軽蔑する私だが、時々好きな言葉に出会う。「素人発想・玄人実行」というのはその一つだ。
いきなりこの言葉だけ出されてもなんのことかわからないと思う。だから例をあげよう。まず「素人発想・素人実行」から
ログバーいわく、iliは「世界初のウェアラブル翻訳デバイス」。スティック型の端末についたボタンを押して翻訳したい内容を話すと、それを自動で翻訳、音声にしてくれる。
(中略)
同社の発表によると、スタンドアロン型のため、翻訳の処理のためにネットワークに接続する必要はなく、大音量でもクリアな音声を確保。言語辞書は、一般的な会話に加えて、買い物やトラブル、レストランなどでの翻訳に対応するという。引用元:ログバーの新プロダクトはウェラブル翻訳デバイス「ili」、コンセプト動画には批判も | TechCrunch Japan
こういうゴミのような発表にもメリットはある。これが「素人発想・素人実行」の最たるものだ。
私はドラエもんを見ない人なのだが、なにやら「ほんやくコンニャク」なるものがこれに相当するのだそうな。でもってこれを「未来を感じる!」と断言する人は詐欺に騙されないように気をつけたほうがいい。
「こんなことができればいいのにな」と素人の素朴な要望を大事にする。これが素人発想。問題は「ではなぜそれが実現されていないのか」と考えること。素人の発想は誰もが思いつくことであり(玄人は無理だが)それが実現されていないのは
・奇跡的にその発想をもったのが自分だけだった
・実はそれが実現できないものすごく複雑な理由がある
のどちらかであり、ほとんどの場合後者である。Steve Jobsの言葉にこういうのがあるらしい。
「私たちが言いたかったことは、ある問題に直面してそれが簡単に解決出来る単純な問題に見えても、実際にはその問題の複雑さがわかっていないということが多いということです。単純化しすぎるのです。」
引用元:地獄のサンフランシスコ
機械翻訳の現状と、その微分係数を少しでも知っているひとならばこの製品がよくて
「電子辞書に載っている会話例を音声認識で検索し、発声する」
レベルの製品だと気がつくはず。そしてその有用性は「会話例を発声してくれる電子辞書」にも劣る。音声認識がちゃんとできるわけないからね。
なぜ誰もが欲しがる「翻訳コンニャク」が実現できないのか。それには長い長い話が付属している。それはあまりにも長く、ここで書けないので
<ステマ>
「ユーザインタフェース開発失敗の本質」を是非「購入して」読んでほしい。
</ステマ>
ひところ話題になったencahntmoonとかいうのも「素人発想・素人実行」の例であるし、多くの「相対性理論は間違っていた」という疑似科学も同じ考え方に基づいている。
さて
「やっぱりこの問題は難しいんだ。素人は黙ってろ!」
で話がおしまいかといえばそういうことではない。Steve Jobsの言葉にはまだ続きがある。
「今度は本当に複雑な問題だとわかり、非常に複雑な解決方法を考え出します。しかしこれもまだ途中なのです(中略)
本当に偉大な人物はそれでもまだ研究を続けて、問題の鍵となる基本原理を見つけ出すのです。そして本当にエレガントな解決策を見つけ出します」
引用元:地獄のサンフランシスコ
これが「素人発想・玄人実行」である。それはあたかも「素人が発想する内容を、素人が考えたような単純な方法で解決した」もののように見える。しかしそうではない。その裏に存在するものすごく複雑な問題を解決するための「恐ろしい何か」が存在しているのだ。それは高度なアルゴリズムかもしれないし、高度な設計技術かもしれないし、あるいは「確かにそれができればいいというのはわかっているけど、本当にやるとは」かもしれない。
iPhoneのインタフェースは今見れば「当然」と思えるかもしれない。しかしそれは少しでも「組み込みOS」について知っている人であれば畏怖を覚えること間違いなしのソフトウェアテクノロジーとハードウェアテクノロジーに支えられている。2007年1月に
「こんなの日本メーカーならすぐできる」
といった人たちはそれがわかっていなかった。そして多くの日本家電メーカーは「これは複雑で難しい問題だ」と認識した時点で引き返してしまっていたのではなかろうか。彼らは素人ではなかった。しかし偉大な製品を作ることができなかった。
難しいことを認識する、すなわち現実にしっかり立脚することと「素人の夢」を追い続けること。この矛盾する両者を併せ持つ人、組織にしか偉大な製品・サービスは作れないのかもしれない。