神を讃えよう

2016-04-26 06:49

私は宗教に興味はあるが、信じる気は毛頭ない。どちらかといえば、彼らと彼女たちの主張をちゃかすのに興味がある。それゆえ「ハゲとからかったらクマが子供を四十二人殺した話」とかヒトラーがなぜ自殺するまで生き延びたのか、とかネタをあれこれそろえている。

しかしながら

同時に私は狂信的なApple原理主義者である。Jobsがどうのという輩と一緒にしてもらっては困る。そもそも私が(以下13万4258行続くが省略)

この二つの事実は時として私に興味深い課題を突きつける。すなわち私は

「信仰ゆえの奇跡」

を体験したかもしれないのだ。

Appleが主宰するWWDCという開発者会議がある。2007年は牧歌的だった。「チケット販売開始」からしばらくたって購入できたし、開場すぐ近くのホテルを予約することもできた。

iPhoneはそれをすべて変えた。2013年には1分以下でチケットが売り切れた。それから乱数の神様がすべてを決めるようになる。2014年は当然のことながら「残念だったね。ストリーミングみてよ」というメールが届く。去年は不思議なことに当たった。

人間は乱数の中にもパターンを見出さずにはいられない。Appleが本当に乱数だけで当選者を選んでいるかどうかについてはいろいろ議論がある。「そうではない」という疑問をかきたてるのは、毎回「初めて参加する人」の割合が極めて高いこと。去年は80%だった。ベテランでもWWDCには参加する価値があると思っている。それゆえこの比率は

「初回参加者を優遇する」

ものではないか、という推定は根強く存在している。

私はもう3回参加する機会に恵まれた。若者に席を譲りなさいと乱数の神様が告げたとしても無理はない。いずれにせよ去年あたったから2年連続は無理だろう。

そんなことすら忘れていた土曜日、「ご注文ありがとうございます」というメールが届き血が逆流する。ああ、これは私のAppleに対する愛が乱数の神様に届いた結果だろうか。

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よくわからないが、今年はベテランの人で「当たりました」と言っている人が多い。単に応募した人が少なかったのか乱数の神様が方式を変えたのかどうかはわからない。

いずれにせよ、これが一様乱数の出力であろうが、補正項あり乱数の出力であろうが今年も私はWWDCに行くことになる。毎回「あーいろいろ大変。本当に行く価値あるだろうか」と思うが、帰るときには「来年も応募するぞ!」と固く心に誓っている。さて、今年はどんな発表があるだろうか。