量産される少年・少女兵

2016-06-08 06:56

我が国のスポーツ、芸能界というのはどうしてこう少年・少女兵を量産するのだろう。

バレて謝罪と釈明をするのではなく、自ら積極的に情報を開示した上で、自分としては競技を続けたいという意思をはっきり示したシャラポワ選手。しかも記者会見はたった一人で臨みました。

 それに対して、「自分は二度とバドミントンをできなくなってもいいという覚悟はある」(田児選手)、「どんな処分をくだされてもしっかり受け止めて、しっかりと自分と向き合って、ちゃんと反省したい」(桃田選手)と語り、今後の選手活動については意思を示さなかった二人。

引用元:違法賭博のバドミントン選手に欠けているもの (3ページ目):日経ビジネスオンライン

このバドミントンの中継をみて気がつくのは、選手たちの幼稚園児のような表情。とても20歳を超えた成人とは思えない。

芸能でいえば、事務所が持ち上げる芸能人はなぜこうもそろいもそろって舌ったらずの口調で脳死しているとしか思えないコメントを並べる人間ばかりなのだろう。

野球でいえば先日こんな記事を見つけた。

試しにグーグルマップで「明徳義塾」と検索をかけてみるといい。高知県・横浪半島の山あいにある明徳義塾堂ノ浦キャンパスを目にした瞬間、こう思うはずだ。「これは……逃げられない」と。周囲を山々に囲まれた自然の要塞で、最寄りのコンビニまでは歩いて1時間かかるという。ポジティブにとらえれば「遊ぶところがないから、野球に集中できる」ともいえる。選手たちは相当な覚悟をもって入学してくるのだ。

引用元:「明徳あるある」ロッテか!と突っ込まれる、初戦で負けない理由が… ― スポニチ Sponichi Annex 野球

●●だけやっていれば良い。周りからも褒められ順風そのもの。こういう環境に児童を置くのは、虐待とみなすべきではなかろうか。先日見た「スポットライト」という映画には

「カソリックの聖職者の精神年齢は12-13歳だ」

というセリフがあった。与えられた戒律さえ守っていればよい。それが正しい行動だと教え込んできた結果が幼稚な大人の量産である。何の根拠もないが、私は日本のスポーツ芸能と米国のカソリックには同じ問題が存在しているのではないかと考えている。

心理学とか教育学のほうで、こういう研究ないんだろうか。