見る将
2017-05-08 07:43
iPhone上の将棋アプリで、全部で20あるレベルの下から2番目にも10%の確率でしか勝てない私ではあるが、最近「将棋を観る」ことの面白さを知りつつある。
正直言えば「見事な手筋」とか「すごい攻防」とかはさっぱりわからない。解説付きで「ああ、そうなんですか」と思うだけ。では何を「観ている」かといえば、将棋をさす人間の有様。
例えば、昨年の王将戦についてかかれた素晴らしい記事がある。この記事を読めばほとんどの人が木村八段を応援したくなるだろう。(今年の王将戦予選でも健闘しているようだ)
では将棋を指すのがコンピューターだったらどうだろうか。それでも私は興味を持って「人の有様を観る」ことができるだろうか?
先日Ponanzaというプログラムが将棋の名人に勝った、という報道があった。このPonanza対名人は2番勝負であり、第二戦は5月20日に行われる。私のような素人からみても、人間がコンピューターに将棋で勝てないことは明白のように思われる。もうコンピュータは独自の進化を遂げるしかないのではないか。
さて、この2番勝負の間である、ゴールデンウィークに第27回世界コンピューター将棋選手権なるイベントが行われるとひょんなことから知った。なんと人間の名人に勝ったPonanza(より強いバージョン)が予選で負けたという。
今回このPonanzaは「万全の体制」「牛刀割鶏」と思われていた。
天彦が最強Ponanzaと戦っておるのだが、もはや生身の人間の佐藤天彦がPonanzaに勝てると信じている人は誰もいないに違いない。素手での戦いに自動小銃を持った奴が相手では、天変地異でもない限り勝てるわけがないのである。
そのPonanzaが
• 将棋で初めて実用レベルのディープラーニングに成功
• ディープラーニングライブラリChainerを使用
とは全くもっておだやかではない。
(中略)
その後の情報を加えるとPonanzaチームの3人の新規参加者が死ぬほど優秀
• 齋藤真樹 東北大学岡谷研究室卒業、専門ディープラーニング
• 藤田康博 東京大学鶴岡研究室卒業 専門ゲーム木探索
• 秋葉拓哉 プログラミングコンテスト「TopCoder」でトップクラスのレッドコーダー
こんな連中入った時点で手がつけられない。
Ponanzaは大規模クラスタしなくてもWCSCで優勝出来るというのに、多種構成 (CPU500core以上、GPU100基以上)を採用。なんなのこのエクストラオーバースペックは(苦笑)
Ponanza Chainerの登場で参加メンバー的にもハードウェア的にもコンピュータ将棋ですら終わった感がある。ただ強くしたいだけでここまでやるのは狂気に近い。もはや優勝以外に価値を求めているのだろう。
このPonanza_Chainerが鎧袖一触、全てのコンピュータ将棋プログラムをなぎ倒し、コンピュータ将棋選手権を終わらせるに違いない、と私のような素人でも思う。資金、人的資源、CPU資源使いたい放題。しかも元になったのはこれまで(すでに)無敵を誇ってきたPonanzaである。
Ponanza Chainerの登場で、メンバー的にも、ハード的にも、もうコンピュータ将棋、終わったな…。こりゃ、ペンペン草、一本も生えませんわ。
引用元:やねうら王さんのツイート
Ponanza製作者山本氏のこの言葉にも説得力があるというものだ。
今年の世界コンピュータ将棋選手権のPonanzaはたぶんめちゃめちゃ強いことになる。過去現在、そして下手したら今後数年の未来までも含めて史上最強の将棋プログラムになるかもしれない。
まだ始まってもいない戦いの結果どころか数年先の結果まで視野に入れている。そして年をとった人はガダルカナル島総攻撃前に打たれた電文を思い出すかもしれない。
同二十一日の電文にいたっては、今日ではとうてい信じ得ないほどの必勝確信に溺れている。電文に曰く、
「殲滅戦前日の感慨無量なり。二十三日にはガ島攻略は完了する見込みにして、それより約五日の後、軍の直轄部隊大部分は直ちにツラギ、レンネル、サンクリスト バルに転進して、これらを占領する予定なり。ラビ攻略(注、ニュウーギニア戦)の部署はガ島において行うを可とするにつき、参謀長以下若干の幕僚は、ただちに前進準備ありたし」
とある。すでに占領を終わった後に打ってしかるべき電報が、攻撃をはじめない前に打たれている。自惚れという言葉だけでは説明不十分なる思い上がりようであった。」引用元:帝国陸軍の最後 第2巻P76
そのPonanza_Chainerがelmoというプログラムに破れた。そして5月5日に決勝が行われる。予選を勝ち抜いた8っつのプログラムによる総当たり方式。予想通り全勝でPonanza_Chainerとelmoが激突する。
その結果はどうだったか?
elmo、たった1台のPCでponanza chainer(1092コアXeon+128GPU+4.8TBメモリ)に2連勝し、全勝優勝。
引用元:けいくんさんのツイート
Ponanzaは確かに強かったが、開発者を含め議論を巻き起こす存在でもあった。プログラムは公開されておらず、独自の進化を続けている。そして開発者の山本氏はビッグ・マウスがお得意のよう。しかも強い。絵に描いたような「プロレスのヒール(悪役)」である。
手前で頭を下げているのがelmoの開発者。顔が見えているのがPonanza開発者の山本氏。
ちなみに山本氏は「今後数年にわたって勝つ」とのTweetをしただけでなく、5/11には本の発売も控えていたようだ。
人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?ー最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質 https://www.amazon.co.jp/dp/4478102546/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_i01.ybTG9E9E8 … via
人工知能とはいったいなにか、一生懸命書きました。5月11日発売です。ぜひ読んでね!
「最強の将棋AIポナンザ」この言葉が発売の一週間前に冗談に堕するとは誰が想像しただろう。
---ものすごい資源を投入したドリームチームに、たった一人で挑んだ挑戦者が勝利する。これはまさに少年ジャンプの王道パターンであり、いやもっと世界にも通じる普遍的な「感動ストーリー」。ヒールがやられる。ゴリアテがダビデに倒される。この偉大な物語があまり話題になっていないように見えるのは驚きでもある。
将棋というのは本当に面白い。ルールが明確に定められており、決着が誰の目にも明らか。やれ「採点者が買収されていたにちがいない」とかいう言葉が飛び交うフィギュアなんとかとは大違い。そして勝負はあくまでも駒の動きで決められる。指しているのが誰だとか、年齢がどちらが上だとか肩書きがどうとか一切関係がない。
それとともに
コンピュータプログラムの開発というのは、ともすれば物量勝負になり「計算機と人を集めたほうが勝つのさ」と思いがちな昨今である。実際そうとしか思えない現実があるのだが、それでも時々このような形で
「一人の努力と才能が無敵の巨人を倒す」
物語に出会えるのは興味深いことだ。今から来年の世界コンピューター将棋選手権が楽しみだ。