風俗産業の料金の本質に関する考察
2019-08-30 06:16
私たちが過ごしている世界には、本当にいろいろな世界がある。一生のうちに触れることができるのはその一部だ。
いきなり何を言いだしたかと言えば、風俗産業である。若い頃つきあいで1−2回経験したことがあるが、それで十分。一生個人的には関わりあうことがあるまい。
なのだが若い頃からずっと謎に思っているシステムがある。キャバクラである。会社にはいって2年目に昔かよっていたという先輩から説明を聞いたが、なんのことかさっぱりわからない。お金を払うと女の子とお話しができる。はあそうですか。いや、会社にいる女の子だって時々はお話ししてくれますが、というとそういうのとは違うらしい。
そりゃ相手にしてみれば金もらってるんだからとにかく話すわなあ。じゃあそもそもなんでそんなことに金を払うのか。金を払っているから話してもらえるのだが、そんなことしてうれしいのか。それが長年の疑問だったのだが、先日あるTweetを見つけた。
モテないおっさんは、キャバで可愛いギャルからチヤホヤされたら、それが営業だと頭では理解していても内心少しだけ期待してしまうものなんだよ。だから、僕達おっさんはこういう勘違いをしないように、僕らのキャバクラ代はサービス料ではなく迷惑料であるという本質から目を背けてはいけないんだよ。
「迷惑料」なんとシンプルで心強い言葉ではないか。よくは知らないが、キャバクラには若くて可愛い女性がいるのだと思う。そういう相手にとって生活に疲れたチンピラサラリーマンとの会話が楽しいはずがない。だから彼女たちが得る対価は「迷惑料」迷惑かけてごめんね、という謝罪の印なのだ。相手に迷惑をかけているとわかってはいても、おじさんならば演説がしたくなることもあるだろう。それが悲しいサガというものだ。うん、これなら納得がいく。
しかしなあ。キャバ嬢というのは「このクソオヤジ」と心の中で思ってはいても顔と態度に出してはいけないし、オヤジの方はそれを承知していながら、迷惑料を払い続ける。やはり自分には理解ができない商売だなあ。