題名:胃カメラの歌

五郎の 入り口に戻る

日付:2006/8/13


検査編

ちょっと待て。どこから胃カメラなんて話がでてくるんだ。

「胃腸風邪ですね。薬を出しておくからお大事に」

ではなかったのか?と思い切り動揺するが寝起きの頭ではなんとも反応がでてこな い。今朝から何も食べていませんね。ええ、パン食べたけど吐いちゃいました。その後はゼリーしか飲んでません。自分で答えながら、ああ、これは胃カメラに 全く好都合ではないか、と思い当たる。どうやら逃げることはできないようだ。

私は今まで胃カメラというものをやったことがない。しかし大層苦しい物だということはなんとなく聞いている。その昔大腸の内視鏡検査をやったとき、私の前 の人は胃カメラを飲んだいたのではないかと思う。とはいっても一瞬たりともその人の姿を見てはいない。何故そんなことを考えたかと言うと、

「うげー。 うげー」

という苦しそうな声が聞こえてきたからだ。いやいや、恐ろしい予感にとらわれてどうする。いいことを考えよう。いつか父がこう言っ た。

「友達が”慣れると胃カメラもつ るっとはいっていいもんだよ”と言ってたよ」

慣れれば、か。。私は全然慣れてないし。そういえば大腸の内視鏡検査の前に

「胃カメラの5倍きつい」

といった人もいたなあ。ということは胃カメラはあれの1/5か。まあそれくらいならいいかもしれん。いずれにしてもここまで断言さ れてしまっては逃げる術 もないようだ。

はあ、と言うと先生が看護師にあれこれ言う。まずはトイレに行けと言われる。言われた方向に歩いていくとそれらしき扉が二つあり、 両方共に privateとかいてある。これではわからんではないか。勘で一つのとびらをあけるとまさしくトイレ。用をすませると看護士さんたちに声をかける。まず 超音波でお腹を調べるとのこと。

案内された部屋にいって寝っ転がる。金髪で(元の髪の色は黒に違いないが)全く無愛想なお姉さんが来た。無愛想ではあるが仕事はて きぱきと進めていく。まずは心電図を取る。これは電極を つけるときに少しくすぐったいことをがまんすれば問題はない。次にバーコードリーダーのようなものにぬるぬるしたものを塗りお腹をぐいぐいやる。画面を見 ると例によって何かがうにょうにょ写っている。プロというのは偉大だ。これを観ただけでなんだかわかるんだなあ。と感心している間に診察は終わる。

終わりました、と声を掛けると今度はお小水を取って下さい、と言われる。ちょっとまて、さっきトイレに行けと言われたばかりだ、と 思うがとりあえずトイレ に向かう。神経を統一し一心不乱に念ずると少しだけ出た。どうやって検査するかしらないがまあこれだけあればいいだろう、と勝手に決めつける。どうしろと も言われないからトイレにおいて「終わりました」と声をかける。別の部屋に行けと言われる。

そこには最初に血圧を測ってくれた看護士さんがいた。椅子に座った私の前でなにやら調合している。胃の動きを押さえるなんとかで す。一気に飲んで下さい、 と言われる。小さなカップの中身をがばっと飲む。次には注射器のようなものを取り出してあこれれやっている。私はそれをみて恐怖を覚える。胃カメラを撮る とき、喉に麻酔をかけるということは聞いていた。となるとあの注射器を喉に差し込んだりするのだろうか。あるいは首に突き刺したりするのだろうか。その昔 ロシアでキーキーわめく中年女性の首に保安員(というかその手の人)がいきなり首に注射器をつきさし黙らせる写真が公開されていたことがあったなあ。あ れは怖い。そう思っていると看護士さんがとりだした注射器には針がついていない。これで麻酔薬をいれますから喉の奥に2分間ためておいて、その後飲み込ん でください、と言われる。いや、喉の奥にためろって言われても、と言う間もなく針のない注射器が迫ってくる。口をあんぐり開けるとなにやら喉に飛び込んで くる。まあうがいのような感じであろうかと喉とか舌をごにょごにょする。間もなく時間がたったらしくベルがなる。液体を飲み込む。はて、こんなので麻酔が 聞くのかしらん。確かに感覚がぼーっとするけど、それは口の中の方だ。すると次にはなにやら吹き付ける形の麻酔をするという。口の中にシュー。そのうち確 かに喉の奥の感覚が変になってきた。

この後何をするかについて紙を使った説明がある。。喉の麻酔が効いているので、1時間半は物を飲んだり食べたりしないでください。 今は4時前ですから6時に なれば大丈夫と言われる。それまで喉がかわかないかなあ、とちょっと心配になる。胃の検査は10−15分かかるとのこと。力を抜いて もらった ほうが楽に住みますから。ではベッドに横になってください。壁に背中を付けて、といわれる。おとなしく横になる。すると

「落ち着いていますね。何か問題がないと胃カメラ受診する 気になりませんよね」

と言われる。いや、薬くれるぐらいだろうとおもって来たらいきなり胃カメラと言われたわけでございまして、落ち着いているかもしれ ませんが、基本的にはま な板の鯉状態でございます、とまでは言わない。すると相手は

「眠くなる薬を使いますから、寝ている間に検査が終わって 何も覚えてなかったって人も居ますから」

と言う。なるほど。それは望ましい展開かもしれない。しかしながら果たしてその幸運が私に訪れるだろうか。私は寝るのは大好きだ が、寝付きがよいとは必ず しも言えない。現に是を書いている日の前日は布団のなかで一時間あまりぎこんばったんしていた。となるとあまり期待はできないなあ。

どうやら先生の時間を待っているようだ。別の看護士さんがきて「尿はどうしました?」と聞くからトイレに置いてきましたと答える。 どうもここの看護士さん 達の仕事ぶりは変な気がする。その少し前に「○○が13.4」とか耳打ちして看護士さんがでていく。何かと思えば白血球が多いのだそうな。どこか炎症を起 こしている印かもしれない。となると胃に穴が空いているかな。それとも例によって直腸炎-痔とも言うが-が悪化したのだろうか。

そのうちなんらかの合図があったらしく下になった左手になにやら針がささる。最初はどうやら採血を行い、そのまま点滴に移行するら しい。私は採血の時いつも 「血管が見つけにくいですねえ」とコメントをもらう。しかしこの日はそのまますんなりと針がささった。点滴というから上から何かぶらさげるのかと思えば、 太い注射器から何かをぐぐっと注入しているようだ。針がささった部分にそんな圧力を感じる。そのうち別の眠くなると言う成分が注入される。ぼんやりしてき ましたか?と聞かれるが「別に」と答える。

眠くなってぼーっとするまえに是をはめますといって穴のあいたプラスティック状のものを渡される。そういえばその昔エロ本でこんな ものがあったよう な、と内心思うがもちろん口にしたりしない。口にはめてテープで固定される。これをはめると言葉がでないんですよね。眠くなってもカメラが喉のへんにきた ら飲み込んでください。そのほうが楽にはいりますから、と言われる。私は「わはひまひた」と答える。

首の回りにシートをしいてくれる。よだれがでてきたら飲み込まずにだしてしまっていいですから、と言われる。先ほどは本当に麻酔が 効くのかな、と思ってい たが喉の辺りは本格的に感覚がなくなってきた。確かにこの状態だと唾液は外に出したほうが良さそうだ。

その次に覚えているのはこんな光景だ。目の前にぬらぬら光る灰色の山のようなものがあり、ところどころ黒い筋のようなものがはしっ ている。その上を何かがよじのぼったり降りたりし ている。山のようなもの自体もうにょうにょ動いて いる。その光景を見ながら

「そうか。これがRPGか」

と考える。Role Playing Gameなどやったこともないのに何故そう思ったのかは定かではない。そのうち灰色の山がなにやら引っ張られるような形に変わった。ああ、抜いているのか も 知れないなあとぼんやり思う。私はあくまでも他人事のようにその光景を見ている。痛くもかゆくも苦しくもない。

次に気が付いた時、私はベッドの上に横たわっていた。マウスピースも外され普通の体勢である。はあ、私が寝ている間に終わったので ございますか。点滴をす るというからおとなしく寝ている。今度はちゃんと長い棒にぶら下げられた(なんと呼ぶか知らないのだが)点滴が来た。何をするものか聞いたか聞かなかった かもおぼえちゃいない。それが一段落すると待合室に戻る。

しばらくして先生に呼ばれる。少し脂肪肝の気があるけど大きな問題ではない。胃も綺麗なようですね、と写真を見せられる。素人目に はよくわからないがとに かくピンク+オレンジ色でつるんとしている。ピロリ菌もいないし、と言ったとき私は先生の言葉にどこか残念な響きを感じた。ここからは完全な妄想になるの だが、きっとこの先生ピロリ菌を不倶戴天の敵と見なしているのではなかろうか。もし発見すればそれこそ生かしちゃおかねえ、とピロリ菌退治治療に移ったか も知れぬ。しかし(たぶん彼にとっては)不幸にして私は日本人のうちピロリ菌を飼っていない50%のほうの一人なのであった。

胃腸風邪かもしれません。薬を出しておきます。すぐよくなると思いますよ、と言われる。こちらはその結論を最初から期待していたわ けだが、そこに落ち着い たか。まあ胃の中も見てもらってつるつるりんということもわかったし痛くもかゆくもなかったからまあいいや、とはならなかった。お金を払う時になって所持 金が足りないことを知る。そりゃまさか胃カメラまで飲むとは思ってなかったからねえ。しかたがないから近くのATMに行きお金を引き下ろす。戻っ てにこにこ払うとはいさようなら、の前に薬局で薬を買う。外はいつのまにか夕方になっている。6時まで飲まず食わずかと思っていた時間にいつのまにかなっ ている。 暦の上では真夏だがそれほどの暑さは感じない。ぷらぷら歩くと妙にお腹の調子がよくなっていることに気が付いた。

薬も飲んでいないからこれは

「胃カメラを飲むことにより症状が改善した」

としか観ることができない、というのはもちろん間違っている。時間の経過が治癒を手伝ってくれたということか。久しぶりに腹部の痛 みを感じずに歩くことが できるのはなかなか快適。しかしそのうちそのありがたみを忘れ、「腹痛に比べれば些細なこと」で頭を悩ます時間がやってくる。


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注釈