日付:1999/12/1
1999/12/112月になった。また一つ年を取る、とはいっても私の誕生日は12月ではないが。もう最近は自分が40だと思っている。私は父が40になった、と言ったときの事を覚えている。私に隠し子でもいない限り私にそれはできないことだ。
さて、年のくれであるが、私としては忘年会などというものにかまけている場合ではない。19日には久しぶりのPolypus &JMSのライブがあるのだ。ぐでぐでいっている暇があったら練習をせねばならない。去年も12月は毎週名古屋に帰っていた。今年も同じ様な状況になりそうである。実際横浜にいてもやることは何もないのだが。
自分で他のサイトを借りて設置したアクセス解析用のCGIだが今のところなかなか快調に動いている。しかもそのデータから大変興味深いことがわかった。時々ログデータを何分も眺めてしまう。どのような人がどうやって私のサイトをみてくれるかなんとなく想像ができるからだ。今まで全く気がつかなかったことだが、最初に表紙ではなくて「五郎の部」のページから入る人も少なくはないようだ。
話は変わって、この前の回に書いた「何も考えずに正月はLos Angelsだ」計画は或男に「今年はY2Kで飛行機は空いているかもしれません」と指摘を受けてあっさりと放棄することにした。私は2000年問題はそんなに深刻なことにならないほうに(なんとなく)賭けているが、そうした問題が発生する可能性がある時に、Los Angelsに行くってのはちょっといただけない。某TVやら映画で
"Hey, this is Los Angels, People riot all the time"
と言われる場所なのだ、、小心者の私としてはあっさり白旗をあげてTV観戦(放映されるかどうか定かではないが)することにしよう。しかし一応コンピュータ業界で飯を食っていながらY2K問題をすっかり忘れるとは。愛は盲目とはよく言った物だ。
久しぶりに「何故英語をしゃべらざるを得なくなったか」を書き出している。当時の日記を読みかえしてみると、自分がいかに多くのことを忘れているかに気がつき、愕然とする。数人で行った場所なのに一人で行ったと思いこんでいたり、あるいは完全に記憶から欠落し、日記を読んでも思い出すことができないエピソードも多い。今起こっていることや考えたことも自分が自覚できるよりもずっと早く忘れてしまうであろう。老後の楽しみをつくるため、最近さぼり気味の日記執筆を真面目にやるとしようか。
夏も近づく88夜ではない。年の暮れというやつである。もっともアメリカでは今の時期は「もっとも太る時期」である。Thanks Givingに続いてX'masがあるのでみなごちそう食べ続けになるわけだ。私の定義によればこの季節は「豆電球の季節」である。理由はしらないが街に豆電球が増える。あれを観ていると「直列と並列」の問題を思い出すのはちょっと変だろうか。
私のほうはと言えば体重は落ち着いている。あまり最近食欲もない。かといってひからびるわけでもない。12月19日に向けてあれこれ練習をしている、というところであろうか。
ある日は練習から帰る車のなかで「カラオケで歌うのとバンドで歌うの」の違いについて論議が咲いた。うまくは言えないがたぶん両者は明らかに違うのだと思う。バンドで歌うとはいっても私はアマチュアの最たるものだから、自己満足といえばその通り。しかし観客が一人でもいるのであれば、その相手の事を常に考えるべきなのだと思う。コビを売るとかいうのとは違う形で。
しかしその前にとにかくちゃんと歌えるというのはあたりまえの最低条件である。今回はいくつかのバンドが参加するイベントで、最後に3曲セッションがある。そこで私はPretty Womanを歌うことになっている。この映画自体は実につまらない映画だった。(ある女性は「あの映画は男の人にとっては最高に退屈な映画だと思う」と言った)私はJulia Robertsを愛しているが、あの映画の彼女は特に愛するわけにはいかない。それでも曲は好きなのだが歌詞を観て驚いた。最後のところが語りのようになっていて結構難しいのである。あと2週間で歌詞を暗記してちゃんと歌えるようにしなくちゃ。しかし考えてみればこうしたことを気にかけることができるというのは結構幸せなことなのかもしれない。
バンドのみんなはとても忙しい中、時間を作って練習に参加している。日長あくびばかりしている私が練習不足でこける、という事態だけは避けたい物だ。
そういえば58年前のこの日は真珠湾攻撃の日だ。なんのかんのと摩擦や喧嘩はあるが、殺し合わなくてすむのはなんと幸せなことか。
もう一つ。Detroitから這々の体で逃げ出してきたのはちょうど2年前だ。たった2年前かと思うほどいろいろなことが起こった気がする。あのときは何も持っていなかったが気分さっぱり意気揚々だった。それから2年たった。なのに全く腰は据わらない。気力が萎えただけだ。
体が重くなっているが、とりあえず歩いている。豆電球の季節だが私には関係がない。おまけに今年は忘年会なるものも一つもなさそうだ。
そんなことはとりあえず私にとっては関係がない。例のライブがせまってきており、あれこれ練習に余念がない。腰痛と風邪とドラマーが業務多忙で欠席することを大変怖れているが、しかしこればかりはなんともならない。人事を尽くして天命を待つ他に。
「原因がわかれば対処をするだけだ」と書いたのが今から11ヶ月前。その対処はさっぱり実を結ばない。だから状況は大変よくない方向に向かっているように思える。最近は物事を「それはそれ。これはこれ」で考えるようにこころがけている。そして年を取り感性がにぶり、記憶力が悪くなったのが良い方向に働いている気がする。頭の中はかすみがかかったようであり、ぼんやりとしている。
正月休みはどこか人のいないところに行ってそのままミイラにでもなってみようかと思う。思えば子供の頃見た自分で食を断ってミイラかした人のまねをしたら親に異様に受けた。私はミイラ化する才能はあるかもしれない。
平家物語、壇ノ浦の合戦で「見るべき程のものは見つ。後は自害せん」と言った人がいた。また西郷隆盛は「もうこの辺にしておこうか」と言った。私もこの辺なのかもしれない。
めずらしく仕事でよれよれしていたが、だいたい落ち着いてきた。もうだいぶミイラ化しているので、あまり文字も書けないのだが。
ミイラ化しても歌は歌える。19日のライブは大変ご機嫌のうちに終了した。怖れていたセッションの終わりが合わなかったことだけに悔いが残るがそのほかは実にうまく行った(と思う)しかし私は自分の手元にあるライブの様子を記録したビデオを他のメンバー用にダビングするのを大変怖れている。客観的に観て本当によかったか、というのはビデオを観ないとわからないし、観るとわかってしまうのである。
何事もぼんやりしている間はなかなか想像を膨らませてよく思うこともできる。はっきりすれあそうしたことはできなくなるが。
こうして日付を書いてみるとちょっと違和感を感じるがそのうち慣れるだろう。平成に変わったときも最初は妙な感じがしたが、どこから何も感じなくなったのだろうか。
この千年紀だのミレニアムだの世紀の変わり目だのということは話のネタや、景気刺激策としては大変いいアイディアだと思うが、実際的な意味はなにもない。(2000年問題を別とすればだが)実際西暦の始めについても全く何の根拠もないのだから、それは皇紀がいつ始まったか、と比べて優もなければ劣もない。となれば、日本の皇紀を使って「今は世紀の半ば」と言っても何の問題もない。
しかしノストラ君の予言のときもそうだが、それが数年先にある間は「なんだかあぶない」と無責任に騒ぐ人たちもそれがあまりに近くなると何も言わなくなるようだ。
さてこのホームページもこれで3年目に入った。今まで年頭の抱負を書いていたが、もうやめることにした。書いても何も達成できないからだ。努力を辞めるつもりはないが、無駄なことはしないのが信条である。ただgoing on, walk this wayであるのだが。
ミイラ化はだいぶすすんだようだが。
最近たくさん映画評を書いているが、どうも1080円以上のものが少ない。面白いと思える映画に出会っていないのか、あるいは私の感性がミイラ化してしまったのか。
2000年問題は(予想通りというべきか、あるいは対策のかいあってと言うべきか。年末年始のアクセスを見てみると、12/31や1/1であっても会社ドメインからのアクセスがたくさんあった。)大きな問題にならずになによりだった。日本については心配していなかったが米国については少し心配していたのだが。
年末ライブのビデオを少しづつ見だしている。いつもは問題なく見られるのだが、今回は何故かみるのが恐ろしい。実家に持って帰ったとき、母に「なんでみせないの」とずいぶん文句を言われたが。
あと数ヶ月はまたよれよれと歩くことになるかもしれない。それが道であるならそう歩くしかないのだが。
風邪をひいてしまってのどが痛い。あとやたらと眠い。最近またMaking of my homepageが短くなっていますが何かあったのでしょうか。
何年かぶりに少し仕事をしている。おかげで休日によく眠れること。ここ数年何もしていなかったつけは大きく、勘をとりもどすのにしばらくかかりそうだ。あるいは勘はもうもどらないのかもしれない。ひどく疲れた。ひどく疲れた。
年があけてしばらくたったが、普段の正月と何かが違うことに気がついた。西暦が2000年のおかげで、平成12年、という言葉をほとんど聞かないのだ。などと書いていて本当に今年が平成12年なのかあやしくなってきた。年賀状をみるとどうやらそうらしいのだが。
ある文章系のWeb Siteにならって、少しでも読みやすくなれば、と両脇にスペースをもうけることにした。少なくとも私はこの方が読みやすい、と思っているが「そんなことはねえぞ」というご意見の方が居たら教えてくださいな。
先日某Siteで「うつ病時の傾向と対策 7箇条」というのを読み、妙に納得してしまった。ということは私は鬱病なのかもしれない。このサイトはなかなか面白くて真面目なうつ病との闘病記もあり、大変ユニークな奥様とのなれそめあり(実は両者は重なっているのだが)あり、でつい読みふけってしまった。ほんの時たまだがこうした面白いページにであえるのは楽しいことだ。。。しかし最近私は自分が「面白い」と思える個人のページに一つの傾向があることに気がついている。
みいらみーらみら、とミイラの歌など作っている今日この頃だが、つまるところ私はミイラにもなれない。
People interact, and that is wonderful
これは私が愛しているAlly McBealのなかで使われたセリフで、これが心に残ると言うことはどういうことか。
久しぶりにリンク集の整理をした。or.jpがne.jpに移行したせいか、あるいはプロバイダの興亡が激しいせいかかなり行き先不明になってしまったものがある。
最近「パンスト」で検索にひっかかることは少なくなったようだ。その代わり目立つのが「自殺の仕方」である。今月だけで10回近くはこのキーワードで検索がかかっている。
先日自分で表紙を覗いてみたらちょうど5000だった。いつもであるかたまたまであるか大坪家の書庫を訪れていただける皆様。ありがとうございます。この調子でいくと2002年には1万の大台にのるかもしれません。
先日の17日は阪神大震災から5年だった。振り返ればそれから毎年この1月17日には違うところで違うことをしていた気がする。来年同じ場所で同じ事をしているのはあり得ない。。
豆電球の季節:(トピック一覧)豆電球産業なるものがあるかどうかしらないが、この季節は潤うに違いない。本文に戻る