日付:2002/9/1
伊勢市からかたこんかたこんと列車に揺られる。記憶が正しければ榊原温泉口というところで降りればいいはずだ。一度乗り換えて目的とする駅に着く。ところが、「温泉口」という名称から想像していたのとはずいぶん異なる光景で駅の周りにはなにもない。駅前にバスがとまっていたことからして、ここからバスにのって皆様温泉に行くのだろうか。
などと言っている場合ではない。ルーブル彫刻美術館はどこだ。案内図を信じれば駅のすぐそばのはずなのだが。どっかのサイトに「金色の観音像を目印においでください」などと書いてあったのだが、どこをみても観音などない。
ぶつぶついいながら駅から歩き出す。すると「観音像こっち」とかいう看板が見えた。よかった。こちらで間違いないようだ。矢印に従ってとぼととぼ歩いていくが何も見えない。一面緑の山である。そのうちシャッターの降りた「うどん・みやげものや」が見えてきた。ということはあの先に何かがあるのだろうか。
まもなく山陰から巨大な彫刻が見えてきた。サモトラケのニケとミロのビーナスである。この光景はCMやらなにやらで観たことはあるが、実際目の当たりにするとその巨大さに驚く。両方とも有名だし、なんとなくいい彫刻だと思うがこう巨大だとまるで怪獣のようだ。
入り口は裏にあるようだからと思って歩いていくと建物の側面にレリーフがあることがわかる。元々レリーフの物の模造ではなく、絵画をレリーフにしている。ちょっと出っ張ったモナリザはかなり不気味だ。
守衛さんというか、駐車場の番人のような人がおり、「そっちが入り口だよ」と教えてくれる。券を買って中にはいると、おばさんがよってきて見方を教えてくれる。一回を半分まわったところで地下に降り、地下を見終わった後また一階に上るのだそうな。その説明を受けている間にもこの「美術館」の異様さは伝わってくる。ルーブルに所蔵されている彫刻を模したことがうりのはずなのに、正面にどーんと座っているのは十一面千手観音なのだ。縮尺は違っているかもしれないが感じとしては
こんなんである。
説明通りに観ていく。いきなりあるのが実物大のサモトラケのニケとミロのビーナス。そんなに悪いとは思わないが、なぜか実物のほうが良いと思える。そこからなんだか有名なのだろうと思える彫刻が並んでいるが、やたらと詰め込まれているためかどうもありがたみにかける。最初のほうは一応名前と説明がついていたのだが、そのうち名前だけのものやそれすらもないものが出てきた。
階段を下りて地下に行く。ふと気がつくと阿修羅像なんかが建っているがルーブルに阿修羅なんてあったっけ。有名な人間らしい胸像がごろごろ並んでいるのだが、後ろの方の列は名前を観ることすらできない。こう所狭しと並べられてもねえ。
というわけで地下はほとんど駆け足でみることになる。だって説明もなにもなく詰め込んであるだけなんだもん。階段を上がっても以下同文である。青銅で作られた小物がケースにはいっているのは分かるが展示の最後のほうにフランス人形やら、誰ともわからない人形(ニュース番組に出てきそうな奴)がごろごろ並んでいるのはどういうわけだろう。あれも一点としてカウントされているのだろうか。入り口近くに「ルーブル美術館会長」がオープニングの時に来たとき模様が飾られている。展示を一点一点みる会長、とかいう写真もあったのだが、もし当時からこの展示だったとしたら、彼はどのように思ったのだろう。
「やられた」
と思ったのではなかろうか。彼が愛しているであろう秘蔵の美術品は周りに押し込められ、中央で巨大なスペースを使っているのは巨大な観音像+他の仏像なのだ。
一通り見終わると土産物屋のお姉さんから声をかけられる。図録などもあるが、みやげものの大半は意味のよく分からないものだ。足で踏んで健康になるような器具まで売っている。
いかに優れた美術品であっても、やたらと詰め込まれてはありがみが失せる。美術品を展示するにはそれなりの場所も重要なのではないか、という教訓を胸に彫刻美術館を後にする。しかしここはまだこの得体の知れない施設の入り口に過ぎない。看板に出ていた日本一の巨大黄金観音はまだ奥にあるのだ。
こっちが入り口という方に歩いていくと、脇に蛙のオーケストラがある。なんだそれはと聞かれてもあるのだからしょうがない。
この蛙オケは、左右に2グループ並んでおり、指揮者が3匹いる。でもって通路を越えて手前にも3匹の指揮者がいる。これは一体いかなることかとしばし考えるが結論は得られない。
考えていてもしょうがないので、通路に入る。入り口の上になにやら金色のものがあれこれいるが気にしないことにする。まず通路にあるのは石を平たくけずったもので、山の絵やらABCDなどの文字が浮き出ていると主張しているものだ。それがどうした、と思うと入り口があり、なんだか暗い部屋がある。私が入ろうとするとおばさんが一人かけよってきた。何年生まれかと言われるからウサギと答える。するとなにやらコインのような物をくれた。
部屋には十二支のそれぞれについている神様の像がかざってある。しかしこの部屋の主題はそれではない。奥には時価5億円と称する何かの像がある。右手でなでるとどうとかで、左手でなでるとどうとかという。とにかくなでてみる。金を削ってできているのだろうが、彫刻は粗い。
そこを出ると左手に異様な物体がある。
巨大なわらじはまあいいとしても、その前にある「金運招き猫」と書かれた猫の集団は一体なんなのだ。こちらも蛙と同じくオーケストラだが、指揮者はこちらを向いている。しかし招き猫とは小判をだいて片足をあげたああいう格好をしているのではないか。
頭が痛くなってきたのは夏の日差しのせいばかりではないと思うがとにかく先に進む。矢印に従い階段を上ると、板東33カ所、なんとか33カ所、どことやら44カ所の砂を集めて祭ってあるありがたい場所である。小さな観音様やら仏像やらなにやらがたくさん並んでおり、その前に足形がある。どうやら全部踏むと100カ所お参りしたことにしてくれる(誰がだ)らしい。一応はいるが、くるりと歩いておしまいにする。
そこから出ると、道が通っており、その両脇に神様やら仏様のたぐいがうじゃうじゃいる。観音堂というところがあるから中になにか面白い物でもあるかと思い入ってみると、中では3人ほどが手を合わせ、坊主がお経を唱えていた。じゃまをしては申し訳ない。手を合わせ早々に立ち去る。
その通りがつきると右手に「ガン封じ 神獣 白澤」と名前のついた得たいのしれない物体が存在している。
私は今のところガンを煩っているとは思っていない。幸いにして身内にガンで苦しんでいる人もいない。であるからこれを観ても笑っているだけなのだが、そうした状態になったらこれにもすがりたくなるのだろうか。いや、きっと世の中にはもっとましなガン封じだってあるはずだ。それとともに、おそらくこれも見せられたであろうルーブル美術館会長のことがちらっと頭をかすめる。
その奥には黒い巨大な手がある。なにやら仏様に関連したものなのだろうが私にはわからない。ただしその指先につけられた卍を観ると、私は自動的に仮面の忍者赤影にでてきた「金目教」というあやしげな教団の円盤を思い出す。他の場所でこの卍をみてもそう思わないということは、やはりこの場所の特異な雰囲気がそうさせるのか。いずれにしても頭の中には赤影の音楽が鳴り響く。
一番奥には金色の観音様が立っているがそれ自体はどうということはない。それよりもその奥にある崖にへばりついている河童と天狗のほうがきになる。天狗のほうがなんであったかは忘れてしまったが、河童の方は
「飲食業、水商売、客商売の守り神 河童大明神」
なのだそうである。河童は結構たくさんいるのだが、どれが大明神なのかはわからない。上のほうには天狗がいる。
いいかげん直射日光で頭がくらくらしてきたのだが、もう一つ観る場所が残っている。今度は四国88カ所の砂を以下同文の場所である。ここでは入るといきなり
「一つだけ説明させてください」
と言われ、おばさんがペラペラとしゃべり出す。なんでも2000年を記念して大きな木から巨大な数珠を作ったのだそうな。ほらさわってごらん、ぴりぴりくるでしょう。そういわれるととりあえず
「はあ。ぴりぴり来ますねえ」
と答えてしまうのが私の小心者たるゆえんである。説明はなおも続く。それはあなたが癒されている、ってことなのですよ。でもってこのときと同じ木から作ったのがこの数珠。体が弱っている人はこれを朝晩持つだけで元気になった。家庭内が不和だった人は、これをかざっておくだけで平和が訪れた。これを車のダッシュボードに放り込んでおいた人は、数珠がばらばらになるような事故にあっても無事だった。もともとこれは7000円だったのが
「一人でも多くの人に御利益を分け与えたい」
という理由から3500円。こちらの数珠は1万円もしますよ。どうですか。
私は大変な小心者であるとともに考えていることが全部顔に出る人間でもある。そりゃたしかに7000円では誰も買わなかっただろうなあ。なんてことを考えていると相手はそのうち引き下がる。帰り際に
「バイク?まあ電車。電車が一番安全よねえ」
と話しかけてくれた。
さてそこから出口に向かう。一度通った道ではないかと言えばそうはいかない。さっき気がつかなかった「やるき達磨」と「にっこりお福」のダブルアタックが待ちかまえているのだ。
やるき達磨はその名前とは裏腹に限りない脱力を誘い、お福にいたってはトイレの前に座っている。そろそろ神経が麻痺しかけていても、もう少しましな場所はなかったのかと思ってしまう。
途中土産売り場のようなところを通るとおばさんにいろいろ勧められる。私は
「ところであの猫のオーケストラはなんなんですか」
と聞いてみる。それまで快調に売り文句を唱えていたおばさんは目をそらし、一瞬の間の後
「観たまんまだがね」
と言った。
時計を観ると昼だ。電車の本数が少ないだろうから、早く行ったほうがいいかな、とも思いながらお腹がすいたので、併設されているレストランでカツカレーを食べる。窓からは蛙の楽隊が見える。お金を払うとき
「あの蛙の楽隊はなんなのですか」
と聞いてみた。店の人も蛙に御利益があると考えられていることは知っていたが、なぜ楽隊なのかはしらなかった。ここを作った人は「人が考えないようなことをする人」だったそうだ。そうでしょうねえ、と私は深くうなずく。店の人が続けることには
「予定よりも工事がのびたため実現しなかったが、本当は彫刻美術館のオープニングのとき、ルーブル美術館の会長と一緒に大統領(ミッテラン?)もくるはずだった」
これは幸運だったと思えばいいのか不幸だったと思えばいいのか。この緑にあふれた山間まできたフランス大統領は11面、千手観音,それにガン封じの神獣と相対することになるはずだったのだ。しかし政治家というのはこれしきではうろたえないほどの神経を持っている人種なのかもしれない。
などと考えながら駅に戻る。やはり周りにあるのは緑の山ばかりだ。駅につき、出口と反対の方向を眺めれば確かにあの異様な光景をみることはできる。しかしなあ。
観ての通りサモトラケのニケとミロのビーナス、それに自由の女神は前と後ろにいるのだ。
写真を撮るとさて、どうしたものかと考える。まだ午後の1時。時間はたっぷりある。よし、ちょっと方向は違うけどあそこに行こう。
そう決心した私は視界の中に何かが動いたのに気がついた。私が何よりも恐れている存在、毛虫である。反射的に立ち上がりそこから立ち去る。しかし数十秒後、私はホームに10匹をくだらない毛虫(つぶれた物含む)がいることを知った。心中パニックに陥りながら、表面的には「なんでもないんだよーん」という顔をしてそこそこと歩き出す。救いの電車はまもなく現れたが、電車の床にも毛虫がいるのではないか、という妄想にしばらくかられていた。