五
郎の
入り口に戻る
ゴールデンウィークの最終日である。連休が始まってから今日まで何をしていたか聞かないでほしい。とにかく珍スポットを巡る事ができる のはこの日だけなのだ。
い や「日」という言い方は正確ではない。私に許された時間は数時間だけ。しかも常に一人で巡ってきた珍スポットもきょうは子供連れである。なぜか。 世界平和のためである。マザーテレサは「世界平和のためにできることはありますか?」という質問に「家に帰って家族に優しくして下さい」と答えたとか。私 もその教えに学ぶのである。
というわけで、家から自動車で出発。きょうの目的地は珍しく家の(比較的)近くにあるのだ。電車で行けばいった ん東に行き、その後北西に向かうところだが、車でひたすら北上する。途中ラグビーで名前を聞いた事がある「東芝府中」とか「府中刑務所」とか「なんとか競 馬 場」とかの近くを通る。府中刑務所では、受刑者が作った物を展示しているそうで、少し心を惹かれるが、涙をのんでひたすら北上する。
カーナビがあと数百メートルと告げる。どこにあるのか。そもそも駐車場があるのか、とこの期に及んでの疑問を抱きながらきょろきょろす る。するとこんな看板が目に入る。
や れうれしや。どうやら駐車場が存在しているようだ。おまけにがらがらである。込み合っている駐車場に何よりの恐怖を覚える私にはうれしい限りだ。車を止め ぞろぞろ入り口目指して歩き出す。建物の前には小さな池があり、草が植わっている。よくみれば、魚が泳いでおり、そこでしばらく喜ぶ。
さあ はいろう、と扉を観れば
「お願い! 館内の気圧が下がるため、ドアーを開けっ放しにしないで下さい(下水の臭いが充満します)」
と書いてある。慎重に扉が閉まったのを確認し、受付とおぼしき席に座ってい る女性に挨拶する。入場無料がうれしい。パンフレットをもらう。かちかち音がするから、女性が入場者数をカウントしているのであろう。その階には水槽が有 り、ニジマスが泳いでいる。そこでまたしばらく喜ぶ。
さて、というわけで館内に向かう。ここは基本的に地下を一階ずつ下って行く作りになっている。
地下一階には講座室があり、こんな様子だ。
男の人がひたすら顕微鏡をのぞいている。そのそばでは子供向けの
アニメーションが上映されている。途中から見始めたので推測だが、下水道のない村からきたお猿の兄弟が、町にある下水道施設を見学しにきた、とかそんな筋
なのだろう。丁寧に説明をノートに記したお猿は「今日
勉強した事を伝えて、村に下水道を作ってもらうぞ!」と意気込んでいる。私は彼らの「真っ当な提案」が村でどんな扱いをうけるだろうと想像し、暗い気持ち
に
なる。武装せざる予言者は皆滅びる。「真実」を告げることは常に危険なのだ。
「こんな設備を作れる金がどこにあると思ってんだ?」
「本当にこんな話聞いたのか?おまえらがでっちあげたんじゃないのか?」
とか言われ、お猿の兄弟は「オオカミ少年」と呼ばれるようになるのだ。
などと子供向けアニメを見て暗い妄想に浸っている場合ではない。アニメが終わったところでその階を後にし、階段を下る。次の階で
観たのはこんな光景である。
いきなりのインパクトである。しかしこれを観れば何が下水道に流されているか誰の心にも残るであろう。男性が読んでいる新聞紙を拡大し てみると
最 近の日付であるからして、きちんと「更新」されているのだろう。この近くには、お風呂から水を流している子供とか、謎のキャラクターとかいろいろな人がい る。
こうしたインパクトのある展示ばかりではなく、「明治時代に初めて作られれた神田の下水道」についての説明とかもある。当 時のコレラとか腸チブスとかの患者数のグラフもあり、その頃伝染病はずっと「身近な」存在だったのだろう、と考える。また「下水道を守る人々」として
「シャドウマン」
の展示もある。この言葉のもつ力はどうしたことか。英語を観るとBehind-the-scene manとなっており、いいたいことはわかるのだが、シャドウマン。この言葉ももつ力はなんなのか。
またこんなものもある。1992年に発掘されたトイレの遺構なのだそうだが、「トイレットペーパー代わりに使われた木切れ=籌木(ちゅ うぎ)や木簡を割って使った籌木も発見されました。」とのこと。
私は常々、20世紀最大の発明の一つに「ウォシュレット」をいれるべきであると主張している。(声に出した事は無いが)この主張に異を 唱える人は、この木切れでお尻を拭くべきだと思うのだ。というか、こんなんで役にたつのか。
などと味わい深い展示がたくさんあり、じっくり読んでいたい気持ちも有る が、きょうは一人ではない。先を急ぐ。
地下3階は、小平の水環境ということで、かつてどのように水を得るために苦労をしたのかが展示されて いる。まいまいず井戸とか称するすり鉢状に掘り下げた穴のそこに井戸をほったものがあったのだそうな。しかし同行者の関心は、そこにいた「桶を担いだ人」 の桶の中身に向けられているのであった。
次の階は特別展示室。ここもじっくり読むと面白そうなのだが、いかんせん今日そうした贅沢は許されない。さらに階を下ると階段がおしま いになる。ここが最下階のようだ。看板は「ふれあい体験室」となっている。そうした部屋であるから、扉も特別である。
中に入り、まず説明に使うのはこのカットモデルである。
ほら、こうやって流れて行くんだよー、とやはり実物を使った説明は説得力が有る。床にはいくつもマンホールがあり、お魚を描いた鮮やか なものなどがある。マンホールのカットモデルも有り「この下どうなっているの?」という問いに対する答えをここぞとばかりに説明する。
さて奥にはこんな扉が有る。
ここからがいよいよ本題、下水とのふれあいである。はいっていくと一瞬潜水艦の内部のような気がする。
さらに進み、鉄板の上を歩いて行くとこんな光景を目にする事になる。
これが本物の下水だ。色が白い。少し意外の感にとらわれる。なんとなくだが「下水は茶色」と思っていたのだ。さして悪臭があるわけでも ない。私の鼻が鈍いせいかもしれないが、通勤電車の中がこれよりひどい状況だったことは何度もあるように思う。
も う少しそこで下水とふれあっていたかったが「ここうるさい。でようよー」という声が止まない。しょうがないので外にでる。入れ替わりに係員とおぼしき人が 温度 計とか観てなにやら記録している。お仕事が一段落したのをみて話しかける。あれは本物の下水ですか?(やはり茶色だと思っているのだ)そうです、と相手は 答える。それからいろいろ教えてくれた。
なんでも今日は連休のせいかどうかしらないが、いつもの倍くらい流れているとのこと。雨水も同じ場所を流れるようになっているので台風 が来たときとかは、私がさっき歩いていた部分が水没してしまうのだそうな。余裕があればそうした際には手すりを格納するのだとか。ちなみにこれは入り口の 裏側にあった「お知らせ」である。大雨の時に使うのだろう。
礼を言ってその場を後にする。帰りはエレベータだ。一階に戻るとエレベータまわりがはなやかな事に気がつく。
なんだかご機嫌になってくるではないか。この場所を「良い場所」にしようという職員の人たちの気持ちが表れているようにも思う。
と いうわけで「ふれあい下水道館」の見物はおしまい。さて帰ろうと駐車場に向かう途中、となりに公園があることに気がつく。休日の午前中というのに人がいな い。同行者はわーい、と喜んでかけだす。公園を見渡した私は少し驚く。他にだれもいない。休日の午前中とは親父と子供が外に追い出される時間帯ではないの か。元気な子供と背中を丸めた親父の 姿がないのはどうしてだろう、と。