題名:映画評

五郎の入り口に戻る

日付:2001/3/3

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ソラリス-Solaris(2003/6/29)

There are no answers. Only choices.(答えなどありはしない。選択があるだけだ)

惑星Solarisを調査に行った科学者から奇妙なメッセージを受け取りジョージ・クルーニー(あれ、役名なんだっけ)はソラリスに向かう。その場面では雨音が響き続ける。そして到着したSolaris軌道上では誰もが思わぬVisitorを迎えていた。

余分な事は一切説明されない。黒人物理学者のVisitorは誰だったのか。メッセージを送った男は何故自殺したのか。そもそもこの惑星ソラリスは。ジョージ・クルーニーとその妻レイアでないレイアを中心に場面は進められる。ステーション上白熱した議論をする場面では何か機械の低い音が響き続ける。

スティーブン・ソダーバーグはこの映画を真面目に、見事に作り上げたと思う。いたずらに難解な遊びに落ち込むことなく、わかりやすい謎解きやらアクションを入れることもしない。それでも最後まで観客を引きつける。数少ない登場人物の中で私が一番印象的に思ったのはレイアである。美しいのだがどこか精神的に不安定な影をもつ女性が見事に演じられている。

最後にクルーニーはある選択をする。それが正しかったか、間違っていたかなどと問うことに意味はない。正解など存在しないのだ。最後には映画のどことどこがつながっており、どれが妄想でどれが現実だったのかも定かではなくなる。SOLARISという文字が大写しされ、エンドクレジットが流れる間私は座っていろんなことを考えようとする、が頭に何が浮かんでいるかも定かではない。見終わった後こんな気分になる映画も久しぶりである。万人受けする映画とは夢にも思わないが。


アバウト・シュミット -About Schmidt (2003/6/6)

映画なのだがいわゆる映画らしいエピソード一つもない。積み重なった悩みが何かのきっかけで急に晴れ晴れなんてことはない(そういう台詞はあるが)気が滅入るような親戚づきあいが「あるきっかけで」たちまち楽しくなんてこともない。

それはあまりにもリアルな現実世界のよう。であるから観ている間何度も画面から目を背けたくなった。会社をリタイアし、その直後妻に先立たれ、一人娘は義父にマルチへの投資を進めるような馬鹿男と結婚する。そんな「映画になるほど悲劇的じゃないけど笑顔を奪うには十分」な状況に置かれた主人公の姿。先に夢を見るより残りを数える中年になった今であればその姿は痛いほど身につまされる。

その主人公を演じるのはジャック・ニコルソン。斧をもってドアを破ったり、宇宙人相手に交渉する合衆国大統領の面影などみじんもみせない。その背中から見えるのは怯え、怒り、自信のなさ、それらを表に出さない感情の硬直状態。

映画を見終わってトイレに行けば「あなたもシュミットのようにフォスター ペアレントになりませんか?」という広告が貼ってある。アフリカに住む子供に月$22と手紙を送る。「私は何の違いももたらすことができなかった」という男がそのことで救われるか?現実はそれほど簡単ではない。映画の最後のシーン。それまでひたすら押さえた演技をしてきたジャック・ニコルソンは主人公の感情の爆発を見事に演じる。それは感動と喜びなどでは決してない。

恋愛小説家」でアカデミー賞を受賞したときは冗談だと思った私だが、去年の主演男優賞はこの男が取るべきだった。少なくともThe pianistのあの男の数十倍見事な演技だと思うのだが。

平日の午後だから観ていたのは年齢の高い人が多かった。映画が終わった後いつまでも一人で座っていた初老の男性がいた。彼はいつ席を離れることができたのだろう。


サラマンダー - REIGN OF FIRE (2003/5/31)

Traditionalな怪物ものである。特に新奇な点があるわけでもないのだが感想を聞かれれば「私は気に入った。でも万人向けではないと思うよ」と答えるだろう。

Londonで地下鉄工事をしてたらサラマンダーがでてきた、と思ったらいきなり世界が滅んでしまった。典型的アメリカ映画なら腕によりをかけて「世界観光名所壊滅の図」を作り上げるところだが、この映画では雑誌の表紙と新聞記事ですませてしまう。実際それくらいでもいいのかもしれない。

かくして古いお城にひっそりと生き残っている人たちの姿が映し出される。主役は「いかにも」という感じのハンサムで印象に残らないお兄さん。そこにいきなり現れるのが

"Worse than the dragon"

と言われるアメリカ人の集団。彼らの描かれ方を見ていると英国人の米国人に対する愛憎いりまじった感情が見えるようでおもしろい。

実際私はこのアメリカ人が結構気に入ったのかもしれない。あれこれあったあげく3人で敵のボスキャラ(やっぱりそういうのがいるのだ)をやっつけに行く。上空をうじゃうじゃ乱舞するサラマンダーにびびった女の子が「数百対3よ。勝ち目はないわ」とか何とか言う。それに「いや、敵はボスキャラだけだから3対1でこっちが有利」という。この台詞も気に入ったし女の子のびびり方も紋切り型でなくなかなかよろしい。

核爆弾にも耐え、地球を壊滅に追い込んだ連中があんなんでやられていいのか、とか何のために卵を取り出したんだ、とかは言わぬが華。結末はわかっていても最後の対決はどきどきし、エンディングで妙に前向きになった主人公も好ましく見える。こうやって書いてみても自分がどこを気に入ったのかよくわからないのだが。


黒猫・白猫-Black cat, white cat(2003/1/2)

観た後に何度も思い返し評価があがっていく映画。あまりあがってもなんなんので、この辺で(これを書いているのは観てから一日たった時だが)書くことにする。

見終わった後の印象は「ヤクザ、チンピラを使ったドタバタコメディ。これでは日本映画の定番と同じではないか」というもの。しかし思い返して頭に浮かぶのはマイナーコードで吠えるように奏で続けられる音楽(本物のジプシーが演奏しているとのことだが)賭ばかりしてろくでなしのオヤジ、死んだり生き返ったりを平然とするじいちゃんたち。ギラギラと照りつける日の光を反射し続ける風景。これはストーリーなどにはかまわずそれらをただスクリーンにたたきつけた映画だ。

そしてそこから浮き上がってくるのは、出演者、それに映画を製作した人間の強靱で爆発する生命力のようなもの。それを考える時、こんな映画は和を持って尊しとなす、散り際は潔く、の日本人には決して作れないであろうと思い当たる。

それだけ興味深い映画であるだけに途中あからさまにテンポがだるくなってしまったのが惜しまれる。あるいはこんなことを思うのは私が映画を頭で観ようとばかりしているせいかな?


K-19- K-19 The Widow Maker(2002/12/27)(1000円)

この映画を観るのに躊躇する理由がふたつあった。一つは米国での公開直後

「元K-19の乗組員が映画の内容について文句を言っている」

というニュースを聞いたから。もう一つは潜水艦の物語というのはいつも閉塞感を感じるものであり、それがソビエトの原潜ともなればとても重苦しいトーンで語られるだろうと思ったからだ。

冒頭"Inspired by true story"と出てくる。つまり実際に起こった事故から想像を膨らませて作られた物語、と断っているわけだ。であれば少し気を楽に持つか。

そう思って見始める。ハリソン・フォードが厳しい艦長役として登場する。ろくに機能していない艦に訓練の不十分な乗組員。それでも政治的な理由から期限内にミサイルを発射しろ、という下りを聞いていると昔勤めていた大企業を思い出す。こんな話は日常茶飯事であった。それでも命に関わる部分でそうした官僚主義と相対しなかっただけ幸せというものか。出航すると艦長が艦と乗組員をその限界まで訓練で絞り始める。おい、ろくに動いてない艦だからそっとしておけよ、などと妙な事を考える。

やがて原子炉が事故を起こす。最初の決死的な修理までの緊張感はすごい。しかしその後はどうにも「やっぱりハリウッド映画だねえ」という感じになってしまうのが惜しい。観ているうちに

「本当はどのような物語だったのか」

と知りたくなった。きっと現実に起こった物語はこのような軽薄な要素を含んでいなかったに違いない。同じくソビエトの原潜に起こった事故を扱った「敵対水域」の内容を思い出す。

艦長と副長は良い指揮官からそれぞれ異なった方向-厳しい方、優しく甘い方-にずれている。安易にヒーローを登場させないのは良いと思うが、その二人のやりとりが今ひとつ機能していないように思う。結果として艦長のキャラクターがこちらに伝わってこない。乗組員(の生き残り)と再会し仲間に乾杯を捧げるシーンが今ひとつ感銘に欠けたのもそのせいか。しかしそれなりにまじめに作ろうとした、という印象が残ったことも確かである。原子炉修理の為放射能を浴び死亡した乗組員達に向けられた

「海軍の為とか国家の為ではなくそこにいた仲間の為に命を投げ出したヒーロー」

という言葉はそれなりにきちんと聞こえる。ただ同じ言葉にもう少し重みを持たせられたかもしれないなあ、と思うのも確かである。


トリプルX-XXX(2002/11/4)

ある映画評に「これは007への挑戦状だ」と書いてあったが確かにそんな感じがする。

主人公はお上品な諜報部員ではなく、馬鹿げた事をやってUndergroundで尊敬を集めている入れ墨だらけのお兄さん。しかしなかなかこいつはいい奴ではないか。Smoking will kill youと言ったりして。喫煙を諫めたりして。(ちゃんとオチへの伏線になっているのだが)見張りをやっつけるときもわざわざ麻酔弾を使う。いつも正義の味方に皆殺しにされる下っ端悪役に同情を覚える身(私はどの組織に属しても下っ端だからだ)であればこの男がなんとなく気に入ってくる。

あやしげな秘密兵器をたんまりもってくる男も居れば、クライマックスではユニオンジャックならぬアメリカ国旗のパラシュートが鮮やかに開く。アクション映画だから主人公に絶対弾は当たらず最後には必ず丸く収まるから安心してはらはらどきどきできる。しかし同じ路線で完全なルーチンワークになった007より確かにこちらの方が面白い。

それとともに感じるのは、こういう主人公を魅力的に仕上げるというのはなかなかの技だなあという点だ。どうも日本の映画だのでは人間を紋切り型に描いていけない。決めの場面でもこの男は毒ガスを発射するミサイルを「ちゃちゃっと」かたづけたりはしない。「どうしよう。どうしよう」としばらくとまどっている主人公の姿はそれだけでも笑えてくるのだが。

バイオハザード-Biohazard(2002/9/16)

映画の冒頭「いかにも」といった感じで何者かが細菌らしき物を盗み出す。そこだけは平和に観ることができた。ところがそこから先はそうはいかない。

この映画ではかなり景気よく人が死ぬ。あ、助かったかなと思ったすぐ次に「そうはいかない」となる。記憶を失った主人公はなんだかわからないうちに特殊部隊とおぼしき人間達と地下にある電車に乗る。緊張感が高まり、それはとぎれる事無く続く。

最初ゲーム原作で綺麗なお姉さんが主演と聞き、トゥームレイダーを思い出した。あのあくびをしながら観ることができたアクション映画だ。きっとこれもそんな物だろうと思っていたら妙に世間様の評判が高い。これは観なくてはと思ったのだが。

そしてその内容は期待通りだった。映画というのはこれほどまでに緊張感をもてるのか。などと感心していたのもつかの間、あることを思い出した。私はゾンビ映画のたぐいはとても苦手なのだ。映画が始まる直前ふとそのことを考えたが、「きっとくだらない平和な映画だろう」と思ったのが間違いだった。最初のゾンビがでてきてふっとばされたところで私は階段を駆け下り出口に向かう。平たく言えば逃げ出したのだ。だって怖いんだもん。

最初警官と名乗っていた男の正体。次第によみがえる記憶。そして実に美しいミラ・ジョヴォヴィッチがゾンビ犬に回し蹴りを見舞うところ。続きが気になってしょうがないのだが、ビデオになるまで我慢することにしよう。早送り機能なしでこの映画を観ることはどうにも私にはできない。しかし観ることができた部分だけでも十分金を払うに値したことは間違いない。


アイス・エイジ - Ice Age(2002/8/25)(1000円)

ポスターを観るとフルCGで作られた作品だと思う。それにしても「出演者」が変な顔だな。

行きがかり上拾った人間の子供を親に返すマンモスと怠け者(原語はなんだったのだろう。私は吹き替えで観たのだ)とサーベルタイガー、それに時々でてくるネズミ(?)の物語。ストーリー自体は単純そのものなのになぜか気に入ってしまった。

映画では動物たちが子供を親に届けHappy endになるのだが、話はそう単純ではない。人間はそれらの動物を「狩って」生き延びてきたのだ。主人公たるマンモスは冒頭南に向かう動物の流れとは反対に一人北を目指す。その理由は最後まで言葉で明確には説明されない。しかし映像とストーリーがその「理由」を説明してくれ、最後に「3人」が南を目指したとき、観ている方はほっとした気分になる。

「子供から大人まで楽しめる」とは陳腐な宣伝文句だが見終わった後私はまじめにそう思った。観客の1/3をしめていたであろう子供達は映画の間笑い声をあげ楽しそう。そして再び劇場が明るくなったときには楽しそうな、そしてちょっとまじめな顔でこの映画の事を話していた。私だって同じような顔をしていたかもしれない。


フォー・ウェディング -Four Weddings and a Funeral(2002/8/20)

邦題にするとなんだかわけが分からなくなるが、4っつの結婚式と葬式の物語。馬鹿馬鹿しいと言えば実に馬鹿馬鹿しい映画なのだが、結構楽しく、そして見終わった後はご機嫌な気分になる。

私が観たいくつかの英国映画に共通な事なのだが、主人公を取り巻く人々の描かれかたがなんとも楽しく、そして暖かい感じがする。最終的に結ばれる主人公同士がなぜ相手を気に入っているのか、というのがさっぱりわからないし、二人とも身勝手と言えばこれ以上身勝手もないのだが、それでもケラケラと笑わせてくれる。かのMr.ビーンはBeanよりもはるかにおもしろい演技を見せてくれるし。と思って調べたらNotting Hill,Beanと同じ脚本家ではないか。ブリジット・ジョーンズの日記はまあいいとして。

こうして結婚式、それに葬式を観ているとどうも私は欧米風のそれらが好きだなあという気がしてくる。結婚式では楽しく踊りたいし(これは本当に楽しい)葬式では親しい友人のスピーチや音楽があってもいいと思う。(これは映画やTVで観たことしかない)この映画での葬式のスピーチでは本当にしんみりした気持ちになった。


海辺の家-Life as a House(2002/8/5)

余命幾ばくもないと宣告された男が、分かれた妻との間の子供-16才でピアスを顔のあちこちにつけ髪の毛は青色-とともに家を建てようとする。

予告編でこうしたことはわかるし、映画の内容もそのままだ。しかし映画が終わった後に一人拍手をした人がいた。私は拍手はしなかったが気持ちはその人と同じだったと思う。ありふれたパターンなのかもしれないが、その描き方は見事だ。決しておしつけがましくなく、淡々と進んで行くのだが最後には何かを考えることになる。

私が好きなのは、分かれた妻が「(再婚した)夫が出ていった」と言い、主人公といちゃつき始めたところに息子がはいってくるところ。三者三様になんとも複雑な気持ちを表現してくれる。恥ずかしさ。気まずさ、うれしさ、そしてその後にくる悲しさ。

この「息子」を演じているのはStar Wars Episode 2のアナキン君。この映画を観て、なかなかいい役者だなあと思った。彼が笑顔を見せるとこちらまでほっとしてしまう。不幸にしてより多くの人が見た方の映画は彼の才能を飲み込んでしまうほどできが悪かったのだが。


メン・イン・ブラック2-MEN IN BLACK II (2002/7/2)

Men in blackの続編。一作目はDetroitに幽閉されている時に見たが今回は日本。日本語字幕があるから話の筋もよくわかるのである。

Men in blackと呼ばれる男達が大活躍で地球の平和を守る。であるからして元々深い内容を期待してはいなかったし、実際話は単純そのものなのだが、二人のちょっとした演技が心に残る。

Alienを目撃した人間の記憶は必ず消さなくてはならない。しかしその相手(Cuteな女性だ)から

「私はあなたのことがわからなくなるの?」(全くうろ覚え)

と言われたウィルスミスの逡巡する表情とその後の笑顔。トミー・リー・ジョーンズの間抜けな顔と畏怖の対象となっている厳しい顔の落差。愛した女性の娘と別れる時の表情(右手ではAlienに向かって銃をばしばし撃っているのだが)後半ほんの少しテンポがだれたところがあったがお馬鹿シーン、まじめな表情、それにご機嫌さがうまく組合わさってすんなり楽しく観ることができた。よくよく考えると話の筋はよれよれなのだがそんなことは気にならない。ちなみに同名のカップラーメンもまた発売されるようです。


アメリ-LE FABULEUX DESTIN D'AMELIE POULAIN (2002/6/8)

公開されてからずいぶんとたつのにまだ上映していたのか。これはひとつ観てみるか。フランス映画。かの地&日本で結構人気であることだけは知っているが。

心臓病である、と父に誤診され、学校に行かせてもらえず友達もなく育った女性-アメリの生活。それが私が普段観ている映画(大半が米国映画だが)とはちょっと違った雰囲気で描かれる。それはどこか夢のようで世間と、現実とうまく距離がとれない彼女の想像の世界を表しているのだろうか。しかし完全に浮ついているわけではない。美人ともかわいいともどちらともつかないアメリ。時々不揃いな襟足が映し出される。その大きな瞳はいたずらっぽさとともに、どこか危うさを含んでいるようで。

ふとしたきっかけから彼女はこの世の中とかかわりを持ち始める。その「いたずら」によってちょっと幸せになったり、やっぱり元の黙阿弥だったりする人々。でもまだ姿を完全に現して人間と、現実と正対することはできない。そうしているうちに彼が去ってしまったと思いこむ。いつも通りの空想にふけってみても現実は変わらない。

私の記述力を越えたちょっと不思議な雰囲気でこうした物語が語られ、観た後にちょっと不思議な感じを残す。たとえばアメリと彼がキスするところの描き方はちょっといいなあ、と思ったりもするのだが。じゃあ何がいいかと言われるとまた言葉に詰まるのだが。


E.T.(2002/5/2)

大変有名な映画だからもちろん名前は知っていたし、有名なシーンも知っていたし、Universal Studioでアトラクションに乗ったこともある。しかし映画は観たことがなかった。

20周年記念ということで、劇場公開。さて、どんな話だろう、と思って観ていくと冒頭から少しびっくりする。たくさんのシーンを観ていたが、そこからなんとなく想像していたのとは全く違う展開を見せるからだ。あれま、いきなり宇宙船にE.T.がうじゃうじゃでてきた。

そこから見事なくらい余分な事を説明せずに話は進んでいく。いきなり現れた連中は何を求めてどんなことをしていたのか。10才の時からこれを待っていたという男は何者なのか。E.T.はなぜ死に、なぜよみがえったのか。それらは全て説明不要な事だ。これはE.T.と少年、少女達の物語なのだから。観ているうちに同じスピルバーグのAIを少し思い出した。説明をこれだけ省きながら、ついていけないご都合主義に陥ることなく話をくみ上げる手腕はやはり見事。追われた少年達の自転車が空を飛ぶシーンは、何度も観たり、話に聞いていたりしていたにもかかわらず"Wao!"となる。

またどうみてもグロテスクなE.T.の顔を最後にはCharmingに魅せてしまうのも米国映画ならでわの技だろう。日本映画だとどうしても最初から「かわいい」キャラクターにしてしまうと思うのだが。


シッピング・ニュース - THE SHIPPING NEWS (2002/3/31)

さえない男が、いきなり「結婚しない?」と女性に言われる。そして彼はさえないどころかどうしようもない事態に追い込まれる。そこに現れる初対面の叔母。彼女と彼、それに6歳の娘はニューファウンドランド島に行く。

という予告を観ると「またまたでました”都会を捨てて田舎に行こう”映画」かと思う。しかしこの映画はそんなに単純ではない。都会でも田舎でも人が生きているところにはそれ故の苦しみ、傷が待っているのだ。自分の消してしまいたい過去(そしてそれは彼女の罪では全くないのだ)を知られてしまった叔母は、台所に向かい紅茶茶碗に手を伸ばす。一気に「わーっ」とか叫ぶような安易な演技、演出はせず。

このように映画は真面目に苦しみ、傷に立ち向かっていくそれらの人々の姿を描きだす。ケビン・スペイシーが全くさえないが、その中に通った筋を持っている男を見事に演じている。その相手役ジュリアン・ムーアも演技と深みのあるストーリーに支えられひときわの美しく見える。

静かな静かな映画であり盛り上がったりことさらに涙を流すシーンがあるわけではない。しかし最後のクレジットと共に流れる音楽、刻まれる激しく力強いドラムの音が何故かこの映画にふさわしく思える。

 

オーシャンズ11 -OCEAN'S11(2002/2/25)

安心してはらはらどきどき観ることができる映画。

その昔作られた映画のリメイクという。当世の有名映画スターがぞろっとそろっってラスベガスのカジノに強盗に入る。

考えてみれば現実の世界ではそうしたニュースを聞いたことがない、ということは本当に高度のセキュリティが確保されているのだろう。しかしそこは映画だからなんとか工夫と度胸でもってくぐり抜けるわけだ。そうは解ってはいても小心者の私は結構どきどきする。

11人も「強盗団」を出演させなければならないから、下手にやると話がばらばらになったり平板になったりもするのだろうが、ポンポンと最後までテンポ良く観ることができる。紅一点のジュリア・ロバーツがその演技のすばらしさを発揮するようなシーンはないが、彼女が階段から下りてくるときにマット・デイモンが言う

This is the best part of my day.

という言葉にはうんうんとうなずいしまう。(これは私が彼女を愛するが故かもしれないが)

かくしてどったんばったんの後映画は平和なエンディングを迎える。見終わった後何組かのカップルが「あそこがどうだった」とか「ここがああだった」とか声高に話しているのが耳に入る。この映画を観た後はそのように楽しくわーわー言うのがにつかわしいように思える。


 

スパイ・キッズ-SPY Kids(2001/12/25)

さえない両親(といいながら美男美女のカップルなのだが)が実はスパイだった。彼らがとらえられた今頼りになるのは二人の子供だけ。

なんだか聞いたことがあるような、予想がつくようなと思ったりもする。だるかったらいやだなあ、とか思っているうちに映画が始まる。

最初はその「すがすがしいまでのばかばかしさ」が気に入った。いろんなおちゃらけが徹底的にあほらしい。冒頭の二人がつきあいだしたきっかけ、それに結婚式のシーンから快調にとばしていく。

しかしそこにあるのは馬鹿馬鹿しさだけではない。テンポもいいし、全体の雰囲気を壊さないように「家族愛」に関するメッセージも織り込まれている。

かくして思うが見終わった後思っていたよりはるかにご機嫌になったのは本当のところだ。ご都合主義的な展開、設定。それらがあるのはまあ筋からして当然としても、観客が

「つきあいきれいない」

と思う境界線。そうしたものがしっかりと意識されて作っているのかなと思う。

 

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注釈