映画評-イーグルアイ

2008-10-20 00:00


例によってネタのない日は本家から改変しつつ転載。


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いい加減に


「ネットに接続できさえすれば、すべての電子機器を自由にコントロールできる」


という映画のお約束はやめてもらえないだろうか。


主人公が家に帰ってみると、なぜか爆発物やら銃器やら偽造パスポートやらが山のように届いている。謎の電話の声に「もしもし?とか言っ ているとFBI に踏み込まれ、テロリストの容疑をかけられる。


この予告編はよくできていたと思う。謎の声はどこまでも追いかけてくる。なぜなら監視カメラという監視カメラの映像は相手によって把握されているからだ。指示は携帯電話で送られてくる。観ながらいろんなことを考える。何丁目何番地に行け、と一度言われただけでちゃんと記憶できる人はどれくらいいるのか。道を間違えて


「間抜け。そっちじゃなくこっちだ」


と言われたり、途中でパンクしたり、自分で事故ったりとかまあそんなことは映画だから起こらないのだけど。他の機器だっ て、ネットを通じて指示だしてもバグって誤動作したりとか、そんなことが起こるに決まっているのだ。


と いうわけで以下ネタバレなのだが、つまるところは「60年代に作られたかの有名作品」の焼き直しである。21世紀という言葉が何の意味も持たなくなった頃 にこのネタをやるとはなあ。


コンピュータが独自の意思をもって反乱を起こすなんてのは未だ夢の夢だ。現在の最高性能のコンピュータとソフトウェアを用いても、人間の声をそれとわからないくらい自然に合成することすらできはしない。これが 60年代に「次の世紀には」と言われれば信じる気にもなったけどね。


きっとこの映画の制作者の中には、「あの映画」のオタクがいるに 違いない。妙に重なる場面とか台詞とかは存在する。しかしその情熱は映画をいいものにしよう、という方面には向かわず、途中から話についていけなくなる。 なんで主人公は急に声に従順になるのか。説明しようとしたのはわかるけど、意味わかんないし。


結末のつき方はじつにいい加減。あのー、トランペットの菅の中にそんなものつめたら、吹いている人間は一発でわかるん ですけど、、とか突っ込む気力もなくなった頃に映画は平和な結末を迎える。 主演はトランスフォーマー やインディ・ジョーンズ/クリスタル・スカ ルの王国の人。回を重ねるにつれ、いい役者さんだということはわかる。相手役の女性は、、、まあ普通の人。


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ネットに不正侵入すれば、すべての監視カメラの映像が取得でき、すべての電子機器を自由にコントロールできる、という映画は多い。


まあ映画のお約束ということで気にしなければいいのだが、「ちゃんと設計された」動作ですバグが起こりうるのに、そんな裏口(まあそれがあるとしてだ)からの操作を行おうたってまともに動くわけがない。


監視カメラについてはいろいろな議論があるが、少なくとも今表にでてくる情報からすれば、犯罪の解決には役立っているようだ。大学の講義をインターネットで公開する例も増えてきた。


こうした話を聞くたび、いつか読んだ星新一の作品を思い出す。すべての大学の講義、議会の様子、街角のようすがTVで見ることができる世界の話だ。一日それらを眺めて暮らしていた男を、、というものだが、今はそれが作品ではなくある程度現実になっている。