日付:2000/5/22
夜行列車 | 江田島 | 旧海軍兵学校 | 四国にて | 旅の終わり
江田島広島で列車を降りる。ここからの行動は決まっている。私にしては珍しく今日の目的地である旧海軍兵学校までの行き方をインターネットで調べていたのである。広島から呉までJRで行き、そこから船にのり小用というところまで行く。そこからバスである。バスはとにかく切串行き以外の物にのれば良いらしい。
構内アナウンスに従い列車を乗り換える。そこからことこと列車は進む。やはり揺れる電車の中では熟睡はできなかったようでなんだか眠い。とはいっても居眠りしてしまうと乗り過ごしてしまうかもしれないからがんばって目を開けている。そのうち
「次は呉ポートアイランド」
というアナウンスが流れた。何だこれは?名前からして呉に近いのではなかろうか。すると海沿いになんだか小さなテーマパークのようなものが見えてくる。そこには大きな垂れ幕のような物があり
「江田島行きフェリー」
とかなんとか書いてある。私は考える。先ほどの述べた経路をとるとすると呉駅から中央桟橋なるところまで歩かなくてはならないらしい。はたしてこのJR呉駅と中央桟橋は近いのだろうか、あるいは遠いのだろうか。全く何の根拠も無いのだが、私はこの中央桟橋なるものが不愉快になるほど遠くかつ地図を見ないとたどり着けないのではないか、という脅迫観念にとらわれだした。そしてそのような場合、私が何をやるかと言えば、地図もろくに見ずに
「こっちだ」
と歩き出し途中で迷子になるのである。それは避けたい。
ほんの数秒の間にこのような結論に達した私はそこでいきなり列車を飛び降りた。降りる瞬間、出入り口上部に張ってある路線図が見えた。するとこの呉ポートアイランドは呉駅の隣などではなく、少なくとも数駅離れている事が解った。多少いやな予感にとらわれたが寝不足の頭では難しい事は考えられない。とにかく降りると「フェリー」と書いてある方にてけてけ進んでいく。
この呉ポートアイランドなるものはテーマパークのようなのだが、どうにも小規模だ。家族連れがきて、子供を遊ばせるには良いのだろうが、カップルで来たら、間違いなく誰かにでくわしそうな広さである。そんなあらぬ心配をしながらとにかく「フェリー」という文字に従って歩いていく。するとそのうち簡易な作りの建物が見えた。おそらくあそこが乗り場というか切符を売っている場所だろう。
中に入ると数人の人が次の便を待っている。建物の前には何台も車が待っている。私はメールチェックをしたいと思っていたのだが、ネットに接続できる灰色の公衆電話は見あたらない。まあいいや。そう思ってぶらぶらしていると、この船がつく場所が地図に出ている事がわかった。私はそれを見て内心
「うげげげげげっ」
と思った。今日の目的地である海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)は確かに小用という港のすぐ近く(少なくとも地図の上では)にある。一方このフェリーが着くであろう場所は切串であり、私が調べた行き方で
「切串以外のバスに乗れ」
のまさにその切串だ。そして地図を見れば、その切串とは小用からも目的地からも遙か彼方の明後日の方向に存在している。おまけに地図の横にははこう書いた紙がはってある。
「小用から旧海軍兵学校までタクシーで1900円」
1900円とはどういうことだ。そんなに遠いのか。一応バスでもあるらしいのだが本数は極端に少なく、果たしてタイムリーに来てくれるかはなはだ心許ない。
ああ、こんなことなら妙な事など考えずに、たてた計画に従ってそのまま呉まで乗っていけば良かったなどと思っても後の祭りである。しかしまた駅まで戻ってJRに乗り直すのもいやだ。ううむ。どうしてくれよう。地図をぐっとにらむと、切串から小用まではおよそ2km〜3kmくらいのようだ。歩く速さが時速4kmだから、まあ1時間もあるかないで付けるだろう。それでなくても見学ができるのは10時くらいから。今はまだ朝の7時過ぎなのだ。どうせ時間は山ほどある。
などとむちゃくちゃな理屈で自分を納得させると船を待つ。そのうち向こうからフェリーらしきものが来たと思うと簡単に接岸した。車が降り、人が降りる。入り口でチケットを渡すと乗船だ。乗っている人数は少なく広い客室内を自由に使える。ふと気がつくと前のほうにコンセントがある。一瞬PowerBookを充電しようかという考えが頭にうかぶ。しかし考えてみれば寝台列車を降りるまでずっとコンセントにつなぎっぱなしでそれから一度も使っていないのだ。今充電する必要はあるまい。そんな事を考えていると船は桟橋を離れる。行く手には既に陸地が見えているがどうやらあそこにいくらしい。天気は曇り。そのはっきりしない空の下にいくつか島とも半島ともつかぬものが浮かんで見える。60年前にはここをどのような船が行き交っていたのだろうか。空をどのような飛行機が飛んでいたのだろうか。
そんなことを考えながらじっと前方を見つめる。そのうちどうやら目的地らしきものが見えてきた。なんだか地味な建物があるからそこに着くのかと思えば、その横に桟橋があることが解る。待合所らしきものもあるが、きわめて小さい。ここでもインターネットに接続してメールチェックという私の野望ははたされそうにない。
そんなことを考えていると船が接岸した。あっというまである。人が降りたり乗り込んだり、車が降りたり乗り込んだりはさっきと同じ。私は数人の乗客と一緒に降りるとひたすら歩いていく。しかしそのうちあることに気がついた。
この桟橋の近くにバス停は存在しない。駐車場は存在しており、そこに何台か車が止まっているものタクシーは陰も形も見えない。私と一緒に降りた人たちには皆車が迎えに来ており、挨拶を交わした後にそれぞれの車に乗り込む。一人ぶらぶらと歩いているのは私くらいのものである。何か情報でもあるか、と思い待合所らしき所に入ってみるが何があるわけでもない。公衆電話はあるが緑色だからパソコンを接続するわけにはいかない。つまりここにいたところで何が起こるわけでもない。私はそこを出るととにかく歩き出した。
道は基本的に一つしかない。海岸にそって道があるかと思ったのだが、その一本の道は内陸の方に向かって延びていく。果たしてこれでいいのだろうかと思うのだが、選択肢が無いからしょうがない。そのうち状況はもっと悪くなってきた。雨である。
旅行と言うのは大抵の場合雨とは相容れない事柄である。そりゃ美術館に行くとかいうこともあるだろうが、大抵は外を歩いて何かを見ようとする。そうした時に雨空というのは大変ありがたくない。それに加えて私は今一人見当のつかない道をとぼとぼと歩いている状態だ。背中に背負ったデイパックはずっしりと肩にのしかかる。このうえ傘など差して歩いたり、その傘が役に立たないほど風に吹かれてびしょぬれになる、なんてのは願い下げだ。そのうちバス停があるかもしれない、タクシーがいるかもしれない、と思いながら歩くのだが、依然として道は内陸のほうにのびていく。
そのうち待望の「海岸に沿って走る道路」に突き当たった。今までは
「一体この道はどこに通じているのか」
と不安になるような道だったがここはどうやらバスが通ってもおかしくなさそうだ。幸いにも雨はぱらぱらしているが傘が必要となるほどではない。そのうちバス停が見えてきた。
しばらく立ち止まってそこにある情報を読む。まずバスだが、10分ほど前に来てしまったらしい。今は7時43分。次のバスは9時台であったか。もう正確には覚えていないが、とにかくどう考えても待つことなど思いもよらない時間である。そしてバスの路線図を見れば確かにいくつか先に小用というバス停がある。道が合っていることは解った。これはいいニュースだ。そして予想したこととは言えバスはあてにならない。できることはとにかく歩くことだけだ。これはまあ覚悟していた事だ。そしてBad Newsもちゃんと存在している。目の前には上り坂が続いているのだ。
数日前にある人と話していたとき「最後に運動したのはいつですか?」と聞かれ答えにうっとつまった。少なくとも横浜に来てからは運動などしたことはない。だいたい平地を歩くことしかしないのだが、目の前にあるのは上り坂だ。文句を言ってもしょうがない。とにかく歩く。そのうち「海上自衛隊第一術科学校:7.8km」とかいう看板が見える。これはいいニュースと見ることができる。やはり道は正しいのだ。しかし悪いニュースもちゃんとある。7.8kmと言えば、予想所用時間2時間ではないか。まあそこまで一気に行くわけではなく、途中の小用からバスに乗るつもりだからそれほど時間はとらないだろう、と無理に楽観的になる。そしてそのうちもっと楽しくない物が待っていることに気がつく。トンネルである。
トンネルは暗い。まあそれはいいとしよう。問題は道幅が狭くなり、そして周りは壁ばかりだから何かあっても逃げ道がないことだ。中にはいると、前方から車が来る。ちょっと驚くが実害はない。そのうち後方から光が照らされそして不気味な音が聞こえる。後方から車両が近づいてくるのだ。
出来る限り壁に寄ってみる。車はどうやら気を使ってくれているらしく、速度を落とし少し反対車線にはみ出す位によけてくれる。ありがたい事だが、全てのドライバーがこうした心遣いをしてくれるとは限らない。一人でも妙な運転をするドライバーが居れば私に逃げ道は無い。
そうやって後方から近づいてくる音にびくびくすること数回の後、それまでとは比較にならないような音が近づいて来ることに気がついた。それが何であるかに思い当たったとき私は後ろも振り返らず走り出した。巨大なトラックが接近してくる。逃げなくては。幸いにも少し先にトンネルの出口が見えている。あと少しだ。
息を切らしトンネルを出るとできるだけ道路から離れる。数秒後に轟音をたててトラックが通り過ぎる。トンネルの出口には反対車線にトラックが待っている。もしこの2台のトラックがトンネルの中ですれ違っていたら私は壁とトラックの間でミンチになっていたかもしれない。しばらく息をつくと再び歩き出す。
それからもいくつかトンネルはあったがありがたいことに最初のトンネルほど長いものでなく、さらにあのようなトラックは2度と通らなかった。もう一ついいニュースは、どうやら一番高い位置は超えたらしい、ということだ。私の行く手を阻んでいた上り坂はほぼ平坦なものになっている。高度はかなり上がっており時々木々の間からはるか彼方に街が見える。ひょっとするとあそこが目指すべき小用なのかもしれない。ちょっとまて。あれは一体どこにあるんだ。あそこまで一体どれくらいかかるんだ。
しかしとにかく進むしかない。緩やかな下り坂を快調に歩いていく。そのうち海岸沿いに何か施設があることに気がつく。その雰囲気からもしやと思っていたがそのうち看板があった。中国火薬という会社の作業所である。自衛隊のあるところ火薬を扱う施設があり、そしてそれは定義によって人里離れたところにあるのである。どうやら8時が始業時間らしく工場一体にラジオ体操第一の音楽が響き渡る。しかし人はさっきの看板近くにいた一人しか見ていない。今日は定休日なのか、あるいはもともと人が少ない工場なのか。ある建物には「技術開発部」とか看板が掛かっているが、ここで何を開発するというのだろう。
そこを過ぎてしばらく行くと今度は大きなクレーンの類が見えてきた。その周りには私が使ったフェリーが就航したことを宣伝するのぼりが多数立っている。思うにあの航路は最近就航するようになったものではないか。そのおかげで(と文句を言うのが筋違いということは解っているが)私はこうやって一人とぼとぼ歩いているわけだ。時計を観れば出発してから40分ほど。当初の推定所要時間を超えているがまだ着かない。
そのうちさっきはるか彼方に見えた街並みは小用ではなく、その対岸にあるとおぼしき呉の街らしい、ということが解った。たくさんのクレーンやら工場地帯がぼんやりと見えている。そちらの方角から今まさにフェリーがこちらに向かってきている。あのフェリーの行く先がおそらく小用だろう。とすればここからそう遠くではなさそうだ。ようやく先が見えた気になり私は元気になる。いくつか人が住んでいるとおぼしき地帯を超えるとようやくフェリー付き場らしきものが視界に入ってきた。
それと同時に待望の「グレーの公衆電話」も目に入ってきた。それまでにもいくつか公衆電話を見たのだがすべてグリーン。ひょっとするとこちら側にはグレーの電話はないのではないかと思っていた矢先だからとてもうれしい。とにかくボックスの中に入るとパソコンを接続しメールのダウンロードを始める。画面に流れていく文字を見ると、ある人からのメールが来ている事が解る。今回西の方にいくから、大阪に住んでいる友達に「お暇なーい」とお伺いのメールを出していたのだ。どうやらその返事が来ているようだ。接続が終わるとパソコンの蓋を閉じて歩き出す。内容はあのフェリーの待合所ででもゆっくり読めばいいや。それに画面上に示されるバッテリの残量は心細いまでに少なくなっている。あそこにいけばコンセントがあるかもしれない。
さて、そのフェリー乗り場に着いてみると小さな待合所兼切符売り場兼バス停がある。バスの時間をみたり看板を見たりすると、どうやら見学ができるのは10時半からで、受付はその30分前からとなっている。つまり今からいったところで1時間ばかり呆然とする必要があるというわけだ。今は9時前。つまり1時間以上歩いていたことになる。とりあえずここには快適な椅子があるから、1時間ほどここで待つことにするか。
待合所にはパンがいくつか並べて売られている。歩いている最中
「これだけ運動するんだから、朝飯は絢爛豪華な物を食べてやるぞ」と何度か考えた。何かモーニングを食べさせる喫茶店でも無いかと思い少し周りを歩いてみたが、いつつぶれたか見当もつかないような元喫茶店があるだけである。ここのパンを食べるしかない。私の好きな甘い物をと思い、裏のカロリー表示を見て驚愕する。なんとあらかた500kcal前後。体重が気になる私にはその数字は何よりも恐ろしい。
従ってメンチカツのハンバーガーのようなものと牛乳という簡素な朝食にする。TVをやっているわけでもなく、本屋があるわけでもない。となると暇つぶしにはパソコンをいじるのが一番だ。早速蓋を開けて起動しようとするがどのキーを叩いてもうんともすんとも言わない。そう言えばさっきバッテリはほとんど空を示していたな。メールのダウンロード途中にバッテリが切れなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。本来であれば
「バッテリーが少なくなってます。」
という警告が出た後に電源が切れるのだが、最近その警告を出す間もなく彼はいきなり眠りに入るのである。データをセーブする暇も与えずにだ。もう3年半も使っているからなあ。。。しょうがないから他の方法で暇をつぶそうと考え本など開いてみる。しかし睡眠不足のせいでどうも活字が読めない。それにさっき返事が来ていることだけわかったメールの内容も気になる。もしOKだとすれば相手に連絡をせねばならんが。。。と悩んだ末、そこらへんの壁にあるコンセントにACアダプタをつないでみる事にした。本当の事を言えばこれは電力を盗む行為に当たるのだが、きっと少しだけ差し込むくらいだったら大目に見てくれるだろう。どうしても文句を言われたら電気料金払ってあげようではないの。
と一応開き直る心構えだけはするのだが、私は小心ものだからそうどうどうと接続はできない。いかにもしゃがんでデイパックの中身を整理しているようなフリをして、壁のコンセントにそっとプラグを差し込む。そして電源キーを叩くのだが、PB2400は眠ったまま何の反応も見せない。私は少し不安に襲われた。しかしこの過去数年誰も使わなかったようなコンセントだ。きっと電気が来ていないのだろう、と無理矢理自分を納得させる。そうこうしているうちにようやくいい時間となる。停車しているバスに乗り込むとようやく出発だ。