題名:❤︎の歌

五郎の入り口に戻る
日付:2022/2/20


2022/2/1

日付が変わった頃、声をかけられる。私は何事かと思い「ひゃ!」と怯えた声を出す。看護師さんにとっては患者のそういう反応など当たり前なのだろう。胸につけた心電図の電極が外れたとのことでつけなおしてくれる。


再び寝る。朝5時半過ぎに目が覚める。血圧と体重を測定したが、報告すべき相手がいない。68.3kg, 123/66 血圧が正常になったのはいいことだが、この状況でなぜ太る。

デイルームでまた文章など書いている。本日の午後に会議を打診されたのだが、「その時間はNGです」と断った。最初は「考えてみれば最終日は帰るだけだから、断らなくてもよかったか」と考えていたが、今にしてみれば正解だった。その時間はひょっとしたらベッドの上で固定されているかもしれない。窓の外にはブツダが見て悟りを開いたという暁の明星が光っている。

朝
朝


朝7時に看護師さんが来る。血圧と体重を測定というわけで、先ほど計測時に印字した紙を渡す。血糖値と体温を測る。36.1度。看護師さんに今日は一つ聞きたいことがあるのだった。入院が1日伸びたが、休暇にしているのは今日までである。明日は働かなければならない。となると仕事用のパソコンが必要。こうした事態は予測できたはずなのだが、なぜか入院前の私は

「とにかく病院にいる間は仕事関連は何もしない」

と頑なに決めていた。だから個人用のパソコンは持ってきていたが、仕事用のパソコンは家に置いていた。しかし状況がこうなるとあのパソコンがないと困る。貴重な有給を消化したくない。

幸い家には息子がいる。頼めばパソコンを持ってきてもらえると思うが、問題は渡し方。通常ならば面会に来て貰えばいいのだが、今はコロナで面会謝絶。どうすればいいんでしょうか?と聞く。すると下の守衛室に渡してもらえればいいと言われる。息子に依頼をする。パソコンは貴重品ですか?と聞かれる。私は

「うーん。大事なデータは全部クラウドにありますから、、まあ貴重品でなくてもいいんじゃないでしょうか」

と答える。なんでも貴重品だと看護師さんが下まで取りに行かなければならないのだそうな。しかし結果としてパソコンは貴重品扱いされ看護師さんの手と足を煩わせることになった。元はといえば「病院に仕事用パソコンを持ち込まない」という私の勝手な思い込みが原因。ほんの少し反省する。

さて、本日の順番は5番目であり最後とのこと。午前中の人が伸びそうで、しかも救急の患者さんがくれば私の前に入る。というわけで、午後の遅い時間になりそうと言われる。看護師さんに

「そういう場合でも朝ごはん半分にしなきゃだめですか?」と聞く。看護師さんは「え?」と言う。担当してくれた看護師さんの考えでは朝ごはんを減らす必要はないとのこと。というわけで「うっかり」全部食べてしまうことにする。夕方まで絶食すると人生が楽しくなくなる。


7:40

お小水:273cc 比重1.012 。やることがない。朝ごはんをひたすら待つ。8時過ぎになって朝ごはんがくる。

朝

前日に半分にしろと言われたことはすっかり忘れ、マーガリンまで塗ってパンを2枚食べる。普段の私ならば、サラダとポテトだけにしておくところなのに。

それが終わると、今日の担当の人(最初の日に担当してくれた人でもある)が来て薬をくれる。飲み終わるとデイルームにいってあれこれ考える。

この頃ようやく頭が前向きに動き出す。マインドフルネスとは何で、なぜ機能するかについての断片的な情報をまとめられないかと思い出したのだ。何度読んでもわからない点を読み直す。自分なりにまとめ直す。この努力が身を結ぶのかどうかわからないが、所詮時間潰しにやっていることなのでいいのである。

お小水:433cc 密度1.008コーヒーの利尿作用はすごい。ほとんど水である。こうやって数値で示されると説得力があるな。

10:03

お部屋の掃除の人が来てくれる。午後の処置を待っているだけなので暇。本を読んだり、将棋をさしたり。考えたり。

10:51

お小水:304CC 密度1.008 まだコーヒーが効いているのか。少し寝ることにする。

11:00

予定通りカテーテルが進んでいると看護師の人が教えてくれる。隣の人の後らしい。隣の人が12時半。私はその後だから2時とか3時かな。朝は真面目にあれこれ考えたいたが、疲れてだらけている。何もしていないのだが、ただぼんやりする。

11:17 

息子が会社用のパソコンを届けてくれる。正確にいえば息子は看護師さんに渡し、看護師さんが届けてくれた。

12:10 

半分寝ながらぼんやりしていたら、私の隣の人にお呼びがかかった。ということはあと1時間か1時間半で私の番。(多分)あれ?お昼の薬が来ていないぞ?

12:30

ポケモンのレイドバトルが始まるタイミングで看護師さんが来る。あわててバトルから退出する。薬を飲み点滴を繋ぐ。

トイレに行き、下着を履き替える。さて、本格的にやることがない。スマホで将棋でもするか。お小水:114cc 比重1.020


12:51

お呼びがかかる。昨日と同じパターンで車椅子に乗り処置室に向かう。昨日と同じ場所で待つ。昨日書き忘れたが紙の帽子をかぶらされる。何か取り外せる金属類はありますか?と問われるので、ポータブル心電図をまだつけてます、と答える。取り外して看護師さんに渡す。そこでかなり長い間待っている。そこから見える部屋にたくさんの人がおり、人の出入りも激しい。勝手に何か大手術をしていることにしてしまう。この通路の右側にはなにやらカーテンで区切られたエリアがあり、明らかに会社員という格好の若者が出入りしている。これも想像だがこの部屋で使われる薬剤とか資材のメーカーの社員ではなかろうか。そんなことを考えながら13:17までは待っていた。


などと見惚れていたらお隣さんがストレッチャー(横になるやつ)に乗って出てきた。私をつれてきてくれた看護師さんがなにやら言ってお隣さんを押して出ていく。ちょっと待て、私もああなるのか。それからしばらくして誰かきたと思って見れば予想に反して先生だ。何かと思えば

「同意書もらうの忘れてました」

とのこと。今回の処置の成功率は95%とのこと。私は失敗の1/20を引き当てることには自信があるが、そのことは黙っている。カテーテルは細いので、血管を破ってしまう可能性がありますが、そこは気をつけますので。でも処置しないと命にかかわりますから、と言われる。紙をみると今先生が早口で言ったことが項目で書いてありチェックマークをつける欄がある。とにかく全部チェックする。その下に「同意して処置を受けます」の他に「やめます(表現は違ったと思うが)」「セカンドオピニオンを求めます」という選択肢もある。ここまできて下二つを選ばれたら大騒ぎだがきっとそういうこともあるんだろうな。

昨日と同じ要領で、ベッドに横たわる。今日もよってたかってあれこれ固定してくれる。昨日は左手からカテーテルをいれたが、今日は右手。同じく全部脱いですっぽんぽんになるのだが、下着は変えたばかりだし心の準備は万端である。

といったところで施術が始まる。昨日と同じで何が起こっているかさっぱりわからない。飛び交う言葉もさっぱりだがそのうち「ああ、これはカメラの位置を変えろと言っているな」とかわかるようになる。その言葉が発せられた後にカメラがうぃーんと動くからだ。

会話から察するにいつもの主治医の先生とサポートに入っていると思しき男性の声が聞こえる。この男性が誰かに「ここでもう1本いれて何やら」とか説明しているところを見ると、この施術を見学している若者がいるのではなかろうか。そうやって勉強をし、いつかは自分が施術をするようになる。「練習」がないだけにこの過程は大変だろう。

まもなく先生が「看護師さん、外来に電話して。ペースメーカー外来30分遅れる」という言葉が聞こえる。ひょっとすると私の施術が予定より困難で時間がかかるということなのだろうか。しかし先生の声は落ち着いており、私は安心感を感じる。

部屋には、ピ ピ という私の心臓と同期していると思しき音が響いているのだが、いきなり間隔が縮まる。胸ドキドキしちゃいましたね、と言われる。どこかをどうにかすると心拍が早まるのだろうか。そのあとも先生と男性が会話しながらあれこれやっていることが窺える。男性から胸苦しいですか?ときかれる。確かにその時ちょっと胸に違和感を感じていたのだが、苦しいというほどではない。大丈夫ですと答える。3X30くらいで、と言われると別の男性が3X33ザイエンス、3X28なんとかがありますが、と答える。私は勝手にこれは血管の中に設置するチューブではないかと思う。その会話があってからしばらくして「1.5 なんとかしてかんとかしておしまい」という先生の声が聞こえる。おそらく遠からずこの施術も終了するだろう。

「じゃあ抜いて行きますね」

と先生が言う。「いやー助かりました」と落ち着いた声で男性に向かって言っている。といったところで施術はおしまい。先生は別室に行き看護師さんたちが再び服を着せてくれる。昨日のことがあるから絶対に右手に体重をかけないようにしながらベッドから降り、車椅子に乗る。

別室で先生の話を聞く。映像でBefore Afterをみせてくれる。Beforeは血管の一部がちぎれそうに見えたものが、ちゃんと広がっている。3X33とはやはりこのチューブ(ステンシル)のサイズだった。「ザイエンスとはなんですか」と聞くと、チューブのメーカー名(ブランド名?)で名前によって塗ってある薬品が異なるとのこと。

これからしばらく薬を飲んでもらいますが、1ヶ月後に検査をして、その結果で薬を一つに減らせますからと言われる。この時初めて先生は私の目を見て話してくれたように思う。予想通りというか美人である。しかし今の私にとっては顔の配置がどうのは全く関係がなく、無事施術を終えてくれたことに感謝である。

「ありがとうございました」

と言ってその場を後にする(もちろん自分では移動できないので、押してもらってだが)部屋の入り口で迎えが来るのを待つ。そこで血液をサラサラにする薬を4錠飲めと言われる。看護師さんが2錠渡し「1錠ずつでもいいですよ」と言う。私は「がんばります」といって2錠一気に飲む。いつも母親に「お前は噛まずに飲んでいる」と怒られるがごく稀にこのように役に立つこともある。

しばらくすると次の人が来る。その人と入れ替わりのような形で私は病室に戻る。

エレベーターを待っている間看護師さんと話す。どういう勤務体系ですか?ときくと日勤と夜勤があり、夜勤があると休みがある。だから労働日数は変わらないが、やはり生活は不定期だと。私は言う。

「若かりしころは看護師さんと合コンしたんですけど、あの女の子たちもこの大変な仕事の間をぬってきてくれたんだな、と。今更知っても遅いですが」

看護師さんはただ笑っている。

14:45

部屋に戻り再びポータブル心電図を取り付けると「水分たくさん摂ってくださいね」と言われ処置は終了。右手には動脈をふさぐ強力バンドと点滴用の針がささった状態。

腕

記憶の薄れないうちに文章を書こうとキーを叩き出すがお隣さんはまだ寝た状態。うるさいのはいやだろうとデイルームに向かう。今日も素晴らしい天気だ。

空

15:45

お小水:262 CC 比重1.075 さすが造影剤がはいった直後は密度が違うぜ。

看護師さんがあれこれ測りにきてくれる。体温36.2 血圧112/58 相変わらず低血圧。先ほどの同意書が戻ってくる。再発の可能性が25%あるとのこと。つまり4回に1回は再発するらしい。そのために薬は飲むが。となると私はまたここにきて同じ施術を繰り返すことになるのだろうか。今回の私の診断は労作性狭心症というものらしい。

17:15

先生が病室に来て今後のことを話す。近くのお医者さんから薬をもらうことになるらしい。その後明日の退院の手続きを看護師さんが話してくれる。明日の午前中には退院できそうとのこと、だが私は頭のどこかでそれを疑っている。

18:10

朝

ぼんやりしているうちに夕食が来る。昼ごはんを食べていないから、あっというまに食べ終わるが、それでもこの食事が恋しくなることはないだろう。確かに低カロリーで精進料理のようだが、私の体重は増えている。意味がわからない。

さっき隣の人と先生の会話を聞いていた。一年前に私と同じようにカテーテルの処置を行い今日はそのフォローアップのようなものらしい。となると私もまたここに来ることになるのだろうか。外来だったらいいけど入院は勘弁である。いや、いつの日かこの入院生活を懐かしく思い出すこともあるのだろうか。


19:30

お小水:451cc 比重 1.013 デイルームから戻る。デイルームでは少し本を読んで、あとはwikipediaを読む。ヘルマン・ゲーリングについてここで知っても何の役にもたたないが暇つぶしにはなる。

1時間後に点滴を外しにきてくれると聞きぼんやり待っている。明日は6時から仕事。退院はそのあと。というか思いついたのだが、リモートワークならば別に入院していても仕事ができるのではないか(もちろん入院の種類によるけど)


20:38

看護師さんが来てくれてあれこれ計測。体温36.4, 血圧は上が120を超えた。不思議なことに退院が近づくにつれ、正常値に戻ってきている。三日間つながれていた点滴がようやくはずれた。ありがたいと思うが長期入院している人はこれがずっと続くのだよね。と他人事のように言っていられるのは今だけかもしれない。


20:50

お小水:329cc 比重1.02 これで造影剤もクリアであろう。隣の人が、おそらくお孫さんから来たメッセージを聞いている。じいちゃんがんばってね、とかなんとか。それに対して返信のメッセージを吹き込んでいる。うちの子供はこういうメッセージをくれるには大きくなりすぎたし、孫の顔を見るのはもう少し先だな。それが可能としてだが。

などと考えているうち眠りに落ちる。

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注釈