題名:巡り巡って
五郎の入り口に戻る
競馬場が近づいてくると、道に警備員のおじさんが立っているのが見える。あまり人通りはないのだが、律儀に仕事をしている。そもそも私は本来の目的である競馬には全く興味がない人間なので、声をかけられると恐縮する。
建物の周りのフェンスがこれである。このゴージャスさ。まるでマイ・フェア・レディにでてきた上流階級が集う競馬場のようではないか。いや、そんなはずはない。昔関内で見かけた場外馬券売り場はもっとなんというかすさんだ雰囲気だったではないか。
というわけでゴージャスかつ人気のない通りを「本当に進んでいいんでしょうか」と不安になりつつ歩き続ける。その先に駅のようなディズニーランドのような巨大な入り口が見えてきた。
あまりのゴージャスさ、人気のなさに不安が募るばかり。どうやらゲートがあり、その先に数名係員と思しき人たちがいる。あのゲートのところで
「あなた本当に競馬をしにきたんですか?ただの冷やかしの入場は許可されていません」
とか言われてしまうのではなかろうか。そう畏れつつも好奇心から前に進み続ける。するとゲートに近づいたところで係員の女性が
「手の消毒をお願いします」
とだけ言う。はあ、私のような不心得ものでもはいっていいんですか。手を消毒し中に入る。その静けさ。建物の壮大さ、新しさに気後れする。しかし私は歳をとって面の皮が厚くなっているのだろう。とりあえあず誰かに止められるまで進もう。
この写真だけ見ると近年建築された大学のキャンパスといった趣。しかしチラホラと短パンをはいたおじさんの姿が見え、多分私も前に進んでいいんだろうと思える。
中にはいる。人がまばらに存在している。これはどういうことか。よくわからないまま建物の中を歩き続ける。アナウンスを聞くと日本の他の場所、新潟とか札幌で行われている競馬の実況をしているようだ。想像するに本日ここでは競馬は行われないが、他の場所の馬券を買うためにここにいるのではなかろうか。後で知ったことだが私は幸運だった。こんな記述がある。
東京競馬場 入場できますか?
東京競馬開催日は、事前にネット予約にて指定席券等を予約・購入いただいたお客様のみ、東京競馬場にご入場いただけます。
ということは、この日たまたま競馬が開催されていなかったため、私は中に入ることができたわけだ。
地図を見ると馬が走るエリアの真ん中に食べ物屋があると書いてある。そこを目指すかととりあえず外にでる。
その広さと客席の多さと人の少なさに思わず息を呑む。本日は快適な気候であるからして、屋外で競馬新聞を手にしている人もチラホラ見える。後で知ったのだが、このエリアの面積は、同じ府中にある東京農工大キャンパスの二倍ほどの広さがある。この広さ。この建物の立派さ。この後何度も呟くことになるが、競馬というのは大変儲かるビジネスなのだな。とはいっても地方の競馬場は閉鎖されているとも聞く。ここだけがうまくやっているのだろうか。それとも無理矢理ゴージャスにしているのだろうか。謎はつきない。
などと感嘆することしばらく。私は本来の目的を思い出す。お昼ご飯を食べたいのだ。とはいえ本日ここには人があまりおらず飲食店もあまり営業していない。目についた店であれこれ考え、四百六十円のフライドチキンを食べる。硬いがおいしい。しかし考えてみればしばらく水分をとっていない。涼しい日とはいえ飲み込むのに苦労する。
さて、大体見るものはみたかと思い、府中中央駅と書いてある方に歩き続ける。その瞬間「豚角煮丼」という表示が目にはいる。なんということだ。先ほど美味しいものを食べたばかりだというのに、またおいしいものがでてきた。迷った末に食べることにする。だっておいしそうなんだもん。
明らかにカロリーを摂りすぎだし、今の私にとって八百円という値段は気軽に払えるものではない。しかしとてもおいしいのも確か。水分がたりなくなっていることは忘れ、ばくばくと食べる。
さてお腹も膨れたし、ここでペットボトルの飲料を買う気にはなれない(自販機しかなく、高いのだ)というわけで駅に向かうことにする。JRと示された看板に従いはてしなく歩く。そのうち出口が見えてきた。またもやディズニーランドを思わせるようなゲートがあり、あっさり外に出る。そこからはこれまた豪華な通路が駅までつながっている。以前通勤に使っていた武蔵小杉駅の連絡通路など比べ物にならないほどの綺麗さ。やっぱり競馬ってもうかるのだろうか。
などと考えているうちに駅に着く。さあ、電車にのって家に帰ろうかと思ったところふと駅前のこんな光景が目に入る。
空き地があり、そこになにやら柱が立っている。さて問題です。この光景を目にしながら訪問せずに家に帰っていいでしょうか?多分ダメです。というわけでそちらに向かって歩き出す。
この看板をみれば素通りすべきではなかったことがわかる。国司である。家康である。というわけで中にはいる。そもそもなんだのだろうか、と首を捻っていると、やはりVRであった。なんとか所にいくとヘッドセットを貸してくれるという。多分ここに行けばいいのだろう。
武蔵国府スコープ。というわけで中にはいる。すると
「すいません。手の消毒だけお願いします」
と言われる。手に何かを吹き付ける。カウンターの向こうに女性がおり、紙を差し出す。そこに名前を住所を書くとスコープを貸してくれる。15分ほどとのこと。女性が耳にイアホンをかけてくれる。私は外にでて、1番と書かれた場所に向かう。
すると不意に手にしたヘッドセットが振動する。どうやらしかるべき場所に近づくと振動するらしい。ヘッドセットを覗くとやはりVRである。このエリアに昔あったと思しき国司の館がうつされ、あれこれ説明が流れる。
現実世界の模型はこれなのだが、ヘッドセットの中ではいろいろな映像が映し出される。
その場所で見ることができる動画が終わると、「繰り返し見たい場合は上を、次に行きたい場合は下を向いてください」とアナウンスが流れる。下を向くと数秒待った後次のところに行ってくださいと言われる。さて2番はどこかなと歩いて次のコンテンツを見る。そんなことを繰り返す。
見ながら考える。都である奈良からこんな田舎(当時)に来た国司はどんな気持ちだっただろうか。ここは決して広い館ではない。そして周りから丸見えだ。おそらく暗澹たる気持ちだったのではなかろうか。国司の館もVRの中では綺麗だが、実際は汚れていたり、壊れかけていたり、トイレとか汚いんだろうな。
そして都から来た国司を迎える武蔵国の人たちはどんな気持ちだったのだろうか。
「まーた変なのが来たわい。」
と誰かが小声でしゃべると年長者がそれを嗜めるとかあったんだろうなあ。
番号が5くらいまであり、最後の二つが家康関連である。なぜ家康かといえば三つ葉葵の模様がついた鬼瓦が出土したからなのだそうな。
というわけで無事VRコンテンツは見学終了。小屋に戻りヘッドセットを返却する。さて、これで心残りもなくなった。お家に帰ろう。