題名:巡り巡って

五郎の入り口に戻る
日付:2022/7/27


コミックマーケット100:東京都(2022/8/13)

私がコミケなるものを知ったのはいつのことであったか。県立地球防衛軍で「まんがの仮装した奴や迷彩服きた奴が大きな紙袋さげてすけべーな同人誌売り買いするとゆーあれかっ!?」と称されていたのはあるいはコミケのことだったか。そんな場は私には縁がなかろうと勝手に決めていた。

しかし

ネットをつらつら眺めているとさまざまな情報が飛び込んでくる。曰く、待っている間にゲロ吐いたり脱糞する奴がいる、曰く待っている男どもの汗が蒸気となり雲ができ雨が降る、曰くいくら禁止しても徹夜する人間がいる。

依然として自分には縁が遠いところと思う。しかしそこで売買されているのが「すけべーな」同人誌だけではないことも伝わってくる。同人誌=スケベと勝手に決めつけていたが話はそう単純ではないらしい。ものすごく趣味に走った同人誌が売られているのもやはりコミケなのだそうな。となると話は変わってくる。そもそもこの「巡り巡って」などものすごく趣味に走った探訪記でなくてなんだというのか。

だとすれば一生に一度くらい行っておいてもバチは当たらない気がする。とはいえお盆と正月は忙しいからなあと思っていた。

そして2022年。諸事情あって夏休みの前半は家で過ごすことになる。ぼんやりTwitterなど眺めているとどうやらコミケがあるらしい。これは行くしかないのではないか。サイトにアクセスしてみると「コミケの雰囲気を楽しみたい人用」に午後からチケットいうのがあるらしい。まるで私のために作られたようなチケットではないか。午後から行けばきっと行列の中でゲロと脱糞の恐怖に怯えることもなかろう。そう思ってチケットを買ってしまう。購入したのは8月10日で、チケット購入及び代金支払いの締め切りは8月11日。ぎりぎりであった。よーし、がんばって行っちゃうぞーと思うが問題がひとつ。ちょうどその日は関東地方に台風の接近が予想されていたのである。それから何度も天気予報を見る。一日中雨という予報がでることもあり、午前中は晴れという予報もある。つまるところ予報がなんと言おうと実際のところは当日その時になってみないとわからない。

などと考えているうちに8月13日を迎える。目覚めるとこんな空。


朝焼け

夕焼けは船乗りの喜び。朝焼けは船乗りの恐怖とかなんとか昔聞いた気がする。そして写真には写っていないが、この時既に雨が降っている。頭上を見ても薄い雲しかないのにどうして、と思うがそういう天気。

私のチケットで入場できるのは13:30。それより前に来ても待つ場所ないよ、とかアナウンスがでているように思える。間もなくtwitterに会場の様子が流れてくる。会場時はまだ雨が降っていないようだ。

と思っている間に「豪雨」という言葉が流れてくる。強風で傘が要をなさず危険だから傘を使うなというアナウンスがでたとも。これは思ったより悪い状況かもしれない。あれこれ探し数年前に一度だけ使ったカッパを探しだす。いざとなればこれを使おう。しかし家からカッパでいくわけにはいかない。濡れたものを畳むのは面倒だし。となると家から駅までは雨具なしでなんとか移動できればなあ。

などと考えているうち家を出る時間が迫る。よしもう出てしまおう。と荷物を持って家を出る。

外に出ると幸いなことに小雨。駅まで傘無しで行けそうだ。てくてく歩く。屋根のあるところにたどり着くと一安心。間もなくやってきた電車に乗る。今日は土曜日の昼間。本来なら結構混んでいるはずだが、電車はがらがら。そりゃ台風が来る時には外出を控えるのが当然。しかし今の私に選択肢はない。とにかく前に進む。何度か電車を乗り換える。だんだんそれっぽい人の濃度が高まっているように思うが、混んでいるというほどではない。などと考えているうちに国際展示場駅に到着する。本日の会場である東京ビッグサイトには仕事でも展示会でよく訪れる。しかし本日は駅の様子が少し異なっている。

駅の様子

ここに到着する電車の車内広告も全てなにやらのゲームだったようだが、駅の広告もこのトーン一色。さて天候やいかにと思いながら外に出るとこれまた傘無しでなんとかなりそう。天はとりあえず我に味方したと思いながら歩き出す。

さて、どこに行ったものやらと思うと「M列は左前方です」とかなんとか大きな声で誰かが言っている。たぶんそれと思う列に並ぶ。というか私が入場できるM列のは一番最後の時間帯だから、今並んでいる人は全員M列であろう。さて最後尾はどこだと思いながら歩くがどこまで行っても人の列が途切れることはない。これ以上は列が伸ばせないぞ、というところでようやく最後尾が見つかる。並び出す。やれ、これで一安心と思ったところで雨が降り始めた。私は「ふっふっふっ」と内心ほくそ笑みながらカッパを取り出して着込む。カバンも覆っているので多少雨が強くなっても平気である。周りの人はあわてて傘を取り出している。雨風が強くなってもカッパなら問題はないし、本日露出している場所は濡れることを前提にあれこれ準備してある。

カッパは傘と違い場所をとることもない。骨の先が誰かを頭をつつくこともない。ああ、なんて自分は用意がいいのだろうと悦に入る。ふとみると数年前についたドロで袖口が黄色っぽく汚れていることに気が付く。そういやろくに洗わないでしまったもんな。しかし今の状況でそれを気にする人はいまい(そうですよね?)

などと考えているうちに列が動き出した。少し動いては交差点を渡るところで止まる。つまりはゆっくり動いているのである。しかしその点についてもぬかりはない。私はスマホを取りだしポケモンGoを立ち上げる。ちょうどたくさんポケモンが湧き出るイベントが開催されている。立ち止まれば集中してポケモンを捕まえられるというものだ。

列

などと余裕をかましながら歩いていたのだが、ふと気が付く。傘を使っていないということは、他人を突く心配がないということなのだが、同時に自分の頭を守れないということでもある。さっきから頭に後ろの人の傘ががんがん当たる。文句を言うより場所を変えよう。列の移動とともに列内で少し場所を変える。そのうち目的地と思しき大きな建物が見えてきた。そこまできてようやく気が付く。普段展示会に行く時は正面からはいって長い通路を歩く。今日はそれと同じだけの距離を外の道路で移動しているのだな。

と考えているうちにようやく待望の建物の入り口が見える。チケットをチェックするというのでみせる。ここで「これ違いますね」と言われたら泣くところだったが問題なく通過できる。やれうれしや。これでようやく室内だと中にはいる。

屋内

雨から逃れられたとほっとしたのもつかのま。建物の広さと人間の多さにびっくりする。また長い時間並ばねばならんのかと思ったがそんなことはない。列があるがどんどん進み、入場チェックとなる。

チェックポイント

といっても手で検温をし、チケットに記載されている名前と身分証明書-私の場合は運転免許書-を照合するだけ。すんなり通過するとリストバンドをもらえる。手につけるとはれて入場。人の流れに従ってとにかく進み続ける。自分が正しい方向に向かっているという確信はないのだが。

田中

ふと気が付くとどうやらコスプレエリアの横を通っているように思える。大半のコスプレは元がなんなのかさっぱりわからないのだが、これだけはわかる。最近読み始めたチェーンソーマン第2部の田中脊髄剣。この言葉とこの長いものが何を意味するかは聞かないでほしい。しかしこの短い期間でよく作ったな。どうやったんだろう。

などと感心しながらコスプレエリアを出る。彼らと彼女たちを正面から見るためには別途料金が必要なはず。とはいえ後ろから撮影することで文句も言われないだろう。その先は通路になっており、馴染みの東館に通じている。

さて問題です。どこに行きましょう。実は最近シン・ウルトラマン関連で面白いtweet漫画を公開している人がおり、最近はその名前の前に「東3う27」という謎の番号がついていた。どうやらあれがコミケのスペースを指定する情報らしいとしったのは数日前のことである。とりあえずそこに行こうと東3にはいる。

本業

場所の広さ、そこを埋め尽くす机の量にしばし驚く。住所標識らしいものをたどり目当ての場所に着くが、売られているのは別の漫画である。よくよくtwitterアカウントを確認してみれば「撤収済み」になっていた。再度確認すると11時過ぎには全て売り切れていたようである。

これが人気作というものか。こういうことがあるから始発とかとにかく朝に熾烈な争いがあるのだな、とようやく納得する。さてどうしましょう。実はその後の行動を何も考えていなかった。とはいえここの漫画にはあまり興味はないので、趣味に走った同人誌エリアに行きたい。さて問題です。それはどこでしょう。

再びコミケの公式サイトを見ることしばらく。後から考えてもどうやってそこに辿り着いたのだがわからなかったがとにかく隣の東4にそうした趣味の同人誌が固まっていることを知る。そしてこれまた事前に何も調べていなかったのだが、今日来たことも幸運だった。明日来ていれば「男性向け」のなにやらばかりが充満する場所の真ん中で呆然とするところだった。

ボトル

心なしか先ほどの部屋(と呼んでいいのかどうかもわからないが)とは雰囲気が違うような。私はなんとなくうれしくなり手あたり次第に売られているものを眺めていく。

間もなくいろいろな列があることを知る。鉄道関連のものが集まった列は非常に多く、かつ私の興味の範囲外である。他には文学関連の何かもある。「恐怖小説の書き方」という本が売られており「どうぞ手に取ってください」と言われてたので、パラパラ読む。さまざまなパターン分けして恐怖小説の書き方が書いてあるが、千円は高い。すいませんといって見本を戻す。

端のほうには軍事エリアがあり、これならば私の元専門である。あれこれ見るがお金を払いたいと思うほどのものはない。私より年配(と思ったが多分私と同年代だろう)のおじさんがやっているドイツの戦車の小冊子がならなコーナーがある。どうぞご覧くださいと言われたので、4号駆逐戦車の本を手に取る。この戦車が実戦でどのような効果を発揮したのかが長年の謎だったのだ。しかしそうした情報は載っていない。というかwikipediaに載っている情報とそっくりである。勝手な想像だがこの人がwikipediaの項目を編集しているのではなかろうか。このエリアにはさまざまな軍服を着た人がいる。

さらに歩くと美術のコーナーがある。例によって立ち読みすると作者とおぼしき男性が元気に説明してくれる。私は美大を出たわけではありませんが、社会人になってから興味を持ち美術の楽しさを伝える本を作ってますとのこと。唯一詳しいフェルメールの項目を見るがやはり三百円の価値があるとは思えない。どっかの議員もブースをもっており、やたら愛想を振りまいているが、この場ではあまり近づきたいとは思わない。

会話から察するに、他人が書いた本を委託され販売している人もいるようだが、それよりは作者自身が売っていることが多いように思う。私が値段をどう判断しようが、その人の熱気が伝わってくるのは悪い経験ではない。結局この日買ったのは

「」

という本だった。千九百二十年代にドイツで家政婦を雇うことに関する法律が作られようとした。それについての研究とのこと。なんというニッチな研究だ。それでその法律はどうなったのかと訊けば

「国会に提出はされたんですが、世界恐慌がやってきてそれどころじゃなくなり、結局採決されないままになりました」

とのこと。私は「本当に百円ですね」と念を押して購入する。これほど趣味に走った研究というのは久しぶりに見た。

同人誌

などと感心したり唖然としてながら巡り続ける。漫画が多いエリアになるとさっぱりわからないので飛ばしてしまう。しかし一列全て人がいないエリアがあり、きっと何か人気のものが売られていたのだろうと推測はできる。

時間は2時半ごろ。あと1時間半で1日目は終了。あの多くの人たちは自分の本を売り切ることができたのだろうか。最後まで売れ残る人と、開場してすぐ売り切れになる人の差はどこにあるのだろう。やはり地道に知名度を上げ、狙って買いに来てもらえるようにならないとダメとかそういうことがあるのだろうか。

ボトル

大体見るものは見たと思いいつもの展示会と同じように帰りのルートを歩きだす。こうやって通路を歩いているといつもの出張と変わらないけどなあ。もちろんチラホラとコスプレの人がいるのは確かだが。ちなみに売り場にもコスプレイヤーもたくさん歩いており、露出が高い女性がくると一瞬驚く。しかしなんというかあまりにも日常と格好がかけ離れているとそれ以上何も感じないことを知る。

ーーー

この日家を出る前に息子が言った。

「今のご時世にオンラインで書物を販売してもいいはず。なぜわざわざ物理的な本を販売するのか」

確かに息子の言う通りだ。しかし実際その場に来てみると、やはりあの場でしか感じられない何かがあるように思う。それは出店している人、自分の目当ての本を買おうとしている人、コスプレをする人、撮影する人、それぞれの人たちの熱気かも知れず、それはwebサイトをスクロールするだけでは決して得られないものだ。

他にもいくつかの考えが頭を回り続ける。あそこで千円で売られていた本の内容を読み、私がAmazonで2000円で売っている本の価値が再確認できた。いままで「こんなので2000円もとっていいのか」と思っていたが、あの内容で1000円とるなら私ので2000円とってもいいはずだ。

さらにはさまざまな情熱を傾ける人たちの熱量と、それをお金のとれる芸にすることの難しさも実感した。軍事エリアでは見方が悪かったのかあるいは人気があるものは既に売れてしまっていたのかわからないが、金を払っても見たいというものは見つからなかった。先日youtubeで見た

「WW2の航空機における機械駆動過給器とターボ過給器の比較」

なんて、私の長年の疑問にきっちり答えてくれる素晴らしいものだった。あのようにニッチでありながらきっちりと聞かせる芸というのはやはり難しいもの。

などと考えてみると「よし。来年は出品する方に回ってやるぞ」と心のどこかで考えているのも確か。いやいや落ち着け。来年の申し込み期限はもう目の前。それよりは一旦あれこれ勉強した上で、、ちょっと待て。私は何を考えているのだ。

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注釈