題名:巡り巡って
五郎の入り口に戻る
カレンダーアプリを見る。あれ?明日何やら予定が入っている。そのうち思い出す。そうだ、イベントがあるんだった。ふと考えれば明日は特に予定もない。奥様ご要望の用事は今日片付けてしまった。となるとでかけることも可能ではないだろうか。
そう思って行き方を調べる。御殿場の近くなのだが、いろいろな方法があるようだ。では決定、とその日は寝てしまう。
翌日、早朝小雨だったが幸いにも上がった。気温はようやく訪れた春を思わせる。天は私に味方した、とご機嫌で最寄り駅の改札をくぐる。さて、乗るべき電車を確認しようとポケットをあさるが何もない。なんとスマホを忘れてしまった。ええい、せっかくご機嫌だったのにと呪いながら家に戻る。
机の上にスマホが鎮座していたのは幸いだった。気を取り直して再度出発。小田急線で松田という駅につく。ここは東名高速で名古屋と往復する際には必ず通る場所であり、その昔どこかの保険会社がここに本社を置いていた。その巨大なビルが今も存在しているが入居者は変わっている。このように通過したことは何度もあるのだが、降りるのは今日が初めて。電車が動き出すとホームにいる人が皆カメラを構えていることに気が付く。桜が綺麗だ。
温暖化のせいかどうかしらないが、最近は入学式には桜が散っているのが当たり前だった。今年は入学を祝うように桜が咲いている。娘の入学式は3日前だった。
などと感慨に耽っている間、電車はかたこんと走り続ける。外をぼんやり眺めているうち目的地が近づく。私が入社二年目のころ何度も出張で来た御殿場を通り越し南御殿場駅で降りる。無人駅である。とりあえずSUICAをタッチして外に出る。さて問題です。ここからどうやって今日の目的地に行けばいいのでしょう?
そう考えているとこんな光景が目に入る。これだこれだ。視線を左に向けると、今日の会場たる「カマド自動車」という大きな看板が目にはいる。そちらに歩を進めていくと、人だかりが見える。
受付らしきものがあるので、名前と住所の市までを書く。声がするから何かと思えば、誰かがスライドを上映しつついろいろ話をしている。本来そちらを聞くべきだったと思うが、私は目の前にある車体に向かって歩いていく。
これが九十五式軽戦車改造のブルドーザーである。車体の横に見える車輪はまさに写真でみた九十五式のそれである。
とはいえ、運転席、エンジン部分などは大幅に改造されている。中を覗くと綺麗なバッテリーまで搭載されている。
説明を横耳で聞きながら、ひたすら車体を眺め続ける。この車体は何度か改造され、所有者も変わっているらしい。それをなんとか交渉しここにもってきたとのこと。その熱意には驚くほかない。
車体の正面を見る。ここに見える鋼板は厚みが1cmもないように見えるが、これで戦車たりえたのだろうか?あるいは改造する際に分厚い装甲は無意味と薄い板に取り替えたのだろうか、とも思ったが家に帰って調べれば前面装甲の厚さは9mm。つまり特に改造はされておらずこのままだったようだ。
こんなペラペラの装甲で、銃弾やら砲弾やら飛び交う戦場に向かうのはどのような気持ちであっただろうか。いや鉄の板があるだけマシか。
その隣にはエンジンも並んでいる。こちらは大学で教材として使われていたものとのこと。
朝鮮特需の時に、金目になるものは全部はずされて売り飛ばされてしまったらしいとの話が聞こえてくる。いつも思うのだが、今の平和な時代であれば「古いものを大切に残しましょう」となるが、そもそも日本がどうなるかもわからず、食えるか食えないかの時はそんなこと言ってられなかったのだろう。
説明が一通り終わると、私はトイレに行く。戻ってくると轟音がしている。何かと思えば、ブルドーザーが動いている。先ほどまで屋根のないところにあったのだが、ガレージの中にはいった。皆がその様子を動画に撮っている。
私はそのあと屋台で鶏肉を買う。五百円で量がたくさんありとても良心的。それを人がいなくなった会場の椅子に座って食べる。
食べ終わると、帰りの時間を検索してみる。どうやらすぐ電車が来るようだ。私は元来た道を戻り、無人の改札をくぐる。