五 郎の 入り口に戻る
私は京都駅で唖然としている。何故こんなところにいるか聞かないでほしい。とにかく来てしまったのだ。
いや、唖然としている暇はない。第一に悲しいくらい腹が減っている。金がないので最近の昼飯はいつも塩おにぎり一個。しかし今日はそれすら食べるわけにはいかない。今日の目的地は食べ物屋なのだ。
というわけで京都駅(前の京都駅もそうだったが、何故こうも駅構内の移動が面倒なのだろう)から地下鉄に乗る。目的地の近くに四条祇園という駅があることはわかっていた。地図をみて
「出口がいくつかあるようだから、きっと地下に駅があるんだろう。といういことは地下鉄だ」
と思い込んだ。観光によい季節だから、ぶらぶら歩いて行こうかとも思ったのだが、京都にくるまでに通り雨に遭遇した。幸いにして京都ではまだ雨はふっていないがいつまで持つかわからない。お金はないが地下鉄に乗るしかない。
そう思って地下鉄路線図を眺める。四条祇園がどこにもない。あるのは四条だけだ。がびーんとなった私は自分が間違った判断をした事を知る。地図を見ると、四条から四条祇園までは結構距離がある。そして例によって私は一番馬鹿な判断をした。京都-四条祇園の行き方を調べず、そのまま切符を買ったのである。
四条までは二駅。あっというまである。ということはあまり目的地に近づいていないということだ。地上に出るとアーケード街をひたすら東に向かう。ここで良いニュースが一つあることに気がつく。とにかくアーケードがあるから雨が降っても傘をさす必要がない。(それほど私は傘をさすことに忌避感を持っているのだ)てくてく歩くと、前方に雰囲気の違うエリアが見えてきた。このビル街に目的地があるとは思えないから多分あそこまでいく必要があるのだろう。しかしなかなか目的エリアは近づいてくれない。そのうち恐れていた雨が降り出した。それまで路上に出て何かを売っていた人達は泡食って撤収である。ここで私はGood News, Bad Newsがあることを知る。いいニュースは目的エリアが目前に迫ってきたということ。悪いニュースは、私を雨から守ってくれるはずだったアーケード街がおしまいになっているということだ。雨なんかふってないんだよー、という振りをしようかと思ったのだが、雨脚は強烈。観念すると傘を取り出す。そこら中に傘を持っていないと思しき人達が雨宿りしているから、傘を持っているだけマシ、文句を言えた義理ではない、と自分に言い聞かせる。
大きな川を渡る。後から調べれば鴨川というのだそうな。さて問題です。ここから先はどう行けばいいのでしょうか。確か通りを一本すぎたところで北に行くとかだったな、と思いながら歩いて行けばいきなりこんな光景が広がる。
一見するとただの店だが、正面の細かいところを見てみよう。
まあここらへんはお約束。赤穂の浪士ご一行と水戸黄門は読み流そう。
天気が悪いせいかてる坊主が吊り下がっている。さて、問題です。この写真の中に人間は何人いるでしょう?こうやって心静かに写真を見れば間違えようがないが、ぱっと見るとどうにも間違えてしまう。その隣の看板が上下反対になっているところにも注意しよう。
というわけで店の中にはいる。お昼時を過ぎているためか、はたまた雨のせいか広い店内に2−3組客がいるだけである。案内された席に座ろうとすると一瞬ぎょっとする。
御相席というか、店のあちこちにこのようにマネキンが座っている。いや、もちろん最初からそうと気がついてはいるのだがふと気を抜いた瞬間に
「あれ、人がいる」
と緊張することになる。店内を見回せば、そこかしこにマネキンが座っている。
まもなく店の人が来て「メニューは一種類ですので、一枚焼かせてもらっていいでしょうか」と聞く。お願いします、と答える。というかお腹がぺこぺこである。ようやく食べ物にありつけるのだ。
しかし先ほどの写真をよく見よう。立派な赤い「芽新(メニュー)」があるではないか。こんな立派なメニューがあるからには、きっと他にも何があるに違いない、と思い開いてみれば予想通りの展開であった。
一種類しかないとは書いてあるが、そもそもこの壹錢洋食がなんであるかについては何も書いていない。とはいえ「とにかく何か食べる物を」だからとにかく何が出してくれれば喜んで尻尾をふる状態である。
とはいえ、店の中には興味深い物があれこれ存在している。いかがなものかと思う人もいるかもしれないが、とにかくあちこち歩き回って写真を撮る。
確かビリケンというのは通天閣かどこかにいた気がする。足の裏をこすると幸せになれる、といわれても素直にこすろうという気にはなれん。
今日は参観日といわれても、そもそもメダカはどこにいるのだ。
この店のモデルである。あるいは少し前の姿かもしれん。(今は650円だ)しかし店の中に店を作られてもなあ。メタモデルとかそんな言葉が頭の中をぐるぐるするが、自分でも意味がよくわからん。そして壁にはこのような「絵馬」がたくさんかかっている。
あまりにたくさんありすぎて全部は見ていられない。というか私の他にもお客さんは何人かいるのだが、さっきから写真などとって喜んでいるのは私だけ。そのうえこうした絵馬をみてにやにやいしていると、なんとか条例にひっかかり逮捕されても文句はいえんかもしれん。
というわけで席に戻る。ほどなくしてお好み焼きが運ばれてきた。
なぜこれが「洋食」かといえば、当時はウスターソースがかかっていればなんでも洋食だったのなそうな。こちらのお腹はぺこぺこ。さっそく食べてみる。中にはこんにゃくとネギがはいっていたことは覚えている。味は悪くないが今の私にとっては惜しいことに量がたりない。しかしいかんともしがたいから、丁寧にゆっくりと食べる。
食べ終わるころに、英語しかはなせないと思しき客が入ってくる。お店の人が例の巨大メニューを取り出し「only this. ok?」とかなんとか聞いている。食べ終わったあとあまり居座るのもなんなので、お金をはらって外に出る。するとこんな「人」が座っていることに気がつく。
胸にかかっている名札を見ると「藤原紀香」なのだそうな。個人的にはそれはこのマネキンに対していささか失礼ではないかと思うが、本物の藤原某は近くで見るととても綺麗だ、というから判断は保留しておく。
いつのまには雨は上がったようだ。店の前に女性をふたり載せた人力車が止まり「この店ちょっと変わってるんですよ」と解説している。私は帰り道を急ぐ。また雨が降り出す前になんとか地下にもぐりこみたい。
祇園四条駅につくと、そこから一回乗り換えれば京都駅につく事を知る。まだお腹が減っているので饅頭を買って食べる。ああ、貧乏なのに84円使ってしまった。まあおもしろい場所にいけたからいいとしよう。