五郎の 入り口に戻る
横浜駅で乗り換えるとひたすら電車に乗り続ける。そもそもいつも行き先表示として観る「三崎口」とはどこなのだ。実は以前一度来たことがあると思い込んでいた。しかし三崎口で降り、その記憶が間違いだった事を知る。記憶の中にある風景と全然違う。なんとなく海が見えると思っていたのだが、現実にあるのはのんびりした畑とバス停だけだ。
というわけで駅前からバスに乗る。バスの行き先は城ヶ島。その瞬間私は計画を変更する。三崎港から船で城ヶ島に渡るつもりだったのだが、もうこのバスで終点まで行ってしまおう。そもそも船が動いているかとかわかんないし。というわけでバスに揺られ続ける。
そのうち三崎港を通る。ここには後でくる事にしよう。目の前に島らしきもの、灯台が見える。しかしどうやってあそこにわたるのか、と思えばバスは島とは直角方向に走り出す。どこへいくのかと思えば遠くに橋が見える。あそこを渡るらしい。
徒歩でいけば途中で行き倒れになるかもしれんが、文明の利器は偉大だ。ぼんやり座っていれば目的地まで連れて行ってくれる。橋を渡ると白秋記念碑とかそんなバス停の名前が聞こえてくる。北原白秋ゆかりの地とかそんなのであろう。しかしあれだよね。誰が将来有名になるかなんてわからない。私が何かの間違いで偉人と呼ばれるようになれば、幼少期をすごしたあの知多半島の山の中の団地も観光名所になるんだろうか。
などと考えているうちバスは終点につく。朝早いせいかまだ快適ともいえる気温だ。ありがたい。まずバス停近くにある食堂の写真を撮る。
考えてみれば、少し前まで日本の食堂はこうだった。夏になれば扉を開け、扇風機を動かす。中では親父がウチワなんぞ使ってぼんやり座っている。
さて目的地はと観ると、こんなものが見える。(この写真は後で三崎港からとったもの)
さて、問題です。この図柄の何が間違っているでしょう。ヒント:灯台はいいでしょう。問題はその左横にあるものです。というわけでそちらに向かっててくてく歩き出す。海岸でバーベキューをやる人達がぞろぞろ歩いて行く。カメラなど手にしてぶらぶらしているのは私だけである。しかしまだ朝の9時前というのに結構人が来ている。しばらく行くと道ばたにこんなものがある。
灯台入り口である。この先には「下の植物に光と水を届けるため、穴があいてます。ハイヒールの人は気をつけてね」と注意書きがしてある階段がある。その階段は1/4くらい植物に埋まっているが、歩行にとりあえず支障はない。その階段を上りきるあたりで、こんな写真を撮る。
青い空をバックにローマ、ギリシャ風の神殿。そしてここは三崎港の先にある島。
「神殿」を反対側から観るとなにが文字が書いていることがわかるが、それが何かは解らない。
そもそもここになぜこんなものがあるかもわからない。しかしローマ風なので、ベンチもローマ風である。
近くには青銅の像がある。
海への祈り、ということでよくみると由来が書いてある。どうも海で事故にあい亡くなった方達への祈り、ということらしい。しかしここで注目したいのは、写真右下にある地蔵である。やはり日本人にとってはこれがないと締まらない、ということなのだろうか。
首をかしげなら写真をばしゃばしゃとる。その先には灯台がある。
こちらは本物の由緒ある灯台だ。この文字がそれをものがたっている。
昼だから行灯と同じで点灯しているわけではない。しかしこの灯台は現在もちゃんと機能しており、近くにある説明文の最後はこうなっている。
「灯台は船舶が航行する為の大切な施設です。この施設の異常を発見した場合や、何かお気づきの点がありましたら、横須賀海上保安部までお知らせください」
近くの電線には鷹だか鳶だか隼だかが止まっている。
ここで私は急にトイレに行きたくなる。近くに何かないかと思えば、京急ホテルがあるのであった。というかこの灯台は京急ホテルの裏にあるのだな。トイレだけ借用しても良い物か、などと迷っている暇があればフロントに聞いてみよう。と見回すが誰もいない。しかたながいので(結果的に)黙ってトイレを借用する。綺麗に使ったから多分迷惑にはならんだろう。しかしさっきから海岸で泳いだりBBQしている人達ってどこで用をたしているんだろう。
というわけで来た道とは違う道を戻る。帰りは船で帰ろうと思うが、船着き場が解らない。探しているうち少し離れたところまで来てしまった。ここからバスに乗ろうか。いや、降りたところが始発だからあそこが確実だし、出発する前から涼むことができるだろう。そう思って戻り始める。するとバスが通り過ぎる。ということはさっきのバス停でまっていれば今頃バスに乗れていたわけだな。これくらいの判断間違いはもう慣れてるもんね、と誰に向かってかしらないが強がりを言ってみる。
少し待つとバスがやってくる。ああ、バスの中は涼しい。文明って素敵。(そろそろ日差しが強まり朝の快適な空気が消えているのだ)しばし揺られると再び三崎港に戻る。
バス停の近くにあるのがこのどこか狂気をはらんだ何かだ。時間は早いので中を観る事はしない。隣には歴史のありそうなお店がある。
そこからてくてく奥に歩いていく。ものすごく古い店、平凡でちょっと古い店、それにモダンな店がいりまじった興味深い通りであることに気がつく。これはいわば「狙ってやった」店だが
こちらはほんまもので人が住んでいるのだと思う。
進んだ先には神社がある。蟬の声がうるさいほど。お堂にはこんな絵がかかっている。
そういえば子供が「いなばの白ウサギ」を音読していたなあ。こちらの日本武尊もなかなか味がある。
といったところで元来た道を戻る。朝市をやっているらしい場所があるのだが、私は魚を買うことには興味は無い。地図をもらい場所を確認する。そこをでるとこんな趣のある料理屋がある。
店の前の写真をみれば、昔ながらの広い座敷があるとか。考えてみればこうした広い座敷というのは今や昭和の遺物かもしれん。などと考えながらとことこ歩く。いくつか土蔵があることに気がつく。後で聞いた話だがいくつかの土蔵は改装され、新しい店としてよみがえっているとのこと。この土蔵等なかなか美しいが。
いくつか趣のある店(もしくは店の跡)がある。私はひたすら写真を撮り続ける。
思うにこの三崎港はかつて漁業で繁栄し、かつあまり戦争の被害を受けなかったのではなかろうか。それゆえ古い建物が残っており、現在では撮影のロケとして貸し出しているとか。そうした展示がある場所もあるが、もちろんまだ開いていない。一通り見終わるとバスを待つ。気温が上がり始めており、早く移動しないと日干しになりそうだ。