題名:巡り巡って
五郎の入り口に戻る
中央線にのってひたすら西に移動する。なぜこの日、この時間に中央線に乗っているのだと問わないで欲しい。とにかく乗っているのだ。あまり使った覚えがない武蔵境という駅で降りるとバス亭を探す。見つかったがなんとかくおしっこに行きたい。駅に戻るがどこにトイレがあるかわからない。探していたいらずいぶん歩いてしまった。バス停を見るとちょうどバスが行ってしまったところだ。その時は
「ああ、おしっこをしていたらバスが行ってしまった」
と残念に思う。しかしそれが間違いであることをほどなくして知ることになる。
バス停で待っているのは私より年上の男性が多い。つまりかなりの年配ということ。バスの乗り降りをみていたがフリーなパスが多いように思う。そんな人たちに混じって私が何をしているか聞かないで欲しい。とにかく進むのだ。
いつものことながら初めての場所に行く時は「降りるバス停はどこなのか」と緊張する。次は大沢とアナウンスがあったところで席から降りて立つ。(高い位置の椅子に座っているのだ)バスから降りたものの
「はて、目的地は」
と2秒ほど途方にくれる。勘でこちら、と決めた方向に歩き出す。すると交差点の反対側にこんな風景が見える。
頭に浮かんだ考えは二つで
「今日の目的地以外こんな建物はそうあるまい」
というものと
「色がGoogle」
というものだ。同じ場所で信号待ちをしている男女がおり、おそらく同じ場所を目指しているのだろうと考える。しかし信号を渡ると彼と彼女は建物の方向には向かわない。
近寄っていくとなにかの受付をしていることが見て取れる。大人一人分2700円払うと言われた通りエレベーターの前でぼんやりする。さっそく写真を撮ろうと思うが受付の人が
「後でカメラタイムを設けますので、今はごゆっくり観察ください」とかそういうことをいう。北杜夫の著作にもあったが往々として観察にカメラは有害である。というわけでこれはあとから撮影したエレベータ付近。
左様かとおもいあたりをじろじろ見回す。どうみてもGoogleの一角に迷い込んだとしか思えぬ。そのうち人が集まってきたらしく、移動を始める。3階までのぼり一番奥の部屋に入る。その部屋を外からみるとこんな感じである。
というわけで部屋の中にはいる。予約していた人がそろうまでだいぶ時間があるらしく、部屋の中で各自ぼんやりと過ごす。そのうち誰かが
「おトイレは?」
と聞く。この部屋にもトイレはあるのだが、なぜか案内の人は別の部屋にあるトイレに案内する。その理由がわかったのは少しあとのことである。ここで私は
「ああ、バスを一本見送ってもトイレにいっておいてよかった」
と思うことになる。
また説明があり、この部屋はできるだけあれこれ感じて欲しいと言われる。そもそも床からして平らになっていない。凸凹があり、傾斜があり、小石が混ざっている。
というわけで案内の人は裸足になることを勧める。左様か、というわけで私も裸足になる。思ったよりも小石はじゃまにならず足の裏がいたいということはない。次に荷物をしまいましょう、ということになる。とはいってももちろんこの部屋に収納場所などない。あるのはこの「家具」である。まず天井を見る。
なぜフックがあるのだろう。あとで聞いたのだが、このフック一つで150kgまでつるすことができるらしい。次に長い針金のようなものが並べられる。各自それをとって荷物をかける。そうするとこうなる。
なるほど、と思う部分とそうでない部分がちょっといりまじる。それについてはあとで書こう。
といったところからこの部屋についての説明が始まる。養老天命反転地に行ったことはないが近くまでいったことはある。ここはそこと同じ人が作ったとのこと。もう一つ美術館だか博物館があるらしいのだが、そちらは存在すら知らなかった。そのあと自由に部屋を見てもいいということになる。
この部屋は中央が下がっていてそこに炊事場とおそらくは食事をするテーブルがある。この配置には感心した。食事を作り食べる場所が家の中心とにあるのは良い。食事は生活の中心だもんね、と最近家族に食事を作る機会が増えている私は考える。その周囲にそれぞれ個性的な部屋がつながっている。
一番安心できる部屋がここ。床にはコルクのようなものが敷き詰められている。のんびり床に座ってごろごろできる、というのはとても楽だ。
その反対側にあったのがこの部屋。円形の畳と板敷きはいいとして奥の石ころがこのあとそれなりに厄介な存在になる。
一番「それらしい」のがこの部屋。中は球形になっており、裸足で壁にどこまで登れるかと誰もがやりたくなるのだと思う。実際にくらすとここはどう使うのだろう。
ちなみにこれがあとで行くことになる「事務所」にある同じ位置の部屋。この部屋は結局こうやって瞑想部屋にでもするしかないのではなかろうか。
ここがトイレ、洗濯機置き場、シャワーそれに洗面台のある場所である。シャワーはいいとして問題はトイレ。扉がない。シャワーの後ろにあるのだが
こんなんである。説明によれば、音がまる聞こえなので気になるときは掃除機を持ってはいるのだそうな。子供がトイレトレーニングをしている時にはいいと思うが、それ以外でこの構造はなかなか辛かろう。
このように四角形の部屋と円形の部屋が中心から外に向かっているので
外からみるとこうなる。とかあれこれやっているうち「周りを触ってみてください。何種類の素材がありますか」と問いかけられる。床に小石とセメント、それに机があり、、と数える。今回の見学者はそれぞれ「名札」を胸につけている。でもって名前で呼ばれ、誰かが答える。それに対して
「素材といえば、自分たちの肌や服もありますよね。」
とか言われる。それに感心する人もいれば私のようにちょっと退屈していた人もいたかもしれない。
次に「では皆に目隠しをして部屋の中を歩いてもらいます」とアナウンスがある。机の上に黒いハチマキのようなものが並べらるので、皆で目隠しをして左回りに歩く。思ったよりも人にぶつからない。「壁を叩くのは禁止です」とアナウンスがある。そうはいっても音だけがたよりなので私は定期的に小声を出す。潜水艦のソナーのようなものだ。この声を聞いた人がいるかどうかはわからないが、あまりぶつかることもなかった。
先ほどのいろいろな部屋をめぐる。コルクの部屋はやはり安心。また部屋ごとに明らかに音の反響が違うことにも気がつく。奥が小石の部屋はやはり不安がある。足を慎重に進めていくが小石に足が触れたとわかるとそれ以上進まない。
間も無く「では最初にいたと思う位置に腰を下ろして目隠しをとってください」とアナウンスがある。「どのくらい目隠しをしていたと思いますか?」と聞かれる。以前「ダイアローグインザダーク」というイベントに行ったことがある。全くの暗黒の中でいろいろな部屋をめぐる。最後に明るい部屋に出た時、自分が想像した時間の数倍の時間が経過していたことに驚愕した。それに比べればこの日の体験はそれほど印象的ではなかった。私の答えは「正解」と5分違うだけだった。
それから写真タイムになり、みなあちこちで写真をとる。すると全身タイツを装着していた女性がなにやら被っている。
ミーナちゃんだそうである。結構それっぽくみえるものだと感心する。
といったところでこの部屋の見物はおしまい。もう一部屋、今回案内をしてくれた人たちが自分たちの事務所として使っている部屋に案内してくれる。
実際に人が住むとこんな賑やかなことになるのだろう。なんでもこの部屋は最初に施工したとのことで、大工さんたちも床をつくるのにおっかなびっくりだったとのこと。それゆえ床の起伏とか小石の入れ方がゆるやか。先ほど我々が見た部屋が最後に施工したところだったので、大工さんも大胆になり結構でこぼこしている、とのこと。
そうした説明を聞きながらぼんやり考える。ここには他の珍スポットのような狂気が存在しない。確かに変わってはいるがあくまでも合理的な考えの産物。人間はどのくらいでこの環境に適応するものだろう。人間の適応力は恐ろしく、初見で「変」と思ってもいつのまにか「あたりまえの風景」とみてしまう。そうした意味では一番興味深かったのは「天井からつるす家具」だ。これだけは変化がある。しかしこれとてそのうち場所が決まってしまい「定位置」になるのかもしれん。
ここで子供が生まれてから4歳まで育てた人が本を書いているとのことだから、それを読めば私がぼんやり考えたことが当たっているのか的外れかわかるかもしれない。しかし今はそれをしている余裕はない。早く家に帰り子供を迎えに行ったりご飯をつくったりしないといけないのだ。雨が降り始めた中をてけてけバス停に向かって歩く。