映画評
五郎の 入り口に戻る
日付:2011/6/28
1800円|1080円|950 円|560円|-1800 円|値段別題 名一覧 | Title Index
ブラック・ウィドウ:BLACK WIDOW(2021/7/10)(1000円)
今日の一言:スカーレット・ヨハンソンに1000円
アベンジャーズには人間離れしたスーパーヒーローやら神様がうようよいる。その中で数少ない「普通の人間」であるブラック・ウィドウ。彼女が死んじゃうことは決まっているので、この映画はそれより前のお話。
映画の冒頭幼い姉妹がいる家庭がいきなり逃げ出す。最初は普通の家庭と思ったがどうもおかしい。実はこの四人はソ連由来の赤の他人でオハイオ州で潜入工作員をしていたのであった。でももうそれも過去の話、、とはいかず真の黒幕がまだ生き残っていることを知る。ちょっとお礼参りに行こう、というわけで「姉妹」が動き出すのであった。
というわけなのだが正直話はどうでもよい。「お母さん」がかっこいいなあと思えば、レイチェル・ワイズであった。彼女がどうしてあの選択をしたのかとか、「お父さん」が最初普通の米語をしゃべっていたのに再登場後はロシア訛りの英語を喋るとかまあ細かいことは気にしない。
じゃあこの映画がなんのためにあるかというと、ひたすらスカーレット・ヨハンソンのためにある。アベンジャーズシリーズとしては妹さんをこれからの主役にしたいのだろうが、華が全く違う。四捨五入すれば40になる年にもかかわらずとにかくスカーレットがかっこいい。よーく見ると結構団子鼻なのだが、そんなことはどうでもよい。映画のストーリー上、スクリーンには強くてかっこよくて美しい女性達が乱舞するのだが、その中でもスカーレットは群を抜いている。
というわけで「スカーレットかっこいいなあ」と思っているうち映画は平和な結末を迎える。見事なくらい「いいもん」は誰も死なない。(おっとネタバレをしちゃった)2時間楽しくすごし、20分後にはスカーレットのかっこよさを除いて全て忘れる。
Mr.ノーバディ:NOBODY(2021/6/13)(1000円)
今日の一言:廉価版ジョン・ウィック
映画の冒頭中年男の日常が描かれる。ゴミ出しはいつも遅れそれについて奥様にイヤミを言われる。仕事も特に変化はなく、通勤は公共のバス。奥様の寝場所との間にはクッションで壁が。そうした日常がただ繰り返される。しかし2箇所おかしなところが。毎朝のジョギングと、バスを待っている間の懸垂運動。
そんな男の家に強盗が押し入る。男は反撃しようとする息子を押し留め、数$渡して逃がす。周りのマッチョからは「意気地なし」という視線を送られる。しかしその強盗が娘のものを盗んだのではと考えた瞬間、彼の中で何かがキレるのであった。。。
というわけでこれで何度見たかよくわからない
「何の変哲もない男が実はすごい過去をもっていて、実はいまだにむちゃくちゃ強い映画」
である。記憶に残っている最近のものではジョン・ウィックか。
ひねりがないだの古典的だの悪口を言ったところで、こういう設定の映画は私のように文字通り「何の変哲もない退屈な男」にとっては痛快である。とはいえあまりグロくても困る。主人公がなんのためらいもなく「悪役」を皆殺しにできなければならない。というわけで最近のトレンドであるロシアン・マフィアがひどいめにあう。
最後の最終決戦のところでちょっと息切れしたのが惜しい。その前の
「実は老人ホームにいる親父もこの息子の親父でした」
はなかなか新規軸でよかったのだが。ちょっと待て、あの親父はバックトゥーザ・フューチャーのドクではないか。
いずれにせよこの映画はジョン・ウィックのように高額を要するスターが存在していないので量産化が可能だろう。あまり時間をおかずワイルド・スピードなみにバンバン量産して欲しいと思う。
ラーヤと龍の王国:RAYA AND THE LAST DRAGON(2021/3/13)(1000円)
今日の一言:悪くはないが...
Pixar買収後からディズニーアニメーションはUp and Downを繰り返している。ベイマックスとズートピア は私を唖然たらしめたが、その後は凋落の一途。アナと雪の女王2とかひどいものだった。
というわけで今作である。東南アジアとヨーロッパを一つに押し込めたような国がいくつもある。なぜかというと過去に大帝国があったのだが、悪い何かがやってきて、それを龍がやっつけてくれたのだが、龍が滅んだ。でもって人間が争いを始め、とかそんな話。
というわけで、ある王国の娘さんががんばって龍が残した何かのカケラを集めに行く。全部集めればいいことがあるのだそうな。
この映画で唯一手放しでよかったのは、伝説の龍を「そこらへんのおばさん」みたいなキャラクターにしたところ。残りの部分は、、なんといったものやら。CGの異常な技術の発展には相変わらず驚かされる。ふわふわの毛の竜とかどうやったら作れるんだ。しかし後は、、いや決して悪くはないのだけど。
見ている最中「ああ、これはだめかな」と思うとかろうじて踏みとどまる。それの連続だった。そしてそのまま平和に「何もかも元通りになりました」という平和なエンディングを迎えるのはいいが、それでいいのか、とも思う。ストーリーとその下にある価値観があまりにも当たり前なのだ。お互いを信じることが重要だよね。そうすれば石になった人もみんな戻り、平和な生活がやってくるんだ。まあ確かにそう主張しておけばディズニー的に安全なのだろうけど。
主人公の女性が戦い、和解する相手が別の国の女性なのが21世紀ということなのだろうな。この映画には王子様が出てくる場所はなく、必要でもない。しかしこの力作を見た結果心に残るのがそれだけ、というのももったいない気がする。
グッバイ、リチャード!:THE PROFESSOR/RICHARD SAYS GOODBYE(2020/08/28)
今日の一言:悪くないが良くもない
ジョニデは英文学の教授。映画は彼が「末期癌で余命半年」と告げられるところから始まる。
医師は「大学と家族に告げなさい」と勧めるが、その晩の食卓で娘は自分がゲイであると告白し、妻は自分が旦那の上司と不倫していると告げる。見終わってから考えれば、ここで妻が自分の不倫を告白する意味ってないよね。不倫相手にとっては一方的に不利だし。
予告編では余命宣告を受けたジョニデが無茶苦茶な行動をするかかのように描かれていたが、マリファナを吸うくらいで講義もちゃんと継続する。「講義に興味はないが単位のために出席している」連中をCをやっておっぱらうくらい。
というわけで映画は淡々と進む。歳はとってもイケメンはいいねえ。若い女にも男にもモテモテ。とはいってもその関係に意味があるわけではない。講義の最後の言葉では、米語では時々聞く"Don't get in mediocrity"-凡庸になるなという言葉を聞きはっとする。なぜ日本ではこの言葉が使われないのだろう。
そうこうしているうちに病状は進み最後の時を迎える。一人で旅に出るのはいいけれどわんちゃんどうするんだ、とかつて犬を飼っていた身からすると考える。途中病室にいた「英語が理解できないフリをしているけど、実はちゃんとしゃべれる人」とかなんだったのだろう。
かくのごとくこの映画には印象的な要素があるが、バラバラのままでなんの役にも立っていない。ある映画評の言葉を借りれば
「複数の脚本家が競いはしても、協調せずに作り上げたかのよう」
だから最後までちゃんと見はしたが、驚くほど後に何も残らない。この俳優とこの設定ならもう少しよくできたかもしれないのに。
ワールドエンド:AVANPOST/THE BLACKOUT(2020/06/14)
今日の一言:クマさん大襲撃/神様弱すぎ
モスクワにいる主人公は異変に気が付く。モスクワ以外のどことも連絡が取れなくなっているのだ。どうしてモスクワだけが?これにはまあなんというかすごい理由がついているのだが。
というわけでロシア製SF大作である。マーベル映画の制作に参加しているスタッフもいるとのことで、CG自体はマーベルっぽい。(見る人が見れば違いがわかるのかもしれないけど)登場人物はロシア美人にロシア美男子。というかロシア風渋いおじさんってのはこういう容姿なのかなとか思いながら画面を見続ける。
映画の後半で人間を作った神様が出てくる。この神様は「人間には殺戮と生殖本能しかない」とかいう。そうだねえ。第2次大戦のソ連軍は確かにそうだったねえ。じゃあなんでそんな人類が地球上に蔓延っているかといえば、この理由づけはなかなか面白い。ここだけは感心した。
というわけで後半ドンパチで人がやたら死ぬ。その前に前線基地がクマさんの群れに襲われるのだがあれは一体なんだったのだろう、とか理屈っぽいことを考えてはいけないのだろう。神様もあっというまにやられる。結構弱い。そうだねえ。ソ連時代は宗教なかったからねえ。
とかやっている間に、神様の同類がたくさん現れるが、これまた彼らの「道具」たるべき人間に大量殺戮に遭う。かように役者が真面目に演技しているのはわかるが話はふにゃふにゃである。
ただ不思議なのはだからといって時計を見たり、あくびをしたりはしなかったことだ。最後までちゃんと画面を見続けることができた。途中で画面を見るのが苦痛になるダメ映画との差異はなんなのだろう、と考えながら映画館を後にする。
ハスラーズ:Hustlers(2020/05/30)(1000円)
今日の一言:ストリップクラブの思い出
独身の頃米国で現地出身の男が皆をストリップクラブに連れて行ってくれた。きれいな女性が裸ででてくるが、自分でも驚くくらい性的な感情を持たなかった。
大人しく座っていると女性が来て"Do you wanna dance?"と言われた。なんのことだ?と聞くと、ペラペラとしゃべりThis is for you, and for me.といわれた。なんだかわからないからNo thank you.と断った。
その後周りの様子をみて、どうやら$20払うと、自分の近くで女性があれこれ動いてくれることだとわかった。(身体的接触は全く無しだよ)当時は独身でお金があったので、次から女性がくると素直にYes, pleaseと言った。それとともに「最初の人にも$20払えばよかった。彼女にとって貴重な稼ぎだったのだから」と後悔した。
この映画を見ている最中そのことを思い出していた。ストリップクラブで結構な稼ぎをあげていた主人公とパートナーの女性は、リーマンショック後の「客足の減少、ロシア人の進出」によりビジネスモデルの転換を迫られる。最初は素直にナンパして、やたらを金を使わせるやり方だったがこれでは歩合が悪い。かくして
Everyone has to be creative:誰もが創造的にならねばならない
の名台詞とともに、ナンパした相手にドラッグを飲ませクレジットカードを使いまくる犯罪を始めるのであった。real storyによれば一晩1000万近くの「売り上げ」を記録することもあったのだそうな。
Real storyを読むと、彼女たちは今でも罪の意識を感じていないという。そうやって金を踏んだくった男どもはウォール街で汚いことをやって金を稼いだ連中だから、というのが理由。それも真実の一部だっただろうが、映画中で彼女たちの逮捕のきっかけになる男性のような気の毒な人も実際にいたのだろう。だから彼女たちは罪に服すべきと思うのだが、その罪状の軽さにも驚いた。保護観察とか、週末だけ刑務所とかそんなのばかりである。既婚者ばかりを選んでいたような「慎重さ」が功を奏したということか。
彼女達も生きるために金が必要だったというのは確かだが、だからといって、稼いだ金で散財を繰り返した(これも真実らしい)ことには同情はできない。後で調べればこの映画はとても真面目に事件を描いていることを知る。そこに描かれていたのは人間が懸命に生きる姿だった。派手さはないが、心にいくつかのシーンが残っている。最後女性4人によるラインダンスは力強い。
今日の一言:ほのぼのをしっかり
子供向けのほのぼのアニメと思い気にもとめなかったのだが意外なところから「面白い」という評判が聞こえてくる。というわけで見に行った。
朝8時台からの上映というのになかなかの客の入り。もちろん子供連れが多いのだが、私のように年配の男性一人というのもちらほらいる。
映画が始まると予想通りのほのぼのであることがわかる。すみっこぐらしの生き物たちは絵本の世界に放り込まれ。あれこれあった末迷子の灰色ひよこをなんとか家に帰れるようにしよう、ということになる。
話の筋は単純だが、ちゃんと真面目に作ってある。それゆえ私のようなどう考えても対象年齢を超えている人間も最後まできちんと見ることができた。とはいえ号泣したとか感涙するほどではない。あの絶賛の嵐はなんだったのだろう、と首をかしげながら劇場を後にする。
エンド・オブ・ザ・ワールド:Seeking a Friend for the End of the World(2019/8/20)
今日の一言:世界の終わりに
NHKのBSでやっていたものを鑑賞。小惑星だかなんだかが地球に衝突するというわけで、地球が滅亡します。酒を飲んでパーティーに興じるあたりがアメリカの映画だな。主人公はさえない保険のセールスマン。妻に逃げられるが、それまで話したこともなかった隣人(キーラナイトレイ)と知り合いになり二人はそれぞれの理由から車にのって旅に出る。
実際に地球の終わりが来た時にはどうなるのだろう。国によって暴動が起きたり起きなかったりするのか、全般的に起こるのか。どうでもいいやと暴れる人もいるだろうが、心静かに最後の時を迎えたい人たちも多かろう。この映画では暴動もでてくるが、それより浜辺で静かに結婚式を挙げるカップルの列の方が印象に残る。
生き残る気満々の男たちとか様々な人が描かれる。一番印象に残るのは衝突直前に最後の放送を行うニュースキャスター。
原題は「世界の終わりに向けて、友達を探す」。主役の二人はナニをしたりするのだが、それよりは友達同士と言った方がいいだろう。最後の時に誰と一緒にいたいですか。そんなことを少し考えさせる、静かだがいい映画だと思う。
クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代:KLIMT & SCHIELE - EROS AND PSYCHE(2019/8/14)
今日の一言:NHK的かと思えば
映画が始まってすぐ
「これはNHK教育かBSのドキュメンタリーではないか」
と思う。19世紀末から20世紀初頭のウィーンでどのようにクリムト、その弟子とおぼしきシーレが活躍したかが語られる。
しかし話題は画家だけにとどまらない。同時期ウィーンにいたフロイト。彼は性的欲求を元に人間の心理を解き明かそうとした。そして二人の絵にも性的な要素は大きな意味を持つ。それに写真家として活躍した女性などが語られる。
馴染みのない人名が次々とでてくるから混乱するかと思ったが、破綻するすれすれのところで楽しく興味深くみることができた。もしNHKで放映されるドキュメンタリーだったらもっと筋道を立てて語ろうとするだろう。そうではなく、いろいろな要素を畳み掛けることで当時のウィーンが浮かび上がるような構図。
そう思えば、この映画はいろいろな要素が混在しているクリムトの絵のようにも思える。これだけの要素をこの時間に収めるためにはいろいろな省略や断定があるのだろうが、私にはこの時代のウィーンについて勉強してみようかと思わせるだけの力はあった。
それとともに、シーレはわからんでもないがハゲのへんなおじさんであるクリムトがなぜそんなにモテたのか、という謎が頭を回り続ける。
ブラック・クランズマン:BLACKKKLANSMAN(2019/5/4)
今日の一言:政治的主張強すぎ
コロラドスプリングスの警察署に初の黒人警官として雇われた男。この頃の黒人は頭をマイクの先っぽみたいにするべき、という法律でもあったのだろうか。
最初は資料室に配属されるが、潜入調査に志願する。KKKに入団希望の電話をかけると相手に気に入られる。とはいえ彼が面接にいくわけにはいかない。というわけで、アダム・ドライヴァーが会いに行く。理由は今ひとつ釈然としないが、電話の応対は黒人が、実際の面談はユダヤ人のドラヴァーが担当する。
見ているほうは「いつばれるか」とはらはらするから心臓に悪い。黒人学生団体の会長たる女性と主人公の恋愛なんぞもあってお話として面白い。舞台設定は数十年前だがAmerica Firstとかつい最近も聞いた気がするな。つまりこれは今の大統領-今のアメリカの話でもある。
などと思っていると映画の画面が急に非現実的になる。なんだこれはと戸惑っていると、これでもかと「これは今のアメリカの話ですよ」という現実の映像が挿入される。途中でも黒人がリンチにあった話を延々とやったり、ある曲を延々と流したり変だなと思っていたが、最後に製作者の政治的メッセージをそのままぶつけるのはどうなんだろう。
上下反対になった星条旗が白黒になったところで映画が終わりになる。いや、そこまで露骨に言われても。俺が見たいのは映画であり、あんたの演説じゃないんだ、というわけで最後の最後に評価がワンランク落ちる。
今日の一言:日本映画にしてはがんばりましたが
少し前から一部で知られていた「翔んで埼玉」という未完の漫画。「埼玉なんて言っていると口が埼玉になるわ」という強烈なセリフが印象に残る。
それがまさかの映画化。あまり見る気は無かったがなかなか評判がよろしい。見ようと思っても残り座席が少ない状態が続く。これはどうしてもみなくては。というわけで朝一のチケットを買う。公開から相当時間が経っているにも関わらず座席はかなりうまっている。
映画が始まる。漫画そのままの仰々しい衣装だが気にはならない。オープニングから「武蔵国から重要な東京と、その次に重要な神奈川が独立した残り物が埼玉」と飛ばしてくる。「いっしょに行くか。所沢へ」というセリフで笑えるのはありがたいな。
というわけで前半はなかなか快調。しかし薄々恐れていた通り埼玉v.s.千葉の戦いから明らかに息切れした。それまで光っていたギャグが見られなくなり、ただ人がわらわら出てくるだけ。だからオチも決まらないし、最後のとってつけたような埼玉向けのメッセージも浮いている。
やはり日本の「正統派メジャー映画」だとここが限界か。少し寂しい気持ちになりながら映画館を後にする。とはいえこの映画を一番楽しめるのは埼玉に住んでいる人たちだろうなと思うと少しうらやましくなる。これの成功に味を占めて「尾張と三河の争い」映画化とか誰かが考えたりしないだろうか。
バンブルビー:BUMBLEBEE(2019/3/23)(1000円)
今日の一言:意外なスピンオフ
私には相性が悪いトランスフォーマーシリーズ。そのスピンオフということで全く期待していなかったが米国での評判が大変よろしい。というわけで見ることにした。
父を心臓発作で無くし、母が再婚した相手とはイマイチ馴染めない。父と直そうとしていた車は治らず、車が欲しいのに両親からの誕生日プレゼントはヘルメットに「もっと笑おう」という本。思春期特有の「常に難しい顔」が似合う18歳の少女。
そこにはるかな星からロボットが降ってくる。映画でも言及されていたが、なぜはるかな星のロボットが地球上の車や飛行機の形になる。いや、このシリーズは細かいことを問うてはいけないし、問うべきでもない。
この映画では「イケメン男のムキムキ上半身を出すこと」という法律でもあるのだろうか。明らかに無駄なシーン、わざとらしすぎるシーンがあったように思う。
しかしそうした細かい点を除けばこの映画は少女の成長物語としてちゃんと成立している。父の死以来飛び込みをやめていた、という伏線がクライマックスにくるんだろうなと思っていると確かにそうなる。ちょっと荒いけどね。
イケメンオタク(ちっともオタクにみえないが)と最後に簡単にくっつかないところもよいし、「一緒に行こう」というバンブルビーを断るところもよい。
あのデタラメシリーズを使ってちゃんとした物語ができるとは正直驚いた。有能な監督が作った佳作という印象。この監督の今後が楽しみだ。
今日の一言:昔はこれでよかったのか
カメラを止めるな!がこの作品からヒントを得ていたと聞きAmazon Primeで(休み休み)鑑賞。
平凡な主婦が書いた脚本が生放送のラジオドラマとなる。リハーサルは無事終了するが、そこからいろいろな注文がつき始める。日本語にこだわるナレーション担当はいいとして、わけのわからない理由で登場人物の名前を変えろと言い出す元大女優とか。
現場をしきっている「プロデューサー巻き」をした男はなんだかかっこいい役だなあと思えば、当時売れっ子だったらしい。他にも大物そうな俳優がちらほらと。それぞれの俳優の顔を立てるのも大変だっただろう。そしてそれだけに終わってしまった感がある。裏側のドタバタを隠しなんとか生放送を続けていく、というところだけがカメラを止めるな!、と共通している。しかしそこには一人の人間が描かれているわけでもなく、ただドタバタしているだけ。最後にケン・ワタナベがトラックで登場し自転車を壊す場面など「これ面白いと思ってるのか?」としか思えぬ。
とりあえず最後を丸く平和に収めておけば観客は満足感とともに映画館を後にするとでも思ったか。私の奥様によると、これでも当時の邦画としては画期的に面白かったというが。
注釈