題名:映画評

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日付:2000/10/2

1800円

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950円

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バンディッツ-bandits(2001/12/31)

おかしな二人組の銀行強盗に、ひょんなきっかけからちょっと変わった感じの女性が加わる。さて、どんなにおもしろいことがおこるでしょう。

予告編はよくできていた。これが30分もののTV番組だったら560円くらいは払うかもしれない。しかし2時間を超える映画にしてしまうのは悪い冗談であってほしい。登場人物は薬マニア、スタントマニア、何にも考えていない女性、そしていつ通りものブルース・ウィルス。深みなど元から期待していないが、せめてテンポくらいあってもいいではないか。

だらだらとして「どうでもいいから早く終わってくれ」と思うようなシーンが延々と続く。男二人と女一人の三角関係が描かれだすとだるさは倍増。半ば眠りかけているうちにようやく映画は結末を迎え、どんでん返しと作成者が期待したのであろうシーンが登場する。しかしそれを形容するのに

「子供だまし」

以外に適当な言葉があるとも思えず、脱力はさらに深まる。

オレゴンからLos Angelsまで。私にとっては懐かしい米国西海岸の風景が見られたことはよかったなあ、と思うことにしよう。

 

パール・ハーバー-Pearl Harbor(2001/7/21)

幼少のころ私は戦争映画-特に第2次大戦中の飛行機が出てくる物-を好んで観ていた。Battle of Britainを描いた「空軍大戦略」などはストーリーを全く気にせずご機嫌に見た物だが。わーい。飛行機が飛んでいる。

さて、この映画に関しては公開直後からあれこれの映画評を目にしていた。映画会社が宣伝の為に掲載したようなものを除けば

「戦闘シーンはいいのだけど、ラブシーンはベタでない方がマシ。日本の描き方はめちゃくちゃ」

というものだったが。

さて、そうと知りながら見に行くのが元戦争映画好き少年の性というものである。それに予告編はなかなかよくできていた。今やCGの進歩で真珠湾上空を文字通り乱舞する日本軍機を描く事もできるのかと感心したのだが。

とはいっても観る前から心の準備は万端である。映画評通りのベタなラブストーリーが始まる。大丈夫。これは予想していたこと、と想いながらも心底退屈する。映画を観ている最中に

「本でも読みたい」

と思ったのは初めてだ。そのうちヨーロッパの空戦風景が描かれる。時代の移り変わりとCGの進歩はこんなシーンも描けるようにしたのか、と想い先行きに少しだけ希望を見いだす。

さて、ここでは日本の異常な描き方については触れない。それらに目をつぶりひたすら待っているとようやく攻撃シーン。しかし不幸にして全ての良いシーンは予告編で使われてしまっており、かつ本編は予告編よりも間延びして退屈なのである。日本軍は戦闘機が並んだ飛行場の上を攻撃もせずぶんぶん飛んでいるのだが(少なくともヒーローの準備ができるまで)その間何を考えたか病院前を念入りに機銃掃射し、ついでに爆弾まで落とす。

さて、ここからが二人のヒーローの大活躍である。かっこいいぞ、白人でハンサムな若いアメリカ人!アロハシャツを着たまま離陸した二人は日本の戦闘機におっかけまわされる。しかし正面衝突の直前ですれ違う、という技を使うと追跡していた日本戦闘機は空中衝突を起こす。それでもまだ食い下がる奴には地上の仲間と協力し罠にはめて撃墜だ。

ここらへんを観ていると、まるでStar Warsの戦闘シーンを観ているような気がしてくる。もちろん日本軍が帝国軍。それに立ち向かうヒーローはなんでもできる。日本軍機はバタバタ落とされる。飛行場上空の「敵機」を片づけると今度は艦隊上空で機銃掃射をしている「奴ら」をやっつける。戦闘が終わり地上に降りればまず病院にいって献血。次には艦艇に閉じこめられた人たちの救助。それが終われば今度は不可能と思われるミッション-空母から発進するB-25による東京空襲に勇敢に志願。しかし目標は軍事施設に限定。もちろん正義の味方アメリカ人は非軍事施設を爆撃したりしないさ。何故それがわかるかって?爆撃を受ける工場には

「○○兵器工場」

という大きな看板がそこかしこに立てられているからだ。中国に不時着し沢山の日本兵に襲われても大丈夫。拳銃だけで日本兵を殺しまくると無事帰還し、最後は大統領に勲章をもらう。まるでルーク・スカイウォーカーのパロディであるかのような活躍だ。

その前後に美男美女の陳腐な三角関係も描かれるが正直言ってどういう筋だったか覚えてもいない程。よく考えればこの3人の関係に真珠湾攻撃自体は何の関係もないではないか。

全編を観ていて感じるのは、この映画を作った人は、歴史的事実とか人間の現実のありようとかに全く敬意を払わず、自分が勝手に作り上げた妄想を「面白い」と考える人間ではなかろうか、ということだ。紋切り型の日本人像、紋切り型の三角関係。しかしそうした彼(もしくは彼女)の頭に浮かぶ妄想を他人が観てどう思うか、というのは全く別の話。観ている間に

「Pearl Harbor 2 - U.S. Strikes Back "Midway"」

「Pearl Harbor 3 - Victory of U.S. "Atomic Bombs"」

が製作されるのではないかと本気で心配になった。正直なところ「実はこの映画はStar Warsのパロディでしたー」とか誰かが言ってくれないかと密かに願っているのだ。妄想を広げるのは個人の自由。しかしその対象はせめてその存在も定かならぬ異星人くらいにしてほしいものだ。

もし真面目に作った結果が此だとしたら私は深く静かな物思いに沈んだあげく

「-3600円の部」

を新設してしまうかもしれない。

 

 

ハムナプトラ2-The Mummy returns(2001/6/9)

問1:古代の怪物軍団、失われた宝を求めての探検、家族愛、Lots of lots of Computer Graphics,人間同士のアクション、それにかっこいいヒーロー

これだけの要素を使ってどれだけ平和な映画を作ることができるでしょう?

問2:私はこの映画を観ている間、何回あくびをしたでしょう?ちなみに別に寝不足だったわけではありません。

私は「ハムナプトラ」は観ていない。しかしそれを観た人がこの映画の予告を観て

「何?あの映画の2をつくるの?」

とうんざりしたような顔で言ったのは2回観たことがある。そこから十分に警告を受けていいはずなのに、1800円を払った私はやはり馬鹿なのだろう。

この映画を観ている最中やたらと映画音楽が耳障りに感じた。ジャジャジャーンと勇壮な音楽がなる。なるほど、ここはかっこいいシーンなわけね。チャラチャラチャラと不安をかき立てるような音楽が流れる。なるほど、ここでは緊張してほしい訳ね。だったら音楽よりも肝心の映像の方をなんとかしてください。

話の筋はだいたい長々としたセリフで語られる。登場人物はストーリーの都合によって間抜けになったり無敵になったり。つまらないのはまあ理解できるとしても緊張感のかけらもないのはいかなることか。そんなこんなで見終わって覚えているのは悪役女性のちょっとエキゾティックな顔立ちだけだったりする。ちなみに彼女は男を見捨て、ててててと走り、虫だかなんだかがうじょうじょした溝にぽてっと落ちて最後を迎えるのだ。

小学生の頃、学校の帰りに何度かどぶに落ちた事があるのだが、誰もそんな姿を映画で見たいとは思わない。悪役が最後にやられるのはお約束として、もう少しましな方法はなかったのでしょうか。かくして「インディ・ジョーンズシリーズは面白かったなあ」とかそんなことばかりを考えながら家路につくことになるのだが。

 

マルコビッチの穴-Being John Malkovich(2000/10/1) 

この映画を観ている間、いつか本で読んだJokeを思い出していた。なにかの質問に各国人が答えるというやつだ。うろ覚えだが、たとえば質問が「あなたの好きな食べ物は」としよう。すると日本人は

「一同の中で一番上役が発言するまで皆黙り込んでいた。上役が”カレー”と言うと全員”カレー”と言った」(本当はもっと面白かったと思うが)

とかそういう感じ。米国人の答えはこんなだった。

「あたしの精神形成過程を振り返ってみたの。すると幼児期に受けた教育や両親が不和だったこと重要なトラウマになっているってことに気がついたの。これは私の自我の確立にとってとっても大きな問題だわ。というわけでハンバーガー」

 

7 1/2階にある穴に入ると、John Malkovichに15分間なれるというお話。この映画に出ているかの有名なCameron Diazを予告編でみたとき、

「おお。彼女も芸の幅を広げようと意欲的だ」

と感心した。予告編の彼女は実にさえない姿であり、どうやらスッピンらしい。いつもは

「完璧にかわいい、きゃらきゃらした女の子」

ばかり演じている彼女だが、違った役柄にも挑戦か。

しかし映画を見終わった後に頭に浮かんだ感想は

「人間無理はいけません」

だった。ちょっと変わった設定ではあり、映画、それに登場する人物は皆

「愛」

だの

「自分を見つける」

だのそれらしい言葉を口走ってはいるが、中身は皆無。所詮頭の中にあるのはハンバーガーだけなのだ。

おそらくこの映画を作った人間、あるいは出演した人間は自分が何者かであり得ることを証明しようとしたのかもしれない。しかしそれが証明したものは

「あんたは所詮あんただ」

という事実のような気がする。

 

ミッション・トゥ・マーズ-Mission To Mars(2000/5/28)

TVでやっている予告編を見たとき、私はこう思った。

「これは面白いかもしれない。しかしもしかしたら大はずれかもしれない」

そして不幸にして(私はこの映画に金を払ったわけだから)後者の予感のほうが正解だったわけだが。

この映画は細かいところを気にしていては見ることができない。何故すぐそこにあるヘルメットをかぶらずに薄くなる大気の中で作業し、わざわざ失神する危険を冒すのか。無用な感情が絡んではいけない危険なミッションに何故夫婦を同時に出すのか。(そしてその結果は犬死にの一歩手前となるのだ)そして何故地球と連絡を取らず単独で謎を解こうとするのか。

わざわざ危機を招くような事をして、その結果起こった危機を乗り越えることに感動を覚えることが出来る人が世の中に存在しているのかもしれない。しかし不幸にして私はそうした感性を持っていない。

プロットは「2001年宇宙の旅」の模倣。しかし原型である2001年のストーリーは重厚にして合理的かつExcitingだったのに、模倣の過程を経て生まれたこの映画のストーリーはご都合主義と感動強要の固まりになってしまった。(先ほど揚げた「細かい点」のうちいくつかは2001年に原型として[場合によっては似たセリフも]存在している。しかし2001年ではちゃんと理屈が通っているのだ)正直言って原型から数十年後にこうした映画を作れる神経というのは理解しがたいものがあるが。

この映画には火星にある人面岩がでてくる。おそらくNASAが発表した(もちろん光のいたずら、との注釈つきだが)人面岩に見える写真からヒントを得たのだろう。人面岩を画像解析(どんな処理を行ったのかは考えたくもないが)して涙が写って居るだの、口の中に歯が見えるだの、大騒ぎをしたり、金をもうけたりした人達がいた。

しかしその後より詳細に取られた写真には(もちろん)そんなものは何も写っていなかった。この粗雑な映画の存在も光のいたずらによって浮き出た人面岩と同じくらいはかないものになりそうだが。


 

今を生きる-Dead Poet Society(1998/6/8)

アカデミーオリジナル脚本賞受賞である。ついこの前、1998年の脚本賞受賞Good Will Huntingに脳味噌が吹っ飛ぶほど感動したこともあり、「アカデミーの脚本賞を受賞するくらいだから。。」と大分期待して見た。おまけに主演は同じ土瓶ウィリアムスである。

とは言っても映画館に行ったわけではない。ビデオで、しかも他人から借りて見たのである。従って私は一銭も払っていない。そしてそれはとても幸運なことだった。

この映画を最後まで見ることはできなかった。日本公開時のポスターでは「アメリカ版金八先生」というコピーがついていて「めちゃくちゃだ」と思ったものだが、案外的を得ているかもしれない。

私は金八先生が全く好きではない。しかし日本で多くの支持を受けたことは事実だ。しかしあのドラマを英訳して米国で放映しても彼らには全く受けないだろう。バックグラウンドの理解がないからだ。

この映画はその逆のケースかもしれない。私の目には信じられないほど退屈な映画だったが、米国で教育を受けた人には、ある程度の共感を催させる物なのかもしれない。私の目には単に退屈と写るいくつものシーンが、彼らには自分の体験と重ね合わせて、目に涙をうかばせるものなのかもしれない。

勝手な想像だが、この映画は多分「文部省特選」位になったのではないだろうか。そしてこの映画を見させられて、良いお昼寝ができた元中学生、高校生はきっと全国で少ない数ではないに違いない。

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注釈

日本の異常な描き方:とはいっても私は細かいところにこだわる偏執狂だからこうやって注記には書いてしまうのだ。

・陸海軍の高官と思われる人間が集う会議は屋外で、「皇国」だの「尊皇」だの書いたのぼりがある中で行われる。それに出席している老人は何故か空母上で攻撃の指揮を執っている。数人の海軍高官を一人にまとめたしか思えない。

・日本の軍人はみなかなりの老人で、東条英機ばりの丸眼鏡も多い。若い軍人のふんどしシーンが多いのは何故だろう。

・真珠湾攻撃の協議は「軍機密」(?)と書いた大きなたれまくがある屋外で行われる。プールには軍艦の模型が浮かべられ、ふんどし姿の人間がそれに何かしている。

・真珠湾という浅い海で魚雷を使用するため木製の板を付加したのは事実。しかしこの映画でのそれは着水の衝撃にも壊れず水の中を進む時もついたままなのだ。

・戦艦に命中した爆弾、飛行場に投下された爆弾は何故か時限爆弾のように爆発する。

・日本機には明灰白色のものと濃緑色のものが混在している。

・発進間際の日本空母上では何故か水杯が交わされる。

・甲板上で発艦の指示を出している人間は白い作業着ではなく、紺色の制服を着ている。

・P-40の最高速度は零戦のそれよりも高いのだが。

・東京に飛来したB-25を迎撃する高射機関砲の後ろには例によってわけのわからない漢語を並べた看板、のぼりがてんこもり。撃っているのは機関砲だが、空中に炸裂しているのは高射砲の砲弾。

・ヒーローが中国で日本兵に襲われたとき、日本兵の手榴弾を奪って投げつけるのだが、その手榴弾は米国式で、日本式ではない。

・最後にヒロインの声でナレーションが入る

「(B-25による東京空襲は)日本に敗勢を悟らせ、日本は兵を引いた」(とかなんとか)

実際に起こった事は正反対である。この空襲は兵を引かせるどころか、日本によるさらなる攻撃、ミッドウェー海戦を引き起こし、その戦いで米国が圧勝、本当の戦局の転回点になった。

もっともこんな「異常さ」はこの映画の中では「些細な」事柄だ。

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歴史的事実とか人間の現実のありようとかに全く敬意を払わず:そういう意味ではグラディエーター-Gladiatorも同じかもしれない。しかし何故かあの映画はアカデミー賞を受賞してしまった。本文に戻る

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