題名:巡り巡って

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日付:2004/8/14


霊山観音:京都府(2004/7/29)

一日のうちで最も気温が高いのは何時頃でしょう。答えは2時頃です。そして私は2時過ぎに強い夏日が照りつける中駅からでてバスに乗る。今日の目的地は清水寺の方と聞いているからその近くで降りればなんとかなるだろう。

などと簡単な予想に基づいてバスを降りては見た物の目的地はどこだ。さすがは観光都市だけあってそこら中に地図がある。じっとみると近くは近くだがここから清水寺に登ってはだめで、もっと横の方に行かねばならぬらしい。では、ということで歩き出す。

そろそろ登り初めてもいいかな、と思い坂を登り出すがそれらしき気配はない。再び地図を観るともっと横にいかなければ、ということで横に行く。再び坂を登ると三年坂とかいうところに来た。ここは普通の観光ルートらしくそれらしい店がたくさんあるが、地図をみるとまたもや横に行くべきらしい。てくてく歩き出す。途中家の塀に奇妙なお面のようなものがぶら下がっている。さて写真と思うが看板もぶらさがっており、著作権、なんとか権があるから写真をとるなら100円払え、と書いてある。100円取れる芸だと思っているのだろうかとぼんやり考えその前を通り過ぎる。

そろそろ暑さで頭はぼけるは全身汗だは結構なことになってきたところでようやく目的地の近くに着いた。なんとそこは以前来たことがある場所だった。そうか、ここだったか。。それとともに目的地がもう一つ増えた。ここから見えるところにはあれがあるはずなのだ。

しかし今は最初の目的地を目指さなくてはならない。坂を登ると(ここまでくると少しの坂でも結構こたえる)その姿が見えてきた。

霊山観音である。以前日本中の観光地についてあれこれ調べていたとき、日本全国にある大観音の一覧表を含む論文を見つけた。以下引用する。

北海道大観音(北海道芦別市)
釜石大観音(岩手県釜石市)
千台天道白衣大観音(宮城県仙台市)
会津慈母大観音(福島県河東市)
高崎白衣大観音(群馬県高崎市)
救世大観音像(埼玉県名栗村)
東京湾観音(千葉県富津市)
大船大観音(神奈川県鎌倉市)
慈母観世音菩薩大立像(石川県加賀市)
世界平和聖観音菩薩像(長野県山ノ内町)
霊山観音(京都府京都市)
世界平和大観音像(兵庫県東浦町)
小豆島大観音(香川県土庄町)
救世慈母大観音(福岡県久留米市)

約25m以上の大観音像をとりあげた。これに近いものとして「船岡平和観音像(宮城県・柴田市..24m)「平和大観音像(山梨県・韮崎峠..24m)」「大観音立像(奈良県・高取町..20m)」などがあげられる。
なおここでは岩壁に掘られた大観音像を除いている。例としては百尺観音(福島県・相馬市)大谷平和観音(栃木県宇都宮市)百尺観音(千葉県鋸南町)などがあげられる。

宗教的ランドマークの成立過程-大観音像を例として-
津川康雄 「地域政策研究」(高崎経済大学地域政策学会)第一巻第一号1998年10月 87項〜101項より

この一覧表を観るうち「よし、これを全部回ってやろう」という全く意味のない願望が芽生えたのである。そして霊山観音はこのリストにはいっている。

受付で300円を払う。初めてですか?と聞かれるからそうです、と答える。すると、この線香を正面にお供えして下さい。その後表から左の方に回ると膝の辺りに入れます、とのこと。線香を受け取ると観音様は正面に見える。

手前にある池がとても静かな風景に似合っている。下からぬっとつきでているのがもらった線香。右側に薄く青く写っているのは霊ではなく線香の煙。池を回り線香を供えると言われたとおり正面から左に回る。すると大きな足跡がある。

頭が沸騰状態になっていたので、説明があったかどうかも覚えていません。階段を上ると観音様の後ろにある入り口につながる。中には十二支それぞれの像がいる。

卯年の像の前に立ってみるが、別に顔がウサギになっているとかそういうことではない。出口近くにははしごがあり、上には鉄格子がはまっているがその先に何があるのかはわからない。

そこをでるとなにやら洋風の建物が見える。

MEMORIAL HALLと横文字になっているから何かと思えば、第二次大戦で亡くなった無名戦士を祀った場所だった。正面に大きな石碑が有るが、その脇にいるのはスタイルは西洋風だが顔つきは東洋風ともとれる像だ。

世界中にある無名戦士の墓から寄せられた土も棚に収められている。本当に多くの人が、戦士であるないに関わらず死んでしまったのだ、と少しだけ考える。

外に出ると夏の太陽がかっとてりつけている。そして私は次の目的地に向かって歩き始める。

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注釈