夏の終わり

日付:1998/10/25

五郎の入り口に戻る

合コン篇+引っ越し準備:1章 2章 3章 4章 5章 6章 

米国旅行篇:7章 8章 9章 10章 11章 12章 13章 14章 15章 16章 17章

引っ越し篇:18章 19章


11章

さて翌日私は日の出とほぼ同じ時間に目覚めた。そして周りはとても涼しくなっていた。

この文章のなかでさえもこの表現を何度使ったかわからないが、私は風邪を引いてしまった。そして再び鼻水がとまらない状態になってしまった。

しかしこの日は忙しい。そして明確な目的も定まっている。Free continental Breakfastという名前のコーヒー、牛乳、それに菓子パンを適当に詰め込むと出発した。目的地はStanfordだ。

朝日をあびながらひたすら疾走する。美しい言葉ではあるが、実際の私の姿は鼻水がとまらないものだから鼻にティッシュをつめてひたすら眠い目をこすり、途中でコーヒーを飲んではこんどはトイレを探しながら走り回っているだけだ。幸いにも私が来た国ではただで上等なテッシュを配ってくれるので、鼻紙がつきる心配だけは無用だったが。

基本的にここからの道は丘をいくつも越えていくような感じだ。そして多分San fransisco bayに出る前の最後の丘を越えるところで大変見物の光景がある。

それは丘を一面にうめつくしている風力発電のプロペラだ。よくもこんなに並べた物だ、というくらいたくさんのプロペラが立っている。またその種類も実に様々だ。本によれば風が強いときに威力を発揮するというまるいわっかをしたような形の風車は未だに回っているところをみたことがない。多くのプロペラは普通の風車だが、羽が2枚の物、3枚の物、支柱が一本のもの、数本のもの。何でもありだし、設置されている方向もまるで私が適当にならべたかのようにあちこちを向いている。もっともこの配置は(多分)異様に面倒な検討の末決定されたのだろう。どこから風がふいても全ての風車が同時に回ることはないが、たいていなにがしかの電気は起きるようになっているのではないか。

私が勤めていた会社もこの風車を作っていた。ここにあるかどうか知らないが、私が長崎にある工場に行ったとき、試験用に一台だけ立っているのをみたことがある。その時は「なんつー巨大なもんだんべ」と思ったが、この風景のなかではおもちゃの風車のように小さく見える。

 

その最後の丘を越えるとあとは基本的にSan Fransisco Bayが広がる斜面を(斜面というほどの傾斜はついていないが)降りていくことになる。そこで私は2-3度道を間違えた。San Fransisco Bayには2-3本渡ることのできる橋がかかっていて、特に夜間の眺めはすばらしい。今日は昼間だがまあせっかくきたんだからそこを通ろうか、、と思っている間に通り過ぎてしまった。ここ数日は道が不安になれば、フリーウェイの真ん中だろうがどこだろうが車をとめて地図を確認すればよかったが(というかまず道に迷う可能性もほとんどなかったのだが)こんなところでそれをやれば、数秒後に車の残骸のなかでミンチになっているのは明らかだ。

途中で何どもひどい疑心暗鬼におそわれながらも懐かしの道に戻ってきた。Californiaを南北に走っているHighway 101である。ここにでればあとはなんとでもなる。

Embacaderoという出口でハイウェイを降りると、Stanfordは目の前だ。例によってスタジアムの裏にある大きな看板には1-800-BEAT CALという番号にかけてね、という文句を含んだ大きなフットボールの宣伝が書いてある。看板の図柄は毎年変わり、今年はヘッドコーチが半分くらいの大きさだ。このコーチはAfrican-Americanなのだが、笑ったのを見たことがない。眼鏡をかけていつも思考に沈んでいるような顔をしている。

看板に書かれた日程を確認すると確かに今日は試合がある。相手はNorth Carolinaだ。

 

ここで米国のCollege Footballについてちょっと説明をしたいと思う。今後の記述に関して私が何を言っているか(ここまで読んでくれている奇特な人がいると想定しての話だが)わかってもらうために必須だと思うからだ。

米国には山のように大学がある。実際いくつあるのかよくわからないほどだ。そして米国の4大スポーツといえば、1にFootball,2にBaketball, 3がBaseballで、4がHockeyだ(と思う)この中でどれが一番人気があるかといえば、エリアにもよるのだが、私はFootballだと思う。従って全米に大学のFootball チームも星の数ほどあるわけだ。

とはいっても全部が強豪というわけではもちろんない。一部リーグ、2部リーグのような区分けがある。区分けはあっても母数が大きいものだから、日本で一部リーグとでも言うべきDivision I-Aだけでも山のようにチームがある(星の数から大分減ったでしょ)おまけに全米にちらばっているものだから、それぞれの地域で(地域と言っても日本全土と同じくらい広かったりもするが)リーグを作っている。

私が愛するStanfordが所属しているのはPAC-10というリーグだ。名前の通り西海岸の三つの州(Washington, Oregon, California)に存在するDIvision I-Aのチームのうち10校が所属している。

さてこうした類のリーグはやれBIG-10だの、やれBIG-12だのやれSECだのたくさんある。しかしなぜだか毎週(それどころかどころかシーズンが始まる前から)NCAA-Football全米ランキングといったものが発表されている。こんだけちらばっている大学に対してどうやってランキングをつけるのだろう?と最初はずいぶん疑問に思った物だ。

答えは「人気投票」である。では誰が投票をするのか?

米国らしくこうしたランキングが一つの「権威ある組織」にまとまることはない。AP通信社主催の、スポーツ記者の投票によるランキングと、CNN/USA-Today主催によるFootball のコーチ投票によるランキングが存在している。しかしいくらスポーツ記者だ、コーチだと言ったところで全てのチームを客観的に見ることなどできない。つまりかなり定量化できない要素が残るわけだ。したがって全勝だからと言って、No1になれるかと言うと、必ずしもそうではない。弱いチーム相手に全勝しているチームよりも、強い相手とやって2敗しているチームが上位にいる、なんてのはざらだ。もっとも全米No1になろうと思ったら、全勝かあるいは全勝に近い成績を上げる必要があるのはもちろんだ。

 

さてこのランキングであるがだいたいTop25ということで25位まではちゃんと発表される。その後に「他に票がはいった大学」というのが数校あって、あとはランキングとは無縁だ。

私の愛するStanfordは例年そんなに強くはない。このランキングに縁のない年のほうが遙かに多い。しかしこれにはちゃんと理由がある。ProのFootballであるNFLの全米No1を決める試合、Super Bowlを何度も制したことがあるBIll WalshというコーチがしばらくStanfordのコーチをしていたことがある。そして彼がラジオで言っていた話しというのが

「Stanfordは選手に大変厳しい成績上の要求を科している。Florida St.(ここは毎年コンスタントにランキングの上位に顔をだす大学だ)の選手は一人もStanfordではプレーできない」

日本では特にスポーツの有名な大学で、体育会の選手ともなれば勉強のほうはまあ、、、というところなのだと聞いている。しかしこちらでは、少なくともStanfordではそうはいかない。だいたい私の知っている限り体育学科の選手というのはいない。私がいたころのすばらしい選手で、ドラフト8位(全米で星の数の何乗で存在するプレーヤーのなかから8位というのは偉大なことだ)でプロ入りしたTommy "Touch Down" Vardellという選手は専攻がMechanical Engineeringであった。おまけに彼は学業不良のため、5年間大学にいた。彼が最後のシーズン、人前に出ると"One more year ! One more year!"という声援を浴びた物である。おまけにどんなにすばらしい選手であっても、NCAAの要求する学業の成績の規定に達しないと出場が不可能となってしまうのである。

これは他の有名校でも事情は一緒である。超有名校のNotre Dameという学校がある。1992年にStanfordはAwayでこの学校に勝っている。この年Notre dameはNational Championをねらおうかという勢いだったのだが、この負けでそれはパーになった。

このときのNotre dameのコーチの言い訳というのが傑作である。

「この時期は中間試験があるから、プレーヤーは疲れていたんだ。」

その後プロにNo1かNo2でドラフトされたQBがいた。この年はこの男の最後のシーズンだったのだが、この試合の前の火曜日。試験準備で午前2時まで起きていたそうである。しかしそんな有名選手であっても学業に言い訳は許されない。

 

などといろいろ言い訳をしてみたところで全般的に愛するStanfordは強くないのである。しかしこれが不思議なところなのだが、ときどき突発的に強くなる。私がいた最後の年は最終的に全米ランキングにはいったし、次の年は最後は全米No8でシーズンを終了した。「おお。これはすごい。本当にStanfordは強くなったか」と思ったらその次の年はなんとPAC-10最下位だった。こうして人を持ち上げて置いてどっと落とすのも愛するStanfordの得意技である。「1%の希望は時として完全な絶望よりもたちが悪い」というのは私が常々真実である、と実感している言葉だが、Stanfordも何度もこの言葉の意味を私に教えてくれる。

さてここ数年母校の調子はあまりよろしくない。3年前は結構よかったのだが、2年前はまあまあ。去年は今ひとつだった。そして今年は開幕戦にいきなり各下(と思われている大学)に負けを食った。そして次の試合も負け。今日がシリーズ第3戦である。

さて日本でStanfordのスケジュールをチェックしたとき、私はこの日の相手がNorth Carolinaであることを知ってがっかりした。この大学は去年シーズン半ばまで無敗で全米のTopを争っていたところなのである。年がかわると結構浮き沈みがあるものなのだが、全米のTopを争った大学が一年にしていきなりとても弱くなるなんてことはあまりない。となれば今日の相手はとても強いかも知れない。私が楽観的になっていい理由はどこにもない。

 

さてその看板を見ながら私は左に曲がった。まずは宿を確保しなければならない。この日は明白に目指すところがあった。Stanfordから歩いていける(おそらく唯一の)モーテル、Stanford Terrace Innである。なぜ歩いていけることにこだわったかというと、Stadiumの近くで駐車場を探すのが難しいのではないか、という危惧があったからだ。歩いていけるのであれば(そうとう距離はあるが)モーテルに車をおいててけてけと行けばよい。

 

 さてこのStanford terrace Innというのは結構因縁がある場所なのである。いろいろな事情で急に外にとまらなくてはいけなくなったことが何度かある。そのたびにまずここに来た。しかしいつも満員で"Sorry"と言われておしまいだったのである。

そんなこともあって今日は早くこねばならん。。。ついたのはおよそ11時頃だったか。

カウンターに居たのはAfrican-Americanの女性だった。愛想良く「部屋は用意できるわよ。ちょっと待っててね」といわれた。いくら?と聞いて腰を抜かしそうになった。当時は円が安かったから、日本円になおすとおよそ2万円である。しかし私はにっこり笑ってOKと言った。まあそんなに何度もあることじゃないし。

さて部屋の準備ができるまで、ロビーに座ってそこら辺の人達を観察していた。まず近くにいるのはおそらく中国人の夫婦二人組である。話の感じからして、Stanfordの入学式に来て、その帰りだ、という感じをうけた。考えてみればもうすぐ新学期が始まる季節だ。Stanfordは目の玉がとびでるほど学費が高いし、親の苦労は大変なものだろう。苦労に加えてこの夫婦達はもともと金持ちに違いない。苦労だけではできないことも世の中には多い。

そう思って他の人達を見ると、ここはEurekaで私が出くわした光景のちょうど対極にあることに気が付いた。あのときは私の格好はおとなし過ぎて浮いていたが、ここでは貧乏そうすぎて沈んでいる。

しかし基本的に周りのことが気にならないのがアメリカの良いところだ(と少なくとも私は思っている)だから平気でじろじろ周りを観察していた。目の前にプールがあり、そこで遅い朝食などとっている連中がいる。私はスーツの善し悪しなど分からない人間だが、それでも連中が来ている物が高価そうであることくらいはわかる。周りはまるでBeverly Hills 90210か、刑事コロンボの世界を地でいくような連中ばかりだ。

 

さてようやく用意のできた部屋に荷物を置くとひたすら歩き出した。確かにこのホテルはStanfordに隣接しているのだが、それはここからStadiumまで近い、ということではない。昔Stanfordに行く前、同じくStanfordでの留学経験のある先輩に「むこうについたら、まず何をしたらいいでしょう」と聞いたら「とにかく自転車を買え。自転車がないと何もできない」と言われた事を思い出す。それから何度かその言葉を実感する機会があったが、今日もその言葉を懐かしく思い出した。目的地は分かっているし、一生懸命足を交互に動かしているだが、周りの光景はじれったいほどゆっくり変わっていく。

よれよれになりながらなんとかStadiumについた。まずはチケットの窓口を探さなくてはならない。実は米国に来る前、日本でインターネットでチケットを買おう、と試みはしたのである。しかしさんざん電話料金を使いはしたが、結局どこで購入できるのかわからなかった。もしここまで来てチケットが購入できないとすると、、、という恐怖感に一応とらわれてはいたのである。さてチケットカウンターに行ってみると、ほとんどClosedだが一つだけ空いている窓がある。その前には男の人がたってなにやら交渉している。これを見て私としてはほっと一息だ。なにやらチケットは購入できるらしい。

そのおじさんが行った後に、中にいる女性にHiと挨拶した。彼女が言うには、Sun shine sideとそうでないサイドとあるという。どちらにする?と聞かれたが、私にはなんのことかわからない。何のことだ?と聞き返すと、ぺらぺらと説明してくれた。Sun shine sideというのは文字通り西日ががんがん当たるサイド。こちらは学生席でもある。反対側は西日から逃れられ、かつ周りにすわっているのは一般客のサイドである。こちらの客はとても上品だ。

こう聞けば私の判断は一つだ。迷わずSun Shine sideにしてくれ、と頼んだ。しかもなるべく上の方で。

Stanfordの学生であったころは(あたりまえだが)学生席で見ていた。そして私はStanfordの応援風景がとても好きなのである。この際日差しはどうでもよい。去年米国幽閉の間に一度一般席で試合を見たことがあった。滅多に周りの観客は立ち上がったりしないから、落ち着いて観戦できると言えば言えるのだが、今ひとつもりあがりにかける。もっともこれはもちろん私の視点からである。周りの人からみれば、ボールが前に進めば喜び、後ろに進めば悲鳴を上げてはねまわっている男のほうこそめざわりだっただろう。

さて見事にチケットを購入した私は大変ご機嫌となった。今日の空はまた抜けるように青い。時間は12時。さてこれからどうしよう?

最初考えていたのはチケットが購入できれば、一度モーテルに帰ってお昼寝でもするか、ということであった。私はお昼寝が何よりも好きな人間である。しかしモーテルまで歩く距離に思い当たった時、私はそれがあまり魅力的なオプションでは無いことに気がついた。あそこまで歩くのには多分30分くらいの時間がかかる。往復で1時間だ。試合開始は3時半だから、それまでに戻ろうと思えば、昼寝ができるのはたかだか2時間だ。1時間かけて歩いて、2時間昼寝をする、ってのは今ひとつ馬鹿げている気がする。おまけにここまで歩いてくるのに結構疲れてしまった。

そう考えた私はここから学内でぶらぶら時間をつぶすことにした。まずは定番のBook Storeに行ってみる。ここはBook Storeと言いながら、土産物屋も兼ねているので大変たくさんの人がいる。その人達を見ていると、どうみても新入生の両親としか思えないような人達がたくさんいた。となると過去あまり遠くない時に入学式が行われたってのは結構説得力のある仮説のような気がする。

さてこの日入り口の扉をくぐってまず気が付いたのは山とつまれているAppleの新型コンピュータ、iMacである。山と積んで宣伝をやっているのは、まあ日本でも同じなのだろうが、この日は「さすが米国」と感心させられることが一つあった。売り子の一人が、iMacと同じボンダイブルーに髪の毛を染めていたのである。

その山を横目でみながらコンピュータ売場に降りた。Apple本社がここから近いこともあり(Apple本社どころか大抵のコンピュータ関連企業の本社はここのご近所だが)昔Stanfordは完全なApple社会で、IBM-PC など持ちこんだ人間は悲惨な目に遭った者である(日本人の中には今は無きPC-98などを持ち込む人間もいたが、それらは速やかに漬け物石となる運命にあった)

今は状況も変わった。このBook Storeの中のコンピュータショップにもSilicon Grahpicsのワークステーションとならんで、堂々とIBM-PCが並んでいる。しかし主力がMacintoshであることには変わりがない。

へれへれと見ていると、電話回線を使ったTV電話システムのデモをやっていた。Tシャツをくれるというので、名前を書いてやってみるとこれが本当にちゃんと動く。私もこれからは親元から遠く離れて住むことになるから、こんなTV電話システムでも買って親に顔を見せるのはいいこともかもしれない、と一瞬考えた。しかし次の瞬間そういうことをやるなら、ちゃんと結婚して子供ができてからにしようと考え直した。親にとってみれば独身で無精ひげを伸ばした中年の子供の顔などみても楽しくないに違いない。楽しくないどころか、こちらにフラストレーションが向かってくる可能性だってあるじゃないか。

それからの1時間あまり、Stanfordの中をふらふらしながらすごした。学内にあるコンビニでパンをたべて昼食にした。気候は暑くなく、寒くなく。外でパンなどかじるのにちょうど良いくらいである。足を延ばしてぼーっとしていると、Stanfordはこんなに美しい場所であったかと目が覚める思いがした。空は青く光りはあふれ、人々は平和そうにのんびりとしている。

この光景が私がいたころと変わったわけでは無かろう。変わったのは私の心持ちの方だ。気楽な学生生活であったとはいえ、それなりにプレッシャはあったのだ。毎日の宿題。学期末の試験、それに会社とのうんざりするようなやりとり。異国での一人暮らし。。そのプレッシャが私にこの場所の美しさを気が付かせなかったのだろう。立場が変われば違うものが見えてくる。それはもともとあったものと言えるかも知れないし、いずれにしろ心の中にうつる像はその人次第、と言えるかも知れない。

 

しばらく学内をうろちょろしたあげく、かなり早いがスタジアムに向かうこととした。とにかく座ってぼーっとしているというのは私の得意技だ。

 

試合開始まではまだまだ時間があるのに、スタジアムの周りは結構な人出である。駐車場ではみんなテールゲートのBBQをやっている。ワゴン車の後ろを開けて、そこからいろんなものを引っぱり出してBBQなどつつきながら、あるいはポータブルのTVで全国のFootballの試合の途中経過など見ながら、のんびりと試合開始を待つわけだ。だいたいこういうことをやっているのは中年以上の家族連れである。駐車場完備の米国ならではの光景と言えるかも知れないが、いつもながらこの光景はうらやましい。光があふれる土曜の午後をのんびりと楽しもうという気分が満ちあふれている。日本では「楽しもう」というとどうも「悪ふざけ」と同等に思われている節があるが、こちらの光景にはどことなく落ち着いた余裕が感じられる。-おそらくこの「余裕」については後に応援風景のところでも触れることがあるかもしれない-

ゲートをくぐると1年ぶりのStanford stadiumだ。なるほどSunshine sideというだけあってこちらの方はすごい西日があたっている。それをものともせず下のほうで、はだかで騒いでいるのは学生の連中だ。しかし今日は一段とすさまじい気がする。

これは想像だが、おそらく入学式を終えたばかりの新入生が山ほどいるのではなかろうか。彼らにしてみれば念願の大学に入っての第一戦だ。気合いがはいらないわけがない。やたらと"Class of 2002"というTシャツを着ているやつが目に付く。なるほど。今入学すれば確かに卒業するのは2002年なのだ。そして彼らが後から後から団体でStadiumにはいってくるにつれ、スタンドは異常に華やいだ雰囲気となってきた。

こちらのCollegeの応援風景でよくみるのだが、上半身裸で、今日であればS,T,A,N,F,O,R,Dと腹に書いた7人組、というのが結構いる。以前学生席で見ていた頃は、こういうのが3組くらいいれば多い方だったのだが、今日は数え切れないほどこうした7人組がいる。中には黒い(なんと読んだらいいのか知らないのだが)腹だし肩だしTシャツの様なのを着ている女の子の7人組もいる。多分へそのあたりに小さく文字を書いているのであろうか。

こうした若々しい連中を見ながら、私は一抹の不安にとらわれていた。今日の試合結果如何では彼らは2度とあのようにのりのりな応援風景をみせてくれないかもしれないではないか。前述したが、今日の相手は大敵であり、今年のStanfordはお世辞にも好調とは言えないのである。勝負の世界とは非常な物であり、観客はそれに輪をかけて正直だ。勝てばわらわらと試合に集まるが、負けが混めばさっさと試合から遠ざかってしまう。別に私はStanfordホームゲームの観客動員数に責任を持っているわけでも、あるいは給料が影響されるわけでもないのだが、愛する学校の試合はやはり盛り上がってほしい物ではないか。

それにしてもすごい学生の数だ。特に女の子が目に付く。観客の多くは白人だが、彼女たちもこのお年頃は大変きれいだ。ここからどのような過程を経て、あの肥満に悩む中年女性の群に変化するのか定かではないが、試合が始まるまでのしばしの間私の目尻は結構だらしなく下がっていたかも知れない。この記述を読んで「ふけつ!」と思った女性が居たら、この場に招待したいくらいだ。上半身はだかでむきむきの、白人若者男性連中を見て、きゃーきゃー言いたくなる人も居るだろう。

 

さて、ものすごい日差しを浴びながらもとうとう選手入場だ。入場と共にLeland Stanford Junior University Maching Band, 略称LSJUMBがテーマ曲とも言うべきAll right nowを演奏する。この曲はStanfordが得点したときにも演奏されるのだが、私は「ああ。この曲を今日再び聴くことはあるのだろうか」と不安に思っていた。

さてここで、これまた愛すべきLeland Stanford Junior University Maching Bandについてもちょっと書いておこう。各大学には、マーチングバンドがついているところもあるし、ついていないところもある。そして大体どこのマーチングバンドも(名前に書いてある通りだが)幾何学的なパターンを描きながら、歩いて演奏を行う。私が知っている限りでこういう正統派のマーチングバンドで一番見事なのはUCLAのものだ。

LSJUMBも一応マーチングバンドと称している。しかし連中は、歩きながらの演奏は滅多にやらない。それどころか真面目に列になって歩くと「おい。あいつらちゃんと歩いてるぞ」と観客席からどよめきが上がるような始末だ。基本的に彼らは歩くときはだらだらと勝手に歩いている。そして抽象的なパターンの位置まで走っていくと、そこから演奏を始める。演奏が終わると別のパターンを作る。その繰り返しである。

これだけでも彼らは十分変わっているのだが、それに加えて通常彼らは私たちの仲間内では「チンピラバンド」と呼ばれている。Stanfordのシーズン最終戦が全国TVで中継されたことがあったのだが、このとき連中は新郎、新婦(全員男性だが)の格好をしていた。バンドが大写しになってアナウンサーが

「Hey,この男の格好見て見ろよ。あのドラマー。ウェディングドレスか?」

という。すると解説で呼ばれている以前Stanfordのコーチをしていた男は(答えにくそうに)こう答える。

「LSJUMB,連中はNotorious(悪名高い)。連中は確かにある種の評判をとっている。時には大変疑問のある評判だが」

1991年には、Oregon大でのゲームで当地の環境問題の争点になっていた「フクロウ」の保護を揶揄するようなジョーク(笑えない)を飛ばし、連中は数試合出場停止になった。いつもあれるシリーズ最終戦は、相手校の観客と乱闘を演じたり、まあいつも期待と不安に背かないだけのことはやってくれる。しかしこうしたバンドのいいかげんさが、結構私の性分にあっているのも事実なのだが。

 

さて続いて国歌斉唱。このときばかりはかのチンピラバンドも静かだ。いつもながらこの米国の国歌というのはスポーツの試合の冒頭に演奏されるために作曲されたのではないかという気がする。親愛なる君が代も好きではないが、どうもあれを聞くと大相撲の表彰式が頭に浮かんでしまう。この国家というのは歌いにくいことでは定評があり、よくプロの試合では地元のアマチュアが歌ったりするが聞いている方はその間結構どきどきものである。いつ間違えるともしれない歌を聴くのは大変心臓に悪い。ちなみにこの国家の歌詞は日本の基準で行けば結構驚き物である。戦後歌われなくなった第4番にはとんでもない歌詞が含まれている。しかし戦いの中から産まれてきた国と、いつ、どうやって産まれたのか誰も知らない国の溝は結構深くて長い気がする。

さてこっから試合となるわけだが、この模様は当日私がNifty serveのAmerican footallフォーラムに投稿した内容を見てもらおう。試合内容に興味の無い人はすっとばしてください。

 

-(引用ここから)-

さてNorth CarolinaのKick Offで試合開始。1QいきなりStanfordが2回FGを決めます。TDに結びつけられないということもできますが、まずはめでたしめでたしでしょう。特に理由もなくぼろ負けの予感におびえていた私としてはほっと一安心です。North CarolinaもFGを返して、Stanford 6-3North Carolinaで1Qは終了。

 さて2nd Q、Stanfordは待望のTDを決めます。これで13−3だあと喜んだ次の瞬間。まずNorth Carolinaがどーんとパスを通します。うーむ。これは、、、と思ってると、次のプレイもパス。あらCorner BackがWRに抜かれたな、、ちょっと待て。Safetyはどこだ?

誰かアサイメントを忘れたのか、あるいはNorth Carolinaが巧みだったのか。。あれよあれよと言う間に69 yardのパスとなって13-10です。

うーむと思っているとStanfordのQB、Husak君が見事にパスを決めて、Stafnford 20 - North Carolina 10。今日はHusak君、結構追いかけ回されたりしていたけど、そこから正確なパスをばしばしと決めていました。去年MONTANAさんにほめてもらったのもわかるような。。あとRedshirt freshmanのHalf Back, Wire君もすばらしい活躍です。

その後North CarolinaがFGを決めて、結局20-13で前半終了。

さてハーフタイムショーは例によってLSJUMBが何かやってますけど、今ひとつ彼らの芸は何が面白いかわからない。。

 

さて後半。8分過ぎにWIRE君がボールをもらって走るのかな、、と思ったらいきなりパスを投げて、これが見事に26yardのTD Passとなりました。これで27-13。学生席は大騒ぎです。なんとこれで2TDのリードだ。。。あと一つリードが加われば今日は行けるかも知れない。。

などと甘いことを考えるとろくな事はありません。North Carolinaのリターナー、GODWIN君は今日やたらとPuntだろうがKick offだろうが戻してくれるなあ、、と思っていたら、なんと次のKick offを100yardのKick off return TD.これで27-20。まだ1TDリードしているとはいうものの学生席に暗雲が漂い始めます。

そう思ってると次のシリーズで、最後はNorth CarolinaのQB、CURRY君が、ショットガンのフォーメーションから真ん中をついて見事に8 yard RunでTD。とうとう27-27となってしまいました。この時点で流れは完全にNorthCarolina.学生席からは帰る奴まででてくる始末です。(しかしこっちの観客ってあきらめがいいですねえ。。)

さてまたもやStanfordのKick off.またもやあのリターナーが待っている。。。と思ったら彼がボールをハンブル。ターンオーバーで、StanfordはこれをTDに結びつけます。残り10分あまりでStanford34 - North Carolina 27のリード。

 

ああ。時間が早く過ぎてほしい。。という私たちの祈りをよそに、North Carolinaはわらわらと進んできます。ところがFGレンジに入ったところでNorth Carolinaがペナルティを連発。やれありがたや。これでFGも無理かも知れない、、と思ったら今度はショットガンからばんばん前進してくる。残り3分20秒で再びTDを決めて34-34のタイです。

しかしStanfordも負けていません。次のシリーズでHusak君のパスがばりばり決まり、敵陣30yard近辺まで進み、3rd Down 1となります。よし。ここまで来れば最悪でもFGがけっ飛ばせるだろう、、と思ったらHusak君がサックをくらって後退。結局パントに終わります。

この時点で残り時間は1分少々。このパントを敵陣2yardに落としたものの、これで後はオーバータイムにかけるしかないのだろうか、、と覚悟を決めかけていたのです。しかしどうも親愛なるStanfordはオーバータイムで勝てる気がしない。。

さてゴール前からの攻撃。North Carolinaのパスを見事にインターセプト!と思った瞬間に黄色いフラグがひらひらと舞う。。。なんとStanford はフィールド上に12人いたのでした。こういうところで間抜けなPenaltyをやってくれるところがStanfordらしいですね。

なんて言っている場合ではない。ペナルティのおかげでNorth Carolinaは窮地を脱して、次の攻撃、QBがボールを抱えてわらわら走ってきます。。先ほどのTDの悪夢が脳裏をかすめたその瞬間、

 

なんとQBがファンブル。それをStanfordがリカバーしました。まだ先は遠いけど、とりあえずこちらの攻撃です。

さてHusak君頑張ってくれよ、と祈りを捧げていたところ、いきなりHusak君が怪我して交代になってしまいました。今日彼はすばらしく活躍していたので、こんなところで退場とは。。。代わりに出てきた11番のQB(すんません名前も覚えてないんです)の背中が限りなく頼りなく見えたのです。 

次の攻撃、11番のQBがボールをもってうろうろ、、と思ったらいきなり走り出す。これが早い早い。なんとゴール前2yardまでの大ゲインです。この時点で残り時間は数秒。

そのあと2ヤードが進めず、残り2秒になったところでStanfordのKicker,Miller君の出番です。彼は今日FGは全て成功。位置的にはPATと同じようなところ。学生席は今まで後ろの方で冷静に見ていた人達まで立ち上がって上を下への大騒ぎです。

さてMiller Timeだ。。。というところでTime outを3つ残していたNorth CarolinaはここからTime outを3つ連続でとります。Stanfordサイドからはブーイングの嵐。

ところがStanford側でこの3連続Time outを多いに活用していた人達がいました。それはだれでしょう?

答え:Leland Stanford Junior University Marching Band

彼らの決して多くは無いであろうレパートリーを次から次へと演奏して大受けです。

さてさしものNorth Carolinaも打つ手がつきるときが来ました。Miller君がけっとばしたボールは、、It's Good!同時に試合終了です。

Final Score:Stanford 37 - North Carolina 34

このときほど学生席を選んでよかったと思ったことはありません。静かな人が多い後ろのほうで、一人で踊っているアジア人の男は周りからみれば異様だったかも知れませんが、とにかく私は幸せだったのです。

Stanfordの試合を私が見るときは、これで1991年のNotre Dame戦で負けたのが最後であとは連勝です。(といってもここ数年は去年のThe Big GAMEと今日の試合しか見てないけど)愛しのStanfordはいけるかな、、と思ったときには必ずこけてくれますが、Stanfordのファンをやっているとこういう幸せな日もあるな、、と感慨を深くした一日でした。

 

-(引用ここまで)-

 

さて長々と引用したが、言いたいことはただ一つ。すごいシーソーゲームで、かつ最後は時間切れと同時のField goalで勝利した。私はとてつもなくご機嫌になったということだけだ。ただ観客席の様子についてはちょっと書いておきたいと思う。

先ほど書いたように、観客席の半分から下の方は、ぎゃーぎゃー騒いでいる学生でうまっている。上のほうに行くに従い、人はまばらになる。一応ここはStanfordの応援席で、相手のNorth Carolinaの席は別の場所にあるのだが、上のほうに行くとNorth Carolinaのファンの人も座っている。

何故見分けがつくか?応援や喜んでいるポイントでも見分けが着くが、基本的には着ている洋服の色で分かる。こちらの大学のチームには大抵愛称がついている。日本だったらやたらとかっこいい名前ばかりつけるのだろうが、こちらのネーミングのセンスというのはちょっとかわっている。ProのNFLのチームだが、Oilersというやつがある。日本語で言えば「石油屋」である。彼らのトレードマークは石油発掘のやぐらだ。このほかにもミツバチとか、イノシシとかいろいろ変な愛称がある。

Stanfordの愛称はCardinalだ。Cardinalsと複数形になると、これはアメリカでよく見る深紅鳥のことなのだが、単数形だと緋色、枢機卿が身につける色のことになる。従ってStanford関係者は基本的に赤い格好をしている。ちなみに私はちゃんと赤いシャツを着ていったが、熱くなったので脱いでしまった。下に着ていたのは黒のTシャツである。これではどこの人だかわからない。このTシャツの色はこの日唯一の失敗だったと思っている。対するNorth CarolinaはTar Heelsという愛称であり(未だに意味を知らない)チームカラーは明るい水色だ。従って着ている物がだいたい赤ければStanford,青ければNorth Carolinaのファンというわけだ。

さて同じエリアに相手の人間が居て、問題がおきないか?これが不思議なことだが、全く問題が起きないのである。観客は結構熱狂的に応援をしている。しかし隣に座っているのが相手チームのファンであっても全く意に介さない。お互い平和に共存できるのだ。これは私が知っている限りではどこでもいつでもそうである(もちろん不名誉な例外はあるだろうが)

私の近くに一団のNorth Carolinaのファンがいた。一人あまり戦術に詳しくはないけど、熱狂的なヤツがいて(まるで我と我が身を見るようだが)何かあると友達に「あれは一体なんなんだ?」とか質問して、友達が冷静に答えていて、はたで聞いていてなかなか勉強になった。この連中もぴーぴーわめいてはいるのだが、観客同士で殺気だった怒鳴りあいになったりはしない。

これが私がアメリカの観客を見て「余裕」を感じる理由である。彼らがやらかす馬鹿げた格好やら、さわぎやら、というのが日本人がとうていまねのできるところではない。実際負け試合であっても観客だけ見ていて楽しめるくらいだ。しかしそれはあくまでも試合を応援する中での話し。仮に相手のチームを応援するヤツが隣にいても、それはそれでいいじゃないか。別に個人的に連中に恨みがあるわけでもないんだしさ。スポーツ観戦は趣味でやってるんだからリラックスして楽しもうよ、という雰囲気が感じられるのである。

ところが真面目な日本人となるとこうはいかない。皇国の興廃この一戦にあり、みたいな感じで必要以上にエキサイトする。別に試合に負けたからと言って、国が滅びるわけではないのだが、負け試合になれば物を投げるは、客席で揉めだすは、大騒ぎである。おまけに応援も生真面目に誰かの奏でる音楽に合わせ、皆と同じメガホンを同じ拍子でたたかなくては気が済まない。

私は日本風の「笛や太鼓に合わせて唱和する」応援風景は性に合わないという信条の持ち主であり、Stanfordのでたらめな(実際Stanfordほど合わせて応援しない大学も珍しいと思う)応援は大変性に合っているのである。そうして楽しく応援した結果が劇的な勝利だ。これがごきげんでなくてなんであろう。

試合が終わった後もしばらく学生席の騒ぎと一緒にひとりでぴょんぴょんはねていた。遙か向こうに視線をのばすと、とても美しい夕暮れの景色が広がっている。おそらくは湿度が少ないためだろう。遠くまでとても細かい景色がはっきりと見える。丘の上にある大きなパラボナアンテナが茜色に染まっている風景は何度も見たはずなのだが、初めて見た風景のように見える。私はこんなきれいな景色の中に2年も住んでいたのか。。しかし当時はそのことに少しも気が付かなかった。こうして日常の中で見過ごしているものは他にいくつあるのだろう。

 

半ばSkipしながらモーテルに帰って、車にのって韓国料理を食べに行った。私は米国で食べるビビンバが大好きだ。久しぶりになじみの店に行ってみるとオーナーが変わっているらしい。店はあるのだが、雰囲気が全然変わってしまっている。私はどう見ても韓国人に見えるだろうから、ウェイターがいきなり韓国語でしゃべりかけてもにっこりわらって英語で受け答えするだけだ。

ビビンバの味は昔と変わらず大変おいしかった。モーテルに帰って先ほどの投稿した文章を一気に書き上げると、その日は幸福に包まれて眠りにつくことになった。

明日は結婚式だ。

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注釈

1%の希望は時として完全な絶望よりもたちが悪い:(トピック一覧)トピック一覧経由関連部分を見てもらうとこのセリフをどこから引用したか分かってもらえる。本文に戻る

 

Beverly Hills 90210:日本では「ビバリーヒルズ青春白書」の名で放映されている。とにかくBeverly Hillsの金持ち連中の物語、、、らしいのだが、実は一度もまともに見たことがない。だから参考文献には載せない。最初にいた人種が数種類まじったような女の子が好きだったが、めちゃくちゃわがままらしくおろされてしまった。米国がすごい階級社会であることを知らないと、このドラマにでてくるような世界が米国だ、と思ってしまうかつての私のような人間は結構多いだろう。本文に戻る

 

日本風の「笛や太鼓に合わせて唱和する」応援風景は性に合わない:(トピック一覧)おそらくあれは盆踊りなどに根付く「みんなで同じリズムで唱和する」という伝統の現れと思うのだが。本文に戻る