2024-10-07 13:39
米国の大統領選まであと1ヶ月ほど。チラチラと目に入ってくるトランプは明らかに衰え、老けている。活力もなければ、説得力もない。ディベートで指摘された通り、聴衆はあまりに退屈なので集会から早めに退出しているようだ。
にもかかわらず
いまだに選挙の行方はよくわからない。というかヒラリーが勝つと予想されていながら負けたように、今の時点で勝敗がわからないということは、トランプに有利なのではないかと思っている。いずれにせよ結果が出るまでわからないことだが。
トランプは裁判で有罪判決を受けた人間だが、それは米国の有権者にとってどうでもいいことのようだ。いうことなすことほぼデタラメだが、それもどうでもいいらしい。米国の有権者のほぼ半数の考え方というのは、私の理解を超えたところにある、と思っていた。
しかし
日本の自民党の総裁選は少し前に終わった。「なぜこの3人?」というのが誰もが疑問に思うところだろう。もっと言えば、高市氏とトランプには類似性がある。両方ともわけのわからないことをやり続けながらなぜか支持される。いまだ誰が高市氏を支持しているのかわからない。私の周りに高市氏を支持する人がいないからだが、私の米国在住の友人でトランプを支持している人間がいないのと同じことだろう。すなわち皆自分の同類という狭い世界であーだこーだ言っているだけなのだ。
米国の最高裁は「大統領が公務での行為に関しては法律から免責される」というとんでもない判断を示した。この判断が覆るまでは、米国の大統領はなんでもやりたい放題である。街で出会った人間をランダムに撃ち殺しても「公務だ」と言えば罪に問われない。もちろん弾劾裁判という仕組みはあるが、共和党がトランプ党であり続ける限り弾劾が可決される可能性はない。すなわちトランプが大統領になったら彼は法律の上に立つ存在になる。
なぜこういうことを許容するかも理解の外にある。というわけであと1ヶ月私は首を捻り続けることだろう。
2024-05-20 14:45
「タダほど高いものはない」とはよく言う。それを覚悟で参加したのだが、予想を上回る売り込みイベントだった。
参加者は全国から10名程度だったか。武蔵美の卒業生という講師がしゃべりだす。その口調が非常に不愉快に感じる。まるで幼稚園児に語って聞かせるような口調なのだ。
しかしそれだけでこれほど不愉快に感じるのだろうか?これはもっと自分の感情を見つめなければならない。そう思って講座を聴き続ける。
この団体は「五感アート思考」が売りらしい。でもって1時間半の講座でやらされることは「抽象画をみて、それを五感で感じた内容を書き出すこと」
抽象画をZoom上で投影されて、どうやって匂いを感じるというのか。そこらへんは一切説明されない。とにかく感じましょう!もっと鑑賞が豊かになりましたね!と連呼される。
これで体験講座はおしまいです、とスライドが表示されたのは1時間経過したところ。あれ?1時間半のコースだったはずだけど、と思う。
主催者にしてみればそこからが本番だった。総額19万円ちょっと払えば認定資格をとって自分で講座を開催できるようになります、という宣伝がそこから三十分続く。
それを聴きながら講師の喋り方に不快感を覚えた理由がわかった。この講師の喋り方は幼稚園児に言って聞かせる先生のそれではない。家にかかってくる「お近くで不用品の回収にうかがってます」のセールス電話と同じなのだ。やたら丁寧に他人に自分の主張を押し付ける喋り方。まあセールスが目的だからねえ。
この商売をやって申し込んでくれる人が何人いるのか。しかし講師とサポーター2名で開催していたということは、この講座に19万円払う人がいるんだろうな。ちなみに認定資格をとっても、人集めは自分でがんばってね、というとこから始めるわけだが。
ちなみにこの団体の定義によれば、アーティストは「社会的価値」と「経済的価値」を目指して創作するんだそうな。そりゃ確かに売れないと生きていけないけど。じゃあ脱法ドラッグを開発して、金を儲けて、人々の心から憂を取り去ろう、という人もこの団体の定義によればアーティストということになる。
まあこの団体は実際に「経済的価値」を求めて活動しているわけだから、主張と行動は一致しているか。
私のように無料だからといって申し込む人が、このページに辿り着いてくれることを祈りながら。
2024-05-15 08:32
年を重ねても人間は大して賢くならない。それどころか記憶力が衰えていくので、自分でも驚くようなことをやったりする。しかしそれにはメリットもある。
という話は別途書くとして、年を重ねることの利点は「ああ、それは聞いたことがある」という事象が増えることだ。もちろん変化はあるのだが、それよりも「ありきたりの詐欺」に騙されることが減る。何を言っているかと言えばメタバースである。
現在では、インターネットを利用した具体的なサービスが多数生まれ、「Amazonで買い物をする」「マッチングアプリで恋人を探す」「TikTokに動画を投稿する」など、特定の行動を指す表現が一般的になっている。メタバースも、現在はまだ名前がバズワードとして普及したが、メタバースの利点を完全に活かした圧倒的なサービスはまだ十分には存在していないように見える。
筆者としては、メタバースが終わったのではなく、メタバースで投機的に儲けようとした企画や事業が一定の価値をまだ見出せなかっただけであり、メタバース自体はまだまだこれからの技術であり文化であると考えている。
こういう言説はそれこそ過去に何度も読んだ。メタバースは常に未来にある。どこまで行っても「流行りに乗ろうとした連中が失敗しただけ。本質はしっかり存在し、サービスの開発・普及はこれからだ」らしい。前に「メタバース元年」があったのは2016年ころだったか。その前はセカンドライフが話題になった時。
ただ驚くのは
こういう言説を述べる人たちの「圧倒的な勉強不足」過去に何があり、なぜ失敗したのかを全く勉強しない。だからブームが来る度に同じことを言い、ブームが去る時に同じことを言う。こうした現象はなにもIT関連のはやりに限定されるものではない。
先日反戦デモに参加している人たちの記録を読んだ。そこにでてくる質問と回答「こんなことして誰も関心もってないじゃないか」「いや、だからといって何もしないのは逃げだ」がそれこそ私が子供の時から変わっていないのに驚いた。誰も関心をもたなくても、歩いたり怒鳴ったりすることで「自分はいいことをした」と満足に浸れる人がいつもいるらしい。
十分な失敗事例があるのだから、そこから学んで「どうすればよいのか」と工夫すれば、と思うがこういうのを年寄りの戯言というのかな(あれ、そんな言葉あったっけ?)
2024-05-01 10:38
さてみなさん。今年もごんざれふ賞の発表がやってまいりました。例年もっと早く発表しているはずだ、などと問う人は間違っている。ごんざれふ賞はいつもあなたの心の中にあるのです。
些事にこだわっている場合ではありません。受賞資格があるのは2023/4/1から2024/3/31までに私が観た映画。制作年がどうとか細かいことは関係ありませんし、日本での公開がいつか、とかどうでもいいのです。それでは発表です。ことしは高評価が多いですよ!
作品賞:
ター:Tar
人間は勝手で、嘘をつき、才能に溢れ、活動的で、愛と敬意を持ち、自分の意に染まないものを無邪気に破壊し、努力を怠らない。そんなどうしようもない存在が愛おしくなります。本作は鑑賞後に監督のコメントを読み評価が3段階変わりました。
バービー
そもそもあのお人形の世界をどうやって映画にするのか?開けてみれば正しく「人間」の物語でした。多くの人に見てもらいたい。
哀れなるものたち
我々はみんなPoor Thingsであり、それでいい。エマ・ストーンとハルクのダンスシーンは踊りも音楽も素晴らしい。
ソウルフル・ワールド
映像・ストーリー・音楽。どれをとってもため息しかでません。こんな傑作をDisney+という世界に閉じ込めようとすることが信じられない。
Good Actor/Actress賞:
主演とか助演とか男性とか女性とかどうでもいい。私が「いい」と思った人が受賞。というわけでさっそくいきましょう。
ビル・ナイ@生きる LIVING
ラブ・アクチュアリーで裸でギター弾いていたかと思えばこの名演。いや、素晴らしい。
ケイト・ブランシェット@ター
アコーディオンを弾きながらの歌。授業で披露したグレン・グールド風バッハの平均律クラヴィーアとかもうね。
マーゴット・ロビー@バービー
「何者にもなれない」マーゴットロビー初のハマり役(当方にとって)。
エマ・ストーン@哀れなるものたち
赤ちゃんから成人女性までを心身のギャップと共に演じる。
ゼンデイヤ@デューン 砂の惑星PART2
いろいろなところでお見かけしてその度に印象に残る人。なんとiCarlyにも出てたとは!
いやー、今年は素晴らしかったですね。
最低映画賞にいくまえに、「ちょっと言及しておきたい作品」をいくつか。
ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE
いや、普通俳優は崖から飛び降りないでしょう。いつものことながらトムには驚かされる。
翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~
一作目より面白い二作目はなかなかお目にかかれないものです。
生きる LIVING
生きましょう。それで十分。
最後まで行く
こういう邦画がもっと観たい。「この優しさに日本中が涙する」はもういいから。
それではみなさまお待ちかね。「観てしまったなかで最低映画賞」です!今年も激戦。-1800円の部に12本もノミネートされてます。さて、激戦を勝ち抜いたのは?
ゴジラ-1.0
アカデミー賞がどうだとか、スピルバーグがこうだとかどうでもいいです。小学四年生の「日本軍の兵器だいすきっこ」が書いたような「僕の考えるかっこいいかいじゅうえいが」が映画として制作され、劇場公開されるとは!
今年は素晴らしい作品にたくさん出会えました。(ひどいのも多かったけど)では来年のごんざれふ賞までさよーならー。
2024-03-29 18:36
さて、今は2024年3月。なのに一年前の「ごんざれふ賞」発表です。なぜ去年さぼっていたのか?
それは私にもわかりません。しかしそんなのは些細なこと。受賞資格があるのは2022/3/1から2023/3/31までに私が観た映画。制作年がどうとか細かいことは関係ありませんし、日本での公開がいつか、とかどうでもいいのです。それでは発表です。
作品賞:
トップガン マーヴェリック
あらためて一覧を見て、この期間は驚くほど1800円の映画が少ないことに気がつきました。しかしこの一作で十分。お話は単純、トム・クルーズは絶対に死なない。そんなことはどうでもよくてこの映画を見た後に一作目を見返すと「なんだこれ」となる稀有な続編です。
ザ・メニュー
もうねえ、予告編をみるだけで嫌なことが起こるのわかりきってるわけですよ。それなのになかなか「嫌なこと」が起こってくれない。一旦起こりだすとあとは怒涛のごとく。しかしそこを泳ぎ切る女性もいる。怖い映画は苦手なのですが、この映画に賞をあげないわけにはいかないでしょう(上から目線)
ブレット・トレイン
見る前は「期待できるのかな?ダメだろうな?」と半信半疑どおろか90%疑問で見た映画ですが、なんのなんの。これ面白いじゃないですか。こんな夜行列車があればぜひ乗ってみたい。
Good Actor/Actress賞:
今年からもう主演とか助演とか男性とか女性とか全部とっぱらいました。私が「いい」と思った人は誰でも受賞です。というわけでさっそくいきましょう。
トム・クルーズ@トップガン マーヴェリック
いつも思うんです。この人おれと同学年(日本基準)なんだよな、と。そりゃ体のメンテナンスにかけている費用も時間も違うんですけど。
あれ?この時期印象に残ったのは一人しかいないぞ?
最低映画賞にいくまえに、「ちょっと言及しておきたい作品」をいくつか。
RRR
話の筋とか、細かいところはどうでもいいんだよ!これが面白いんだよ!の詰め合わせ。ナトゥの破壊力には脱帽です。
ブラック・フォン
怖い話は苦手です。そしてこの映画では何の罪もない子供が何人も殺される。それは現実かもしれないけど、と思いながら心に残る映画でした。
それではみなさまお待ちかね。「観てしまったなかで最低映画賞」です!不幸にしてこの期間はこの賞にノミネートされる作品がとてもたくさんあります。(-1800円の部に10本)さて、激戦を勝ち抜いたのは?
バビロン
シン・仮面ライダー
この二作はただのダメ映画ではありません。二人の監督は、私にとってAll time bestに入れたい素晴らしい映画を作った人なのです。同じ人間がなぜここまでダメな映画を作ることができるのか?人間とは本当に面白いものです。(映画に出資した人たちはたまったもんじゃないだろうけど)
というわけで、これでようやく胸のつかえが取れました。しかし油断してはなりません。すぐ次のごんざれふ賞がやってくるのです。
2024-01-07 07:44
思えば本を書き始めたのは、時の上司が「給料は上がらないけど、本を書いて得た印税には会社は関与しないから」とかいったことがきっかけであったな。
その時書いたのが「ユーザーインタフェース開発失敗の本質」発売日は2015年12月である。
その本を読んでもらえたので、それからもちょこちょこ書いている。数えてみれば7冊公開していた。
一番新しい本「最悪バーガーの食べ方」には長らく誰のレビューもつかなかった。しかし誰かに読んでもらえていることはわかる。前にも書いたがインターネット万歳。これが四十年前だったら、自費出版するだけでお金がかかり、しかし大量に印刷した書物は誰も買ってくれず、しかたないから知り合いに押し付けいやな顔をされそして最後は年末の大掃除で捨てられる、という状況になっていたものを
読んでいる人の顔はほとんど見えないけれど(時々知り合いが買ってくれるのだが)そうして自分の主張を読んでもらえることはうれしく、ありがたく、そしてちょっと不思議な気持ちがする。
何を改めて書いているかというと、先日とうとう「最悪バーガーの食べ方」にレビューがついたから。
いや、怖くてレビューの文章は読んでないんですけどね。でもうれしい。
というわけで、いま書きかけの本をなんとか仕上げ世に送り出そうとがんばっているわけである。2月14日にはビザスクで講演もします。そちらもなんとか良いものにしたいと苦悩しています。こうやって何かやることがあるのはありがたい話だなあ。
2023-10-31 08:54
毎年「ごんざれふ賞」という映画の賞を企画している。今年はさぼっているのだが、そのうち書くので今しばらくお待ちを。
少しネタバレをする。今年から年度で区切ることにした。でもって最低映画賞だけは決まっている。「シン・仮面ライダー」と「バビロン」。
この二作に共通しているのは、これらの映画をとった監督が過去に「作品賞」を受賞していること。「シン・ゴジラ」と「ラ・ラ・ランド」である。
庵野某に話を限ろう。いまだにシン・ゴジラを見返すことがある。映画館で八度くらいみているのだが、トータルで何度観たかわからないほど。ところがシン・仮面ライダーはAmazonで無料で見られるにも関わらず未だ一度も通して見ることができない。それほど退屈なのだ。
シン・仮面ライダーの悪口は言い出すとキリがないが、冒頭のシーンだけでももはや破綻している。つまらないだけでなく、ヒロインのセリフが聞き取れないのだ。しかし監督はそれがいいと言い張ったのだろうな。
そして私にとってずっと謎なのは
どうして同じ監督が「シン・ゴジラ」と「シン・仮面ライダー」を作ることができるのだろうか?」という問い。同じ人間の中で「面白い」という感情を実現する方法がこれほどまでに異なることがあるのだろうか?たとえば途中で人格が変わるほどの変化があった(病気とか)ということでもないようだ。
シン・仮面ライダーの撮影風景をとったドキュメンタリーが公開された。こちらも最後まで見ることができない。監督のわけのわからない指示に従うのも「良い映画を作りたい」という一心からだろう。ところが結果はみるも無惨なでき。
いや、そんなのは仕事の世界では当たり前とも言える。実際私も過去にそうしたソフトウェア開発のPJに従事し、ひどく苦労したことはある。しかしそれだけに関係者の心持ちを思う時、とても画面を見ていられなくなるのだ。
[ここも文章です]
2023-09-12 11:37
少し前に実家の車を買い替えた。それまで乗っていたサニーがさすがにあやしくなってきたからだ。といってもあのサニー何年乗っていたのやら。
というわけで中古車をあれこれ探す。いくつか目星をつけ見に行ったが期待外れに終わる。近くに大きな中古車屋があったので寄ってみた。
そこででてきたのは若い女性だった。彼女はさっそくあれこれ聴きながら車を勧めてくれた。やたらAquaという車を勧めてくるが、それはこちらの予算を無視したものだった。
難しそうな顔をしていると、他の車も勧めてくる。いずれも予算オーバー。いい加減見切りどきかと思う。彼女は何度か席を外しおそらくは上席と相談していたらしい。しばらくたってようやく私が想定していたレンジの中古車がでてきた。その前に彼女がぼそっと
「表示している値段よりだいたい20万円くらいかかります」
と言ったのが気になったが。
彼女が席を外している隙に、中古車屋の名前で評判を調べる。とにかくしつこく「なんとかコーティング」を勧めると書いてある。まあそれはこちらが全部断ればいい話だから、と思っているとそこから延々とオプションの話が続く。まず見積もりを持ってきたのだが、それは表示されていた価格より40万くらい高いものだった。一つ一つ説明がはいる。その度に「これは要りません」と蹴っていく。コーティグを蹴り、保険を蹴り。とはいっても押し切られてしまったものもいくつかあった。
そうした接客を通じ、彼女から感じたのは「ノルマ達成」の文字。とにかく中古車屋の都合のいいパターンに嵌め込みたい。そういう強い意欲が伺えた。交渉の要所で彼女は席を外す。おそらく上席の許可を得ているのだろう。価格は最終的に表示価格+20万くらいになったと思う。
足元で残っているのが「支払総額」の問題だ。店頭では、安価な車両価格を表示しておいて商談時に「保証」や「整備」の金額が乗るなど、表示価格で購入できないことが問題だった。これは10月から業界団体の規約で「支払総額」に変わる。
条件が固まり、引渡日の話になった。私は遠隔地に住んでいるのでそうそう来るわけにはいかない。しかし相手はこちらの都合を無視してあたかも私が実家に住んでいるかのように日程を押し付けてくる。それに抵抗してようやく日程が決まりその日はお開きとなった。
しかしそこでも話はまとまらない。数日後直接電話があり、所有者が住んでいる場所の駐車場でないとまずい、と言い出す。実家に駐車場があるからそこでいいでしょう、という話をしており、かつ「所有者は運転免許所有者でないと困ります」といわれたので私を所有者にしていたのだ。
ところが私は実家に住んでいない。そんな話は散々していたのに、今更それかよ。そう思いながら聴いていると「そちら(私が住んでいる場所)で駐車場を契約してもらえませんか」と言い出す。私は検討しますといって一旦電話を切る。
それからネットであれこれ調べる。そもそも車の所有者が運転免許を持っていないといけない、なんて法律があるのか?調べてみると「運転手つきの車を持っている人は所有者であり、かつ免許は必要ないわけです」とでてくる。確かにそうだ。再度電話すると「なぜ実家の母が所有者でいけないのか」と怒鳴り続ける。
しばらくすると折り返し電話がある「本当は望ましくないんですけど」とのお言葉付きで母を所有者にすることになる。その「望ましくない」が誰にとってなのか。なぜなのかは多分彼女は理解していないのだろうか。とりあえず上席の言葉に従っただけで。
数日後はれて車を引き取りにいった。私がトイレに行っている間に母に店長だか誰だかが挨拶に来たらしい。そんなことをして何の意味があるのか。新しい車に乗るとその店を後にする。もうこの会社にはかかわりたくない。
――社長を辞任されました。理由を教えてください。
(ビッグモーターのような)車検不正や自動車保険の水増し請求は調査した限りない。一方、過去に不適切な事案が起こっているのは事実だ。これまでは(取り扱い台数に比べても)率は少ないし、同業他社よりも少ないから良いと考えていたが、それではダメだと考えを改めた。
ゼロを目指していくには会社が変わる必要がある。そのためには私が社長を代わるべきだと考えた。
ネクステージの近くにはビッグモーターもあった。今から考えればどちらに行っても同じような結果になっていたかもしれない。後日ネクステージから「満足度調査」の電話があった。相手は質問項目を順番に並べ、私はそれに「はい」(こちらの意向は無視していたけど)と考えながら返答していた。最後に「他に何かございますでしょうか」と問われ、それから15分くらい怒鳴っていたと思う。
ネクステージの社長は「ノルマはない」と言う。しかし私が感じたのは、とにかく顧客から一円でも多くむしり取りたい。金を払わせたい、という会社の意図である。ノルマはないがKPIはあります。ものは言いようだが、社長が何も言わず突然辞任する会社と聴いて、ようやく私が受けた印象が「思い込みではない」と思えるようになった。
2023-07-08 07:40
AIによって人類の危機がどうのこうの、という人については先日書いた。しかしAIは実際に社会に生活にインパクトを与えている。先日こんな記事を見つけた。
貧困地区として知られた永和県にAI訓練センターが設置されたことにより、町の経済が変わった。出稼ぎに行く必要がなくなり、地元で子どもと一緒に暮らすことができ、都市よりも高い給料がもらえるからだと暸望智庫が報じた。
産業があまりなく、人件費の安い地域にコールセンターを設置するのは、普通に行われていることである。これはそのAI版と考えればよかろう。
コールセンターとは違った形ではあるが、AIは確かに仕事を生み出している。本当に皮肉な話だ。コンピューターは人間のような創造性を持たないから、単純作業を奪っていくと多くの人が予測した。生成AIが実際に人間の仕事をどれくらい奪っているかは議論の余地があるところだが、「あたりまえの文章を量産する」のが目下のところ一番の用途。つまり創造性をある程度有する仕事を奪っている。そして「データをひたすら分類する」という一見単純作業とも思える仕事(実はそうではないのだが)を人間にたいして生み出している。
これを持って「AIが高度な判断をして、人間には単純作業しか残されない」と考えるのは的はずれである。つまり今のAIは人間の膨大な作業なしには動けない。自分で勝手に学習し、作り手の意図を超える成果を挙げるAIはごく限られた領域でしか存在していない。先ほどの命題「自分で勝手に学習し」はまだまだ誰もやり方すらわからない。
こうやって「現れては消え多くの働き口を作り出す」仕事は過去にいくつも存在していた。その昔オフィスには「ワープロ係」の派遣社員がいた。この仕事もそうした仕事の系譜に連なるものなのだが、「脅威論」が横行するAIを支えるそれ、というのが面白いところだ。
2023-06-16 10:10
歳をとるといろいろ体が壊れていく。頭も同様だが、頭が機能を停止するまでの少しの間時々楽しいことが起こる。「こんな状況は今までになかった!」という言葉を何度も聞く。すると「はいはい、元気でいいですね」と心穏やかに眺められるのだ。
汎用人工知能(AGI)は我々が思っているよりも実現に近付いているとAIの専門家はInsiderに語っている。
ただし、注目はされているが、AGIという言葉の定義はまだ不透明だ。
AGIは人類に危険をもたらす可能性があるため、規制する必要があると専門家は述べている。
人口知能ブームが起きる度に「汎用人工知能」について騒ぎ立てる人間がでてくる。今は3.5の人工知能ブームなのでやはりこういうことをいう人間がでてくる。
今のAIはどんなに「賢そう」に見えても入力に対して出力を返しているだけである。chatGPTに何を入力しても、システムとして実装されていない音楽や画像を返してくることはない。システムが動く枠組みは変わらないのだ。
しかし
定義の決まっていない「汎用人工知能」はなんだか知らないが、人間と同じように「言われてもいないことを」を自動的にやりだすらしい。そんなものができたら人間は支配されてしまう!怖い!
そうはいうものの
それが何なのかは誰も知らない。なのに「実現は近く」「規制する必要がある」とのこと。何かわからないものを規制するというのはとても楽しい話だ。
この事象も別に今に始まったことではない。人工知能という言葉が生まれてこのかた何度も繰り返されて(しかも一向実現する気配がない)いるし、人工知能に限った話でもない。
というわけで「奇妙な論理」から該当箇所を引用しようとしたが、みつからない。まあいつもある話だと思ってください。