2016-07-29 06:41
梅雨が明けた。間もなく甲子園が始まる。優勝校が決まれば夏が終わり秋風がたつ。そしてAppleが新製品を発表する。
MacBookについては今は語るまい。問題はiPhone.最近MacBookともども「この機種ではサポートされてません」が増えてきた。それでもだましだまし使ってきたのだが、Pokemon Goを起動してたまげた。iPhone5上ではすいすい動くアプリが、iPhone4Sではほとんど動かないのだ。1年の違いでこれほどまでに性能が変わるものか。プログラマーの観点からすると、iOS10が動かないのが痛い。新しい機能を試せないのだ。しかし歴然たる性能差を見せられると、確かにサポートを切りたくなるものわかる。
なぜかこのアプリリリースと時を同じくしてiPhone5が日常使用に耐えなくなった。ボーナスがでていたのも僥倖だろう。iPhoneSEに置き換わり、奥様は文句を言わなくなったしiPhone5はPokemon GO専用機になった。これで話は丸く収まったが問題は私のiPhone。
今年出るiPhone(2016)(私は番号が落ちると頑なに信じている)の外観はほぼ固まったようだ。カメラがよくなるのはありがたい。それで乗り換える人がたくさんいるかいないかも私にとってはどうでもよろしい。(私は狂信的原理主義者にも関わらずまだAppleの株を持っていないのだ)問題はいつiPhone4Sを諦めるか。
iPhone2017については噂の断片しか存在していない。しかしもしデザインが大幅に変わるのならば、、(本当は今年それを期待していたのだが)なんとかそれまで待ちたいと思う。大きくデザインが変わる初期モデルは何かと問題を引き起こすと私の経験が告げている。となると選択肢は二つあり
1)iPhoneSEに乗り換え、iPhone2017が落ちついたところで再度乗り換える
2)リスク覚悟でiPhone2017まで待つ
今のところ2)を選択するつもりでいる。Pokemon Goを除けば今の所日常生活に支障が生じるようなことはない。何か問題がおこれば1)にする。
こうして今年の「新製品発表」はiPhoneに関しては心静かに迎えることができる。来年はどんな製品が発表されるのだろう。おそらくAppleの中の人は今頃上を下への大騒ぎだろうが。
2016-07-28 06:54
沖縄でドライブしている時、米軍向けの放送を聞いていた。すると「Anger managementクラスに行ってみないか」というCMが聞こえてきた。日本ではこの言葉ってあまり耳にしないが、米国では時々聞くような気がする。
日常生活で一番怒りを感じるのは、電車の改札で突然立ち止まる人がいる時である。思わず背中を蹴ろうかと思う。今のところ行動には移さないが年をとると怒りのマネージメントができなくなると、真田丸で見たので心配である。
それとともに「俺はなぜこんなに腹をたてるのだろう」と面白がって見ている自分もいることに気がつく。冷静に考えれば無茶苦茶な話である。相手を蹴れば怪我をさせるかもしれないし、警察沙汰になるかもしれない。理由はといえば「相手が立ち止まったから」それだけである。
そこから気がついたのは
「駅の構内では、皆流れを乱さないように歩くべきだ」
という勝手な思い込みがあることに気がつく。そう強く信じているが故に、その流れを乱す行動に対して過剰とも言える怒りを覚えている。
そこから発展して
「すべての怒りは誤った予測に起因する」
という命題を打ち立て頭の中であれこれ考えている。子供が宿題をやっていない。それに対して腹をたてる。それはなぜかといえば
「宿題はやって当然だと思っているし、子供もそう考えるべきだ」
という思い込みがあるから。こうして文字にするとその思い込みの根拠が薄弱なことに驚くが実際そう考えているとしか思えない。
そう考えている時にこんな文章に出会う。
私自身、自分と他者は別の人間であるという理解はできているのですが、
日常生活の中ではついつい、境目があいまいになりがちです。
そして、それが会話にははっきりと出てしまっています。
引用元:“主語がない!”ADHDの女性の会話における3つの特徴 - 大人ADHD 月子の生き方
ADHDにせよ、アスペルガーにすろスペクトラムなので、「完全に正常」という人はいない。そして対人の怒りというのは多かれ少なかれADHD的「自分と他人の区別がついていない」ことから起因するものではなかろうかと思い始めた。つまり
「相手はこのように振る舞うべきだ」
という思い込みがあるが故に、そうでない行動を相手が取ると怒り出すのではないか、と。
となれば
怒りのほとんどの原因は自分にあることがわかる。つまり
「予測と他人と自分の区別ができていない」
のだ。鳩山元首相は日本にひどい災いをもたらしたが、個人的には恩を感じているところがある。あれだけ馬鹿なことをして周りから非難されても、も本人がわかってなければどうということはない、というのを身を以て示してくれた。
であれば
所詮は自分がどう反応するかだ、というあたりまえの結論に立ち戻るわけだ。そうきちんと認識できれば、頭がボケてきたときに立ち止まった人の背中を蹴り飛ばすことなく、平和に暮らせる...かな?
2016-07-27 06:48
共和党大会と民主党大会を仕事のバックグラウンドでなんとなく聞いている。
聞いていて違和感があるのは共和党大会だ。トランプのスローガンは「米国を再び偉大な国に」である。これがいやというほど繰り返されるのだが
「ちょっとまて。ということは今の米国は偉大ではないと思ってるんだな」
とツッコミをいれたくなる。そりゃ問題は山積だけど、北朝鮮の人々が「わが国と書記だか主席だかは世界一偉大」と叫ぶのとは違う意味で米国というのは偉大な国だと思うのだけど。オバマの嫁もこう言っている。
トランプ氏が掲げる「米国を再び偉大な国に」というスローガンと対比させるように、「この国が偉大でないとはだれにも言わせないで。この国は今この時、地球上でもっとも偉大な国なのだから」と力を込めた。
引用元:CNN.co.jp : 民主党大会、ミシェル夫人演説に喝采 暗にトランプ氏批判 - (1/2)
米国が嫌いな人でもこの意見にはある程度の理を認めざるをえないだろう。そうでなくても共和党大会にはネガティブな妖気が立ち込めている。彼らと彼女たちがヒラリーを攻撃するときは「メールがどうのこうの」というが、東洋の島国に住む男にはトランプの失言の方が攻撃として真っ当な気がする。民主党大会のほうが楽しそうだ。
となると共和党大会およびトランプは誰に訴えているのだろう?そう考えたとき、偉大な国であってもそれを実感できず、不満を募らせている人がたくさんいることに(今更のように)気がつく。トランプはそうした人たちの「民意」をまとめあげ共和党の大統領候補という地位に登りつめた。これはすごいことだ。
11月にはどちらの米国民の声が「米国を代表する」とみなされるのだろうか。これから4年間米国は「負け犬が吠えまくる国」になるのだろうか。民主主義とは、その主張の内容に関わらず多数を制したものが政治を仕切るシステムである。だからたとえそうなったとしても、それが米国民の「民意」ということになる。
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それとともに痛感するのがトランプの賢さである。前にも書いたが彼は普通に考えれば「致命傷」とも言える失言、暴言を何度もしている。それでありながら民衆の支持はゆるがない。
選挙がどんな結果に終わっても、誰かがトランプのやり方について真面目に考察し本を書くべきだ。インターネットの普及によってちょっとした発言が叩かれることが多い。それを息苦しいと感じる人には、トランプのやり方がきっと参考になるに違いない。
2016-07-26 07:07
先日ソフトンバンクワールドという展示会に行った。ソフトバンクの営業がお得意様を接待することを主眼としているようで、何かと営業色が強い。
あまり見るものはないなと思っていたが先日みかけた「ホンダと車に感情をもたせる開発をすることで合意」のcocoro SBが展示をしている。これは聞かなくては、ということであれこれ聞いた。その内容は想像を超えるものだった。
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・東大の某研究室で特任講師をしている光吉俊二は、人間の感情は脳内物質の割合によって決まるという理論を持っている(それは本当ですか?ときいたところ「光吉はそう主張してます」とのこと)
・車はその特性によって感情を持つと「想定」した。例えばレーシングカーならば他の車を追い越すときに快感を感じるとか、渋滞に巻き込まれるといらいらするとか。
・上記想定に基づいて、自動車の走行データ(CANという車内LANの情報として取得できる)を脳内物質に変換するように設定した。これにより走行データを感情にマッピングすることが可能となった。
・このシステムを使い、プロのドライバーと素人ドライバーがレース場を走行した場合のデータを分析した。するとプロドライバーの運転では車は「喜び」素人ドライバーのデータでは「うれしくない」ことがわかりびっくりした。
・この内容についてはNatureに光吉氏が「寄稿」している。(わざわざ日本語版のプリントまで配布していたが、ページ右上に"Advertisement Feature"と記載があった。つまるところはNatureに「論文が採択され、掲載された」のではなく「広告として文章を掲載した」ということ。「Natureに寄稿したというとたいていの人は勘違いしませんかね」と言うと相手は返答しなかった。)
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「研究」の内容は、ファジイ学会とか感性学会の全国大会ポスター発表というレベルで「1980年代を思い出すなあ。懐かしい。がんばってください」以外にコメントするところはない。驚いたのは最後の
「Natureに寄稿した」
といって、わざわざ日本語の別刷りまで配布していたという点だ。
今やソフトバンクは世界的大企業だから、その一子会社が怪しげなことをしているといって全体を判断するのはまちがっている。しかしNatureに広告を載せ、それを「寄稿した」というのは最大限好意的に言って「誤解を招く(招きたがっている)」行為。もっと驚くのはもう一つの世界的大企業であるホンダがその肩を持っているという事実。
ソフトバンクの営業力には常々驚かされることが多いが、これもその表れなのだろうか。しかし「とにかく売り込め」というのもいかがなものかと思う。ソフトバンクワールドにうじゃうじゃいるペッパーを見るたびにそう思う。これは本当に未来なのだろうか。ソフトバンクは「ペッパー for bizが1000社を超えました!」で幸せなのだろうけど。
2016-07-25 06:53
先週Pokemon GOがリリースされた。そして私はこれまでに見たことがないものを見ることになった。一夜にして日常風景が変わったのだ。
例えばどこか特定の場所で大規模なイベントがあったとしよう。するとTVの中の風景は変わるかもしれないが、家の周りに対して変化はない。日曜の朝子供たちと散歩がてらPokemon GOをしたのだが、朝の7時前だというのに4組は同じことをしている人たちを見かけた。これは驚くべきことだ。
この効果が持続するのか、そして「ポケノミクス」という経済効果をもたらすのか、もたらさないのか。正確なところは誰にもわからない。経済効果を試算するためには、人数とそれぞれが新たに費やす費用を掛け算しなければならないが、どちらの数値もあいまいさが大きい。つまりどんな「予想」でも導き出すことができる。
どうせ不正確なのだから、楽しいデマでも流そうかと思うわけだ。というわけで標題の命題。使う人は使っているが(これがGoogle Glassと違うところだ)あまり普及している気もしないApple Watch.つまるところはキラーアプリケーションがないのが問題。そしてPokemon GOだ。これほどApple Watchにふさわしいアプリはないのではないか、と誰もが思うし私も思う。
ここまで街中にスマホをしながらPokemon GOをプレイするユーザーが増えているのを見ると、Android WearやApple Watchのような、スマートフォンと連携するスマートウォッチでの通知には、早急に対応するべきだと考えます。Pokemon GO Plusの発売に時間がかかるのであればなおさらです。
引用元:Pokemon GOこそApple WatchやAndroid Wearでの通知に対応すべき - ITmedia ヘルスケア
もっと言えば現時点でApple Watchに対応していないこと自体が不思議。昨日10秒ほど考えて得た結論は
「Watch OS3からはWatch上でSprite Kitが使える。多分そうなれば間違いなくPokemon GOはApple Watchに対応する。」
というもの。本当かどうかは知らんよ。
いずれにせよ「Pokemon GOにはApple Watchがなくてはならないもの」という認識が浸透すればApple Watchは飛ぶようにうれることであろう。ようやく「普通の人」がWatchを購入する理由ができたのだ。スマホを持ちながら歩くのではなく、腕に伝わる振動を頼りに歩いてポケモンを捕まえる。いや、楽しい、と思いませんか?そうですか..
きっと今頃Appleのエンジニアが数名Niantic Labsに派遣されているのだ。そしてGoogleから派遣されてきたAndroid Wearチームと仲良くアプリを開発する。(エンジニア同士だからこうい場合は仲良くするのだ)
などと想像している暇があったら仕事をしましょう。はい、すいません。
2016-07-22 06:39
ソフトバンクがホンダと感情をもたせる共同研究を発表したのだそうな。
今回の研究では、感情エンジンをクルマなどのモビリティに活用。運転者との会話音声やモビリティが持つ各種センサ、カメラなどの情報から、運転者の感情を推定する。モビリティも感情をもって運転者と対話することを目指すとしている。
引用元:ソフトバンクとホンダが“感情AI”の共同研究--運転者との対話を実現へ - CNET Japan
なるほど。では何をしようとしているのか?実際に担当するソフトバンク子会社の名前で検索し、この図にたどり着いた
まるで時代を三十年さかのぼったような図である。こんなものを21世紀になってみるとは思わなかった。ここに出ている名前であれこれ検索するとこういう記述にたどり着く。
この研究で用いられている数理は、連鎖状態記述記号を用い、微分を使用せず、微分可能性に支配されない。つまり、(例えば特異点が存在するような)離散的・非線形現象を線形的に扱えるところに特徴がある。「心と感情」の共振・共鳴といった心理的事象を情動のホメオスタシスとして解釈するために、「非線形状態の生理情報を線形に量連鎖で記述する演算子」を開発し、脳と情動とホルモン・生体物質に基づいて工学的に解明をする研究[4]・啓蒙[5]が活動の中心となっている。
引用元:光吉俊二 - Wikipedia
いや、すばらしい。こんな言葉は、、、よく見たような気がするな。
なぜかこうした「感情をモデル化」することに興味をもつ経営者は後を絶たない。この人もこれでちゃんと生計を立てられている点は尊敬に価する。
記号設置問題も、フレーム問題も全部無視してこの図に投資できる、というのはまあ忙しい経営者なら起こりがちなこと。問題はそこから金をもらってどのように生き延びるかだ。
デモはできる。しかし実用システムは決してできない。その事実に相手が気がつくまでにどれだけ「成果」を上げられるかが鍵となる。俺にはとてもできん。
まあ孫君の金だから自由に使えばいいと思う。うちの奥さんはもうソフトバンク解約するけどね。iPhoneを日本に導入してくれてありがとう。
2016-07-21 07:23
私は「売れるアプリの秘訣教えます!」といった類の記事は最初から「けっ」と斜めに構えて読む。しかしこの記事はおもしろかった。
シナリオをつくるときに「気をつけるべきこと」ってありますか?
伊勢:
やっぱり「王道」がいいですね。恋愛ゲームやる人って「きっとこうなるはず」というストーリーを、ドキドキしながら追いかけたいんですよ。
このときのポイントは「いかに感情を揺さぶるか」です。ドキドキしないと、楽しめないから。ただし、決して「ユーザーの心」を折ってはいけません。
どういうことですか。
伊勢:
たとえば「もう、お前なんて知らないからな」と、ヒロインが突き放されるシーンでは、「しかし、手は暖かかった」としっかりフォローを入れたり。
だって、ゲームの中でまで「つらい思い」なんてしたくないじゃないですか。でも、平坦じゃつまらないから、感情の揺さぶりは必要なんです。
引用元:ただの「いい人」はゲームでも現実でもモテない。1本で1億円を稼ぐ「恋愛ゲーム」の裏側と、モテる二次元キャラの法則をアリスマティックが語る。 | アプリマーケティング研究所
なぜ面白いかというと「地に足がついた」意見のような気がするからだ。多く売れるもの、というのはやはり「王道」なのだろう。パターン通りでつまらない、などと理屈をこねる私のような人間は貧乏暮しをしてなさい、ということだ。
このインタビューでもう一つ面白いと思うのは
もちろん「恋愛ゲーム」が、かならず儲かるわけではなくて。適当に「儲かるんでしょ」みたくつくる会社は、失敗しやすいですよね。
この辺は、経験よりも愛情なんですよね。インターン生がつくったゲームが、月100万円の売上になったこともありますし。
やっぱり「女性に幸せになってほしい」という気持ちでつくるのが、「恋愛ゲーム」の成功の秘訣なんだと思いますよ。
引用元:ただの「いい人」はゲームでも現実でもモテない。1本で1億円を稼ぐ「恋愛ゲーム」の裏側と、モテる二次元キャラの法則をアリスマティックが語る。 | アプリマーケティング研究所
深読みすればこの「締めの言葉」自体がこの記事で言われている「王道」のために書かれたのではないかとも思える。つまり多くの人が読みたい結論に落としている、というやつ。
まあそこまで考えることはしまい。Iveの言葉を引用するまでもなく、製品とかサービスの使い手というのは作り手がどんな気持ちで作ったか驚くほど正確にわかってしまう。対象となる女性に幸せになってもらいたい、だからストーリーを工夫する。これとこれとこれをいれると課金が向上するデータがある。だからストーリーをこのようにする。これは似てはいるが「誰を幸せにするのか」が微妙かつ決定的にずれている。
最近以前読んだこの言葉を思い出すことが多い。
相手が欲していることは何で、どうやったらモチベーションを高く持ってくれるかを必死に考え抜くの。そうしたら勝手にみんなが動いてくれる。それがマネジメントだよ。
引用元:かつてネトゲで数十人を率いた妻の「マネジメント論」 - chocontaのブログ
それがマネジメントであり、マーケティングであり人間社会で生きて行く基本なのではないかと考えることが多い。そう考えるということは現実の私はできていない、ということだ。自分が売ろうとしている相手は何を欲しているか。それを「必死に」考えること。子供と一緒に受験勉強をするのもそれだな、と思う。
2016-07-20 06:50
いや、まだ最初の数ステップをやっただけなんだけどね。
前にも書いたような気がするが、子供にプログラミングを教えるのに何がよいのか、あれこれ試行錯誤した。
文部科学省のプログラミンは、それなりによくできている。無料だし結果の公表も簡単にできる。(これが子供には重要だ)しかし
「重複した処理をあちこちに書かなくてはならない」
のは我慢がならない。あれこれやった結論というのが
「結局本物のプログラミング言語を使わないとだめ」
ということである。
しかし
本物のプログラミング言語には呪文が多い。#include<studio.h>ってなんんのことだ。それをいちいち説明しだすと子供は飽きてしまう。簡単に入力できて、本当のプログラミング言語で、肝心なところだけ入力すればよくて、結果が目に見えるものはないだろうか。
などと考えていると、そのまんまなのがSwift Playgroundである。正直これにはたまげた。Appleらしく実によく考えられたインタフェースで作られており、これなら安心して子供に使わせられる。
問題は
我が家には画面にヒビが入ったiPad2しかなく、Swift PlaygroundはiOS10でしか動かない、という点にある。ああ、お金が欲しい、お金が。
そうでなくても奥様のiPhone5がお亡くなりになり、iPhoneSEに変えざるをえなかった。それでなけなしのボーナスは蒸発だ。ちなみにこの
「ソフトバンクのiPHone5からIIJのiPhone SEに乗り換える」
顛末についてはいつか文章にしようと思っている。いろいろ書くネタがあるから。まだ完了していないが。
2016-07-19 06:55
先日弊社で行われたWWDC情報共有会で私はこう言った。(誰も聞いてないと思うけど)
「言語を用いたインタフェースというのは、”人にとって自然”と宣伝されることがあります。しかし私の考えでは言語を用いてコンピュータと対話するのはめちゃくちゃ不自然で不自由なインタフェースです」
不幸にしてこのことを理解する人は少ない。私はこの記事に全面的に賛成だ。
願わくばこの記事が広まり、浅はかな「対話型サービスの未来」を断念し、より可能性の高いビジネスに切り替えて欲しい。
そしてこの記事を受けても尚、私の予測を上回り成功するチャットボットサービスが出てきてほしいとも思う。
引用元:断言しよう、チャットボットブームは去るし関連ビジネスも失敗するよ
チャットボットをめぐる騒動を見ていると、いくつか興味深い点がある。まず一つ目。なぜこのまちがった方向にこうも多くの人が惹きつけられるのか。人同士が対話するときですら言語はあまり役に立っていないというのに。
そしてもう一つ興味深い点。なぜ対話インタフェースはこうも役に立たないのか、という点。自然言語処理という分野の歴史は長く、投入された研究開発の資源は天文学的な数字になるだろう。なのに未だ言語間の翻訳すらできない。(先日知ったのだが、冷戦まっただ中の頃にはロシア語、英語の翻訳ニーズがあったのだな)
このことを根本的に反省し、そこから何かを導き出そうという議論をあまり見たことがない。具体的に言おう。最近小学校五年生の娘が「この言葉を修飾しているのはどの部分か」という問題をやっている。そしてコンピュータはこの点において小学五年生の問題も解けない。
そこには「そもそもコンピュータはコンテキストの理解ができない」ということになる。ではその「文脈」とはたとえばAlphaGoではどのように回避しているのか、将棋のプログラムではどうか。このように決定的に記述できるゲームでは可能だが、そうでないもので見込みはあるのか。という話につながっていくと思うのだ。
Deep Learningだなんだでもって渡されたデータからパターンを読み取ることはとても上手になった。しかしコンテキストが関連するとあっという間に馬脚が現れる。これはどういうことなのか。そもそもコンテキストとはなんなのか。ここらへんについて真面目な議論が聞きたいなあと思う今日この頃。
AIの専門家と称する人たちの中に共通すると想像される制約というのが「短期間で成果を出さなくてはならない」というものがある。であるから「精度がX%向上しました」と論文を書き続けるわけだが、一歩引いて「そもそもの問題ってなんだっけ」と考えることが必要だと思うのだ。しかし前述の理由で「専門家」にはそれは期待できないから、野次馬がやるしかないのかね。
2016-07-15 06:41
毎度飛行機に乗ると、出発前にあれこれ儀式がある。そこで救命胴衣のつけ方を教わる。昔は実演が多かったが、最近ビデオばかりなのは残念なことだ。
最近ふと気がついた。
「これって役に立つのか?」
飛行機事故のニュースを不幸にして時々聞く。しかしそこで安全ビデオに示されているような状況は記憶にない。飛行機は無事に着陸するか爆発するか墜落するかで、すいーっと安全に着水することなど記憶にない。であれば、あの儀式に何の意味があるのか。
そう思って検索すればたちまち答えが出てくるのが最近の世の中である。
飛行機が着水したときは座席の下の救命胴衣を着れば助かる。そう思っているかもしれないが、実のところ、民間航空機が着水した最近の事例を見る限り、救命胴衣のおかげで命拾いしたというケースは1件もない。
引用元:飛行機の救命胴衣は本当に必要か - WSJ
引用記事にはあれこれ興味深い話題が並んでいる。つまるところ
「役に立ったことはないが、水の上を飛ぶのに着水したときの備えがないのはおかしいでしょう。常識で考えてください」
ということらしい。そういわれれば、飛行航路をみるたび「ああ、地上からだいぶ離れたなあ。ここだとどう考えても泳いでたどり着けそうにない」とか考えている。そもそも1kmだって泳げるかどうかあやしいものなのに。
であれば確かに「精神安定剤」としての救命胴衣には意味が有る、ということなのだろう。商用宇宙飛行が実現した時には
「緊急時の宇宙服の着用方法」
が説明されるのだろうか。
2016-07-14 06:52
いろいろ対立する利害を持つはずの集団が、共通して「推挙」する人間は「あの人なら文句のつけようがない」立派な人か、どうしようもない馬鹿。そして現実には後者が圧倒的に多い。
前日には、野党統一候補に選んでほしいと名乗りをあげていた石田純一さんが、立候補を見送ると会見を開き、民進党は元経産官僚の古賀茂明さんに立候補を依頼……。その最中に、鳥越さんの名前が急浮上する。
引用元:「知らない」「これから」「関心がない」連発の鳥越俊太郎さん それでも都知事選に出る理由 (BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース
小沢という政治家が後年どう評価されるか知らないが、「神輿は軽くてパーがいい」とは日本政治史に残る名言ではなかろうか。石田が出てきたときは冗談と思ったが、そのあとが鳥越である。
憲法は国政の課題ではないか。「憲法は国政の問題だと思っています。都政とは違うのはわかっています」
東京オリンピックの費用削減について聞かれると「細かい費用は知りません。正直言って。税金を無駄使いしないのは当たり前です」
都知事選の争点を聞かれると「これから他の候補の公約を読んで、どこが自分と違うのか。争点を組み立てないといけないと思っています」
都政の具体的な課題を問われると「具体的に知りません。(都知事になったら)都民が納得いく答えを出します」
実務経験のなさを問われると「大変でしょうね。そりゃあ。でも、これまでやってきた新聞記者もテレビキャスターも実務経験がなかった。基本的にはなんとかやれるだろうと思っています」
引用元:「知らない」「これから」「関心がない」連発の鳥越俊太郎さん それでも都知事選に出る理由 (BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース
彼らはこれで「勝てる」と思っているのだろうか。それとも「誰か出さなければならない?これならいいだろう」と適当に考えているのだろうか。そうまでして「野党統一」という枠組みを守りたいのか。沈黙の艦隊にあった
「連合とか同盟とかにロクなものはない」
という言葉がなんども頭を駆け巡る。
今回でてきた三人の中では小池が突出している。まともに自分から手を挙げたのは彼女だけ。おまけに舛添を延命させようと苦心惨憺していた都連(それが何かしらないよ)から嫌われているとなれば、ますます正しい選択のような気がしてくる。
とはいえ私は東京都民ではないので、投票権はない。選挙戦の行方をぼんやり見守ることにしよう。
2016-07-13 06:57
社員の声、お客様の声にしっかり耳を傾ける。これは結構簡単なことで、自分で決めた社員、あるいはお客様の方に向かって首を傾げればよい。
と書きたくなるくらいに基本的に経営者というのは社員とかお客様(B to Cだが)の声に耳を傾けたりはしない。声などに耳を傾ける必要はないが、行動は見なくてはならない、というのはまともな意見。いや、そんなことはない。十分に耳を傾けております、と断言できるようなら大企業で出世する見込みがある。
再発防止策の中の「従業員の意識改革」という項目の中で、「従業員からも忌憚(きたん)ない意見を募るため従業員アンケートを実施しました。今後、当該アンケート結果の分析を進め、企業風土改革の参考にして参ります」と記述されている。
引用元:「イエスマンばかり昇進する」は東芝だけの問題か | 東芝問題リポート | 編集部 | 毎日新聞「経済プレミア」
という決意表明がある。このアンケートで本音を書くのは若者かかつての私のようなダメサラリーマンだ。一番いいのは
「世間の逆風にも負けず、ますます社業を発展させて行きましょう!私も微力ながら死力を尽くします!」
と書くこと。なぜか。アンケートは「社員の本当の気持ち」を知るために行うのではなく、「会社が言って欲しいことを社員の口から言ってもらう」ために実施するからだ。つまり
資料には、「従業員意識調査で寄せられた意見は、社長をはじめ、経営幹部と共有しています」と書かれ、「代表的な意見に対してお答えします」とし、「第1回掲載」として五つのQ&Aが掲載されている。
「もっと外部の人材を経営に参画させてはどうか」という意見に対し、「昨年9月から全取締役11人中7人が社外取締役になっています。社外取締役は重要な意思決定に参画いただいています……」といった当たり前の説明が書かれている。
引用元:「イエスマンばかり昇進する」は東芝だけの問題か | 東芝問題リポート | 編集部 | 毎日新聞「経済プレミア」
会社はちょっとした不運に見舞われただけで何も悪くない、というのを確認するためにアンケートを実施する。もちろん十分に社員の声にも耳を傾けているから安心して欲しい、と。
この「当たり前の説明」を聞いてかつてDocomoがやっていたこれを思い出した。
ドコモでは、これからもお客さま一人ひとりの声や想いを聴いて、それに対して新しいアイデアを考え、実際にお客さまにお届けする商品やサービス―“Answer”を通じて、「ドコモのあなた」との絆をよりいっそう深めていきたいと考えております。
引用元:ドコモ通信 vol.38 | 企業情報 | NTTドコモ
Docomo2.0とともに「docomoはお客様の意見に(すでに)十分耳を傾けております」と言いたいがためのAnswerなのだ。
こうしたメンタリティの根底には「会社は常に正しい」という公理が存在している。公理とは議論の出発点になるもので、証明の必要がない。つまりこれ自体に文句を言っても無駄である。
サラリーマン人生も終盤にかかってきた今になってようやくこういう事実に気がつく。というわけで会社のアンケートにはいつもそうしたスタンスで臨んでいる。そのほうが何事も平和に収まる。
2016-07-12 06:43
先行者利益という言葉を時々聞く。市場に投入するスピードが重要だとも。
必要以上にゆっくりやるのはもちろんまちがっている。しかし本当に「スピード、スピード、スピード」なんだろうか?(私は楽天の社員ではないのでこう言えるわけだが)
ワロタw「夜三時に眠れずポケモンGOしに外出した40代白人男性、怪しい感じの20代ぽい黒人男性2人に声かけられる、ポケモンやってた!仲良くなる。ドラッグ売買してるのかと警察登場。警察に説明、警察ポケモンDL。みんなでポケモンわーい」
引用元:miyukimaruyamaさんのツイート
米国で公開されたPokemon Goが大人気とのこと。もちろん一過性ブームである可能性はある。
しかし
任天堂は、GREEやDeNAのようにゴミゲームを日本だけに存在する小金持ちにばらまくやり方で稼ぐ方法を絶対に取らず「これならば」というゲームをスマートフォンに出してきた。こういうやり方も正しいと思うのだ。とにかくどんな分野にもゴミを撒き散らすのが正しい、というスピード一辺倒のやり方は間違っている。
若い人は知らないからもしれないが、Appleはスマートフォンを出した最初のメーカーではない。むしろ後発だった。しかしiPhoneが出た途端に「スマートフォンの定義」が変わったのだ。スピードと同じくらい重要なのは「誰もがほしがるいいものを作る」こと。
ではいつも「誰もが欲しいと思うすばらしいもの」を作ることが正しいのか?それほど世の中は単純ではない。もしそうならばiPhoneが出る前にAppleはDOSを駆逐していたはず。AppleはMicrosoftとのPCでのOS競争に負けたのだ。技術的な優位がありながら。
ヒット商品を生むやり方は一通りではない。何かが唯一最善の道であるかのように語られているときは、それの裏をかくチャンスとみるべきだ。
2016-07-11 06:40
多分私が20代から30代のどこかで転換が起こったのだと思う。子供の頃は暑くても、運動している時には水を飲んではいけないと教わった。汗をかいてより疲れるからだと。
この因習はどこかで消えた。今や水はがっぽがっぽである。そして誰もが知っている通り暑いさなかに水を飲まないのは馬鹿げている。しかし昭和の時代にはそれが「常識」であり「賞賛されるべきこと」だったのだ。
このような変化にどのように対応するかはスポーツの種類によって異なるようだ。私がみたところ野球には昭和の雰囲気が色濃く残っている。
体験会を再録する。まず「集合! ちゃんと並んで!」。複数の年配のコーチの厳しい言葉が響く。その後も「順番守って」「君はまだだよ」。そんな声かけばかり。列が整わないと、ボールを投げられないしバットも振れない。実際に野球に触れる時間は短かった。
一方、後に参加したサッカー教室。若いコーチは「僕の名前はバナナ。バナナコーチと呼んでね!」。大受けだ。その後のミニゲーム。何とコーチは動物の着ぐるみで登場し、見事なドリブルシュートを決めた。お母さんたちも大喝采だ。
引用元:【乾坤一筆】失敗のたび指導者が罵声…野球少年は減少 (1/2ページ) - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ)
電車の中の風景も大きく変わった。その昔は皆電車に座ってスポーツ新聞を読んだものだ。今やそんな人はごく少数。読者の減ったスポーツ新聞があまりつぶれないのも驚きだが、彼らはどうするのだろう。かつてのパートーナートの結びつきをより強めるのだろうか。
懲罰の意味が込められた続投に終わりは見えない。131球を投じていた7回に打順が回っても代打を送らない。8回無死一塁でプロ初ボークを犯すなど背番号19は気力、体力ともに限界に近付いた。スタンドがどよめいても指揮官は不動。「責任を持って、何球投げようが何点取られようが。10点取られても本当に投げさせるつもりだった」。さすがに160球を超えた8回で替えたが、本気で“懲罰完投”させる予定だった。
もっとやれるはず―。期待の裏返しだ。「正直、予定では10勝に行っていてもおかしくない投手。普通にやっておけば。それがチームの借金につながっていると言ったら、全部を背負わせ過ぎかもしれないけど、それくらいの責任はね。感じないといけない立場」。手遅れにならないよう今、やる必要があった。
引用元:初回四球で鬼に…金本監督 藤浪に“懲罰”続投161球 ― スポニチ Sponichi Annex 野球
こうした昭和的な愚行を美談に仕立て上げるのがプロのスポーツ新聞執筆者というものだろう。しかし平成も三十年になろうという今、この文章を読み、どうしようもない空々しさを感じるのは私だけではあるまい。
新聞記者の筆力をもってすれば、インパール作戦の失敗を前線の将兵に負わせ、牟田口を「炎の指揮官」と称揚することすらできる。そんなことをして何になる?記事の供給源である監督の機嫌をとることができ、そうした嘘を読みたがっている読者の期待に応えることができ、ひいては社の業績に貢献する。プロでなければこういう文章は書けない。しかし彼らもきっとどこかで気がついているはずなのだ。こんなことは長くは続かない、と。
2016-07-07 07:11
今までのところ人生での最低ポイントは、NTTデータに「高級人材派遣」として放り込まれていた時だった。そして今から考えればだが、あの経験も決して無駄ではなかった。こういう文章を読んで「なるほど」と思えるから。
コレうちの社長が購読してるんだけど
書かれてる内容は殆ど事実じゃ無いか?との事
特に各ベンダー(主に日立&富士通&データ)が専門学校から新人をかき集めて、人月0円で朝から深夜までこき使った事
や
IRがBKにデタラメな進捗を報告してた事(末端からベンダー、ベンダーからIRもだがw) や
データ変換などを人海戦術で時給910円で何千人規模でやってる事
などは隠しようの無い事実だと
引用元:【悲報】みずほのデスマ現場、ガチで監獄並だった。末端は7次受けで時給900円 : IT速報
NTTが作った日本の悪しきシステム、多重請け負いによるシステム開発は21世紀になっても脈々と受け継がれている。その問題を指摘することは簡単であり、難しいがここでは一つ指摘しておきたい。
何を作るにしても「責任は誰がとるのか」と言い出した途端話は2倍以上にややこしくなる。ソフトウェアの進捗管理などというものが80%以上フィクションであることは誰もが知っている。しかし「スケジュールキープ」だの「品質担保」だの言い出すとそこに嘘がはいる。個人的な意見では仕様を考える側と作る側に会社という壁が一枚加わると、チャレンジは1/10に減り、見積もり工数は3倍に増える。
さらに悪いのは、実際に動いているコードとカネをだす人間の間に大きな壁が挟まることだ。1枚ですらそうなのだから、それが7枚にもなったら何が起こるかは神のみぞ知るところである。
例によってこういう場合真実の声が聞けるのは2chしかない。そこに書かれた言葉は事情を知っているものにとっては涙を催すようなものだ。これほど無能な銀行であっても、金融庁にはうやうやしくリカバリー計画を説明しそれで認可されるのだろう。高級取りがそんなことを何度繰り返そうがコードの開発は1mmも進まない。
事実無根です
でっち上げです
悪いのは出来る出来ると言った末端Webプログラマ軍団です
悪いのは新人素人ばかり送った末端です
私達は被害者です
by みずほ銀行・みずほ情報総研・富士通・日立製作所・IBM・NTTデータ
引用元:【悲報】みずほのデスマ現場、ガチで監獄並だった。末端は7次受けで時給900円 : IT速報
しかし最近実感するのだが、結局のところ重要なのはこう断言できる無神経さではないかとも思う。少なくともそれで給料をもらっている人がたくさんいるのは事実であり、それで会社はちゃんと存続する。
そうした現実を目の当たりにするとき「天道是か非か」と言いたくなるのは私だけではあるまい。
月初から、『選択』ホームページへのアクセスが殺到しました。原因は7月号の記事《みずほ「システム更新」が絶望的に》。みずほフィナンシャルグループの勘定系システム開発が破たん寸前の状況を伝える内容で、SNSなどで話題になったようです。
引用元:三万人のための情報誌 『選択』
これがSNSで話題になるのは、こうした環境に放り込まれている人間が多数いる証拠でもある。このゴミのような構造は22世紀まで存続するんだろうか。
2016-07-05 06:59
今私が働いている周りでは二つのバブルが存在している。一つは人工知能(笑)でありもう一つはVR/ARだ。
こういうバブルに対してどのような態度をとるかは会社によって差が有る。まっさきにとびのってわけのわからないIRを連発する会社もあれば、冷静にどの程度使えるかを見極め、製品化するときはちゃんと使えるものにする企業もある。
私の考えではAppleと任天堂は後者の最たるもの。宮本氏はVRについてこう述べたのだそうな。
宮本専務は今年のE3会場を訪れたが、「VRがそれほど大きな話題になったとは感じなかった」という。その理由として、VRを実際に体験した人は高く評価しても、周りで見ている人にはそれが理解できないこと、その体験がどんな商品として実現できるのかが分かりにくいこと――をあげた。
引用元:任天堂のVRへの取り組みは 宮本氏「E3でVRは大きな話題に感じなかった」 - ITmedia ニュース
宮本氏が実際どのような言葉で述べたかわからない。私なりに要約すれば
「VRを体験している人は変」
これにつきる。自分でVRを体験するのは悪いことではないが、私としてはそれをやっている人のほうがよっぽど面白い。周りと隔絶した状況に一人で入り込み、笑ったりわめいたりしている。まるで狂人だ。
さて
もう一つのバブル、人工知能である。その膨らみ方を見ていると池上某が言っていた
「なぜバブルが二十五年ごとにおこるのか」
といった説明を思い出す。私は一つ前の人口知能バブルを経験した人間だ。バズワードにみんなが飛びつき、企業や大学が競って「人工知能研究所」を立ち上げる。これは空前絶後だ、と叫びながら。
そして前のバブルを経験した人はそれを懐かしい思いで眺める。前もこういうことがあったなあ、と。
Deep Learningがもたらしたブレークスルーを過大評価する人間は間違いなく何も勉強していない。ニュースで聞きかじり「なんだかすごいんだってね」とうちの奥さんが言うのは理解できるが、自分がその分野について勉強する機会がありながら、
「シンギュラリティだあ」
とか言っているのは馬鹿としか言いようがない。いや、バズワードに若者が熱狂するのは古今東西共通の原理だ。私は年寄りなので、そういうのはニコニコして眺めているのがいいだろう。若い者は元気があっていいいねえ。人工知能で生活が一変!と騒いでいる人は、森山さんの言葉をかみ締めるといいよ。
ここ10年くらいで自動で文字起こしできる技術くらいは、そろそろ登場してほしいなあ。ニーズあるのにこんなに進展の少ない世界もあんまりないんじゃないのかな。
引用元:サイエンスライター 森山和道
2016-07-04 06:51
先日UPQが主催した「メディアやブロガー向け製品体験&即売会」に行った。私が見た所10名「メディアやブロガー」がいたようだ。
参加した感想をブログにしてアップロードした。他の人はどのような感想を持っていたのか、と調べてみたがブログ記事として確認できたのは一件だけだった。
これは私には正直驚きだった。どのような感想・意見であれ、せっかく貴重な時間を割いてイベントを開催してくれたのだから記事をあげるのが当然と思っていたからだ。他にTwitterで短いコメントを出している人は三人みつけたが(1、2、3)それだけである。私の探し方が悪いのかもしれないが。
当日みなかっこいいカメラを持ち出しぱしゃぱしゃ写真を撮っていた。iPhone(4S)など振り回しているのは私だけでいささか気まずく感じたほどだ。特に中澤氏のプレゼンにいちいち反応していたあの女性たちはあれほどもりあがりながら記事を書かなかったのだ。あのかっこいい写真はどこに行ったのだろう。これは私には不思議としか言いようがない出来事だった。
年をとると実感するが「常識」というものほど多種類存在するものもない。今回はそれを改めて知ることになった。
2016-07-01 07:03
私は中学生の頃、兵器オタクだった。松本零士の戦場漫画シリーズを読み、あれこれ本を買いあさり、というやつである。
今でも暇なときはWikipediaを読んでいられるから、そうした趣味は無駄だとは思わない。しかし戦争行為に関する嫌悪感は年をとるとともに高まってきている。中学生の頃、父が私に「空襲の記録」写真集を買ってきてくれた。その本には黒焦げになった死体の写真があった。父はその場に実際にいた人だ。兵器オタクの息子に少し釘をさす気持ちもあったんだろうか、と今にして思う。先日こんな記事を読んだ。
アーダル教授は、「単一の原因を断定することはできません」と断わったうえで、「各地域の人口の年齢構成に着目すると、平和が続く地域では『成熟』がより進んでいることがわかります」と言う。アラブ諸国に見られるように、若者が多い国により火が付きやすいということだ。「地域で起きることには、その地域の人口動態が影響するのです」
引用元:戦争が「起きる地域」と「起きない地域」の違い|WIRED.jp
メッケルか誰かが「若者は戦争に向いている」と書いた文章を読んだことがある。その通りだと思う。年をとるにつれ「人にはそれぞれの人生がある」という当たり前のことを実感する。いつも夢想するのだ。機動戦士ガンダムには「敵側」から描かれたエピソードがあるべきではなかったか、と。
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学校出たての新兵がザクに乗る。新人なのでみんなに可愛がられる。先輩兵士との心温まるエピソードがあり、家族とのやりとりがあり。
ある日偵察任務が命じられる。尊敬する先輩と2機で出撃。偵察といってもここのところ大きな動きはないから大丈夫だろう、などと軽口をたたきながら。ふと先輩からの応答がないことに気がつく。
彼が最後に見たのは異常なスピードで接近してくる白い影だった。
アムロは帰還し、「●●方面に敵の大規模な動きはありません」とだけ報告する。
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(西部戦線異常なし、だがまあ素人の考えることはこれくらいである)
年を重ねると景気の良いスローガンには懐疑的になる。それは何も知恵がついたというわけではなく「前に騙されたことがあるから」だ。そう考えれば「高齢化」も悪いことばかりではない。